12. 天井裏
その日も、私はいつものように、旅籠の縁の下で、礎石に同化して仮眠していた。そこへ小さな野良猫がひょいと入ってきた。完璧に礎石に擬態しても、猫の嗅覚はだませない。私に気付いた猫が威嚇ポーズをとってきたので、私は縁の下から裏手に出た。そこから隣の商家の外壁を上って、軒先から天井裏に入り込んだ。明るい時間に、これだけの距離を同化しながら移動したことはなくヒヤヒヤしたが、運よく誰にも見つかることは無かった。
天井裏に着いてほっと一息ついたとき、下の部屋にこの家の娘たちが帰ってきた。手に一冊の本を抱えている。
「ようやく、東海道中膝栗毛を借りられたわ!」
「ホント、長かったよねー、待ちくたびれたよねー」
「お姉ちゃん、早く読んで~!」
三姉妹は部屋の真ん中に座り込み、黄表紙の本を開いた。挿絵の入ったその本は、人間たちの間で大人気らしい。長女がゆっくり読み上げ、下の二人は目を輝かせて聞いている。
天井板の隙間から下をのぞいて、私も長女の話に聞き入った。彼女の語りはとても聞き取りやすく、物語の世界にすぐに引き込まれていった。
その黄表紙の滑稽本は、弥次さんと喜多さんという二人組の、お伊勢参りの旅物語…いや珍道中の話だった。個性的な二人が江戸を出発するも、途中いろいろな騒動を起こしたり、騒動に巻き込まれたり……。なかなか面白い内容だ。
1冊読み終わると、貸本屋がやって来て、次の巻を貸し出してくれるようだ。次の巻が手に入ると、奥の部屋で長女が妹たちに読み聞かせる。読み終わったころ、また貸本屋がやって来て次の巻を……そんな日が何日も続いた。
弥次さん喜多さんの、伊勢参り、そして京・大阪への旅物語は、冗談あり、いたずらあり、失敗ありのドタバタ劇で、とても痛快だった。旅先で出会った人々とのやりとりにはユーモアがあふれ、しゃれた会話も面白い。また物語には、飯盛り女、飴売り、薬売り、髪結い、芝居小屋の木戸番、巫女など、多種多様な職種の人が登場し、人間たちの社会がかなり複雑なことも知れた。さらに、街道沿いの各地の様子がよく描写されていて、観光ガイドのようでもあった。人間たちに大評判なのもうなずける。
ちなみに、「お伊勢さん」は美女ではなく「伊勢参り」のことだと知ったのは、このときだ。
こうして、昼の時間がぐっと楽しみなものになった。三姉妹には感謝だ。特に長女の感情豊かな朗読は素晴らしく、情景がありありと浮かぶようだった。知性的な彼女の生命エネルギーはかなりの美味だろうと思ったが、昼間お世話になっているので、生命エネルギーを頂くのは、もちろん別の人間からにした。




