18. 新時代
おそらく、このころから、私たち「お化け」の数が減り始めたと思われるが、まだ超音波の会話はたくさんあった。
「東京の方では、汽車という巨大な鉄の塊が人や荷物を運んでいるらしい」
「蒸気機関車が、轟音を立てて煙を吐きながら疾走している」
当時は、この「鉄道」の話題で持ちきりだった。私は、汽車をひと目見てみたかったが、東京は遠く、移動は無理だった。
しかし、その20数年後、私が隠れていた町にも鉄道が通るようになり、念願だった汽車を遠目ながら見ることができた。想像していたよりも、重厚で黒く美しく、力強い走りに感動した。ただ、汽笛の音が想像以上に大きくて、驚いた。
汽車にうまく隠れられたら、昔に断念した「伊勢参り」ができるかもと思ったが、やめた。夜中のわずかな移動時間で汽車までたどり着くのが難しいこと、どの汽車がどこへ行くのか判らないこと、轟音と振動に耐えられない可能性があること…等を考えると、実現は不可能だろうと思ったのだ。
そのころの私は、郊外の住宅地で生活していた。庶民の住宅は、まだ木戸や障子だったので、レンガ造りの建物よりは侵入しやすかった。やや裕福そうな家庭で、「蓄音機」からの音を聞いた時は驚いた。黒い円盤が回転すると音楽が流れ、違う円盤に換えると曲も変わる。当時は、不思議で仕方なかった。
その家の男の子が愛読していた「少年倶楽部」という雑誌にも興味を持った。昔、商家で見た黄表紙の滑稽本とは比較にならないほど、キレイで細かい印刷だった。活字は細かいため、天井裏からは全く読めなかったが、挿絵から雰囲気だけは楽しめた。
都市部ではモダンな姿の職業婦人が増え始めたと、超音波のネットワークで聞いたのも、この頃だ。江戸の頃と違って、ここ数十年で、社会が急激に変革していることを肌で感じた。
昭和になると、近くの公園に、街灯ラジオである「ラジオ塔」ができた。ラジオから、時報や天気予報やニュース、野球や音楽、ドラマなど、いろいろな放送が聞こえてきた。「蓄音機」は黒い円盤を回転させていたが、ラジオは何が動いて音が出るのか、さっぱり判らずとても不思議だった。が、身を隠していてもいろいろな情報が聞こえてくるので、大変ありがたかった。




