4. 未熟者、町を目指す
私は、ひとつの疑問をぶつけてみた。
「でも、町は人間が多くて、見つかる危険が高いのでは?」
すると、長老は、くっくっくと笑った。
「いやいや、町にも、日中の隠れ場所はたくさんあるぞ。井戸やどぶの中、屋根裏、縁の下、馬小屋・鶏小屋の陰、草むら……うまく同化してじっと隠れていれば、案外見つからんものじゃ。普段の人間は、見慣れた場所なら、意外と周りを注意深く観察しないからのう」
最後に、長老は付け加えるように言った。
「ただし、江戸みたいな大都市は別じゃがな……あまりに人が多すぎる。人の出入りも激しい。それに火事も多い。ひとたび火事になると、大火になることが多いんじゃ。建物が密集しすぎとるからのぉ」
長老は、真剣なまなざしで続けた。
「大火事になったら、わしらの移動速度では逃げ遅れるぞよ。それでも、江戸に住むなら、深い井戸の中がええ。少々冷えるが、命は守れる」
長老は、かっかっかと笑った。
その話を聞いて、私は町への移動を決めた。長老は、近くの町までの道のりを丁寧に教えてくれた。そして、「頑張れよ、達者でな」と送り出してくれた。
私の旅が始まった。日中は、建物や草むら、あぜ道などに擬態して身を隠す。夜になると、闇に紛れて民家に侵入し、中で熟睡している人間のエネルギーをそっと吸う。食事が終わればすぐに、次の隠れ場所を探して移動する。夜明け前には、草むらや竹藪、建物の裏などに擬態して、日中は身を隠す…。
こうして、毎晩少しずつ進んで行った。途中、超音波でいろんな仲間と情報交換もしながら、町を目指した。
ただし、雨に打たれると体力を奪われるので、雨の夜は移動できなかった。そのため、梅雨の時期は思うように進まなかった。また、強風で思わぬ場所に飛ばされては困るので、風の強い夜も動けなかった。
半年ほどかけて、ようやく街道沿いの賑やかな宿場町にたどり着いた。
私が新たな隠れ家として選んだのは、茶屋の裏の井戸だった。その井戸は日陰にあり、結構深いので、底の方の石組みに化けていれば、人間が覗き込んでも見つからない。見上げると、四角く切り取られた空が、季節の色をうっすらと映していた。ひんやりとした水の気配と、土の匂いが、私に安堵を与えてくれた。
宿場町は、農村とはまるで違った。
比べ物にならないほど人の往来が激しく、夜になっても人の気配がなかなか絶えないため、下手に動けなかった。どっぷりと暗くなって、人影が途絶え、町が完全に眠りに沈んだのを確認してから、活動を始めるようにした。
井戸の縁から這い出し、薄っぺらになって、砂利まじりの地面に同化しながら路地を進み、近くの長屋へと移動する。
引き戸の隙間から中へ忍び込むと、壁に張りつき、その表面の質感や色を瞬時に模倣しながら、ゆっくりと奥へと進む。そうして寝息を立てる家人に近づき、深い眠りに落ちているのを確認してから、生命エネルギーをそっと吸う。食事が終われば、来た時と同じようにして戻り、深い井戸の石組みに成りきる。
この一連の所作を、慎重に、静かに、ひと晩のうちに終え、井戸に戻る……それが、私の新しい日課となった。




