痛む心
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静まりかえった空間の中で、ゆっくりと目覚めた私の身体は、ベッドの上に寝かされているようだった。
薄暗いから、今は日没して間もないか、夜明けの前なんだろう。
ふと、右手にある温もりに気付いて頭を動かすと、暗さではっきりとは見えないけれど、椅子に座ったお母さんが、私の右手をしっかりと握り締めて眠っているのが分かった。
「お母さん」
私が呼ぶと、お母さんの目蓋がゆっくりと持ち上がった。
そして、お母さんは私が目覚めたのに気が付くと、震える声音で私を呼んだ。
「朱…音………」
「うん、お母さん」
私は安心からか泣き出したお母さんに微笑んだ。
***
「………まさか、礼を言われるとは思ってなかった」
朱音のいなくなった現世と黄泉の狭間で、悪魔は先ほどのやり取りを思い出し、苦笑した。
「……朱音。本当のことを言ったら、どんな顔をするかな?」
言ってしまえば、その日記を使うなんてことは、あの優しい性格をした彼女には無理だろう。
むしろ、使ったことを後悔するに違いない。
「でも、俺にはこうするしかなかったんだ――」
誰もその呟きを耳にする者は無く、悪魔は痛む心を忘れようとした――――。