16. 打ちこわし
お伊勢参りをあきらめた、数年後。
その年は、異常気象に見舞われ、雨が絶え間なく降り、気温も低い日が続いた。そのため作物の出来が悪かったようで、凶作のため餓死者や病死者が出ていると、超音波のネットワークから次々と情報が寄せられた。確かに、街道では旅人の姿がめっきり減り、代わりにガリガリにやせ細った浮浪者の姿をよく目にするようになった。遠くの仲間からも悲痛な知らせが届いた。「貧しい農村は本当に悲惨で、阿鼻叫喚の修羅場だ」と。
以前、長老が「大飢饉になると、小さな農村は壊滅的になる」と語っていた話が胸に甦る。幸い、私が身を置いているここは比較的大きな宿場町で、物資は足りているように見える。あの時、小さな村からここに移り住んで本当に良かったと安堵した。
旅人が減って、旅籠での人間観察のチャンスも減ったので、私は米問屋の天井裏に拠点を移した。商売人の様子に興味を持ったのだ。米問屋には、切米受取手形を持った武士が俸給として米を受け取りに来たり、町人が買いに来たり、米を運搬する人々が出入りしたり…と、人や荷車の出入りが多かった。米の値段が高騰しているようで、店主と客の間で、押し問答が繰り広げられることもあった。日中、天井裏から眺める光景は、見ていて飽きなかった。私は、夕方から夜にかけて眠り、真夜中に目覚めて食事に出かける日々を過ごした。
しかし、その夜はいつもと違った。いつもなら、日がとっぷりと暮れ、街が静けさを取り戻す頃、急に外が騒がしくなった。ドンドンと何かを叩き壊すような大きな音が響きわたったのだ。米問屋の建物全体が揺れ、柱がきしむ。そのうちに、入口の扉が破壊され、店の中に大勢の人が怒号と共になだれ込んできた。彼らは手拭いで顔を隠し、木槌や固い棒などを手に、壁や天井を叩き壊そうとしている。私はあわてて天井裏の隅の方に移動しようとしたが、天井板があっという間に崩れ落ち、私は無防備なまま地面に落下してしまった。しかも、太い棒を振り回す人間のすぐそばに落ちてしまった。大量の埃が舞う中、私は、とっさに周囲に同化した。絶体絶命のピンチだったが、破壊者たちは、壁や天井を叩き壊すことに集中しているようで、私の存在は気付かれなかった。
群衆は、米問屋の1階をほぼ壊し終わると、続けて隣の質屋を壊し始めた。向かいの呉服屋も容赦なく壊した。さらに、この町一番の大旅籠も襲撃した。たった一晩で、裕福そうな店が何軒も打ちこわしに遭ったのだ。ただ、奇妙なことに、店側の人間にケガ人はひとりも無く、物品は何ひとつ盗られることもなかった。襲撃者たちは、建物だけを壊して去っていったのだ。
あの夜の騒動はいったい何だったのか、しばらく理解できずにいた。
その後、あちこちでも「打ちこわし」が発生していると、超音波の声で聞いた。当時、「打ちこわし」の内容を伝える「かわら版」は少なく、詳しいことはよく分からなかった。どうやら、政府の批判になるような記事は御法度らしい。だが、店の天井裏にいることは危険だと身に染みて感じたので、それ以降は深い井戸の中に居るようにした。
ずいぶん後になってから、「打ちこわし」は、米など生活必需品の値上がりに苦しむ庶民の、役人や富裕層への社会的制裁だと知った。彼らは、人に危害を加えたり、米や金品を略奪したりすることはせず、破壊をもって理不尽な現状に抗議していたのだ。単なる暴動だと思っていたが、実はルールに則った破壊行動だと知って、野蛮な中に理性的な一面を見た。人間は、なんとも複雑な生き物だ。




