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森の古城での事情聴取

アイリーンがすたすたと歩いて行った先は、彼女が住まいとして与えられた古城である。古城と言っても、人が住んでいたのは数十年前の話であり、かつて過ちを犯した王族が幽閉される最果ての塔と言われたものだ。古城には蔦が伸び、壁は薄汚い。たまたま辿り着く者がいれば、幽霊城と囁かれる場――の筈だった。

彼女がここよ、と指し示した古城は確かに永らく聳え立つ趣があるものの、蔦など伸びておらず城壁も塗り直されたように清潔な白いものだ。

きちんと人の手が掛けられ、修復がされている。


「………噂とは違うものだ。この城は、こんなに綺麗なものだったのですね」

「貴方たちの想定の幽霊城で間違い無いわよ。来た当初は雨漏りも床抜けも酷かった」


追放したアイリーンに王家が最低限の便宜を図ったのかと思いながらユーリスが呟けば、即座に否定された。

何を馬鹿なことを、と言わんばかりの怪訝な言い振りだ。その様子に、ユーリスは目を剥いた。


「………直したんですか?貴女自身が?」

「供もつけずに身一つで追い出されて、知り合いもいないこの地で他に誰がやってくれるのよ」


アイリーンは事もなげに言うが、流石にこれには後ろに控えていたユーリスの部下たちもどよめいた。四階建ての城を、女手一つで修復したというのか。

彼女はそんな騎士団一同に構う事なく、勝手知ったる様子で古城の玄関扉を開けた。ギィ、と軋んだ音を立てて開いた先には彼らが想像していたよりも小綺麗な住まいが見える。物は少ないが、最低でも床抜けや雨漏りがある不潔な空間ではなかった。

彼女は元々この古城に備え付けられていた古ぼけたソファを目指す。彼らも追うように彼女に続き、中に入ってギョッとした。


「この酔っ払い、早く起きなさい」

「………んんんん?なんだよお嬢………まだ、日も落ちてねえ……」

「そもそも日が落ちるまで寝ようとしている怠惰さが本当にダメ男そのものすぎるわ」


彼女が向かったソファには、人がいたのだ。ソファに寝転んでいるが、足は大きくはみ出ている。それだけでもわかるような大柄な男は、ガリガリと頭を掻きながらゆっくり起き上がった。

アイリーンはほとほと呆れた様子で男を見てから、自分は簡易キッチンの方へと足を向ける。


「二年前から護衛兼同居人として生活している、ディアボロよ。しょっちゅうこんな風に泥酔して役に立たない事も多いけど」

「手厳しいなぁお嬢は……」

「本当のことでしょ」


ツンとそう言うとアイリーンはお茶の準備をし出す。令嬢が自ら、と隊員がまた僅かに驚いたがユーリスはもう驚くことはなかった。

彼女は本当にこの四年で自分で生活する力をつけている。公爵令嬢だったなら使用人がやることも、この家では自分でやるしかないのだから。四年とは、確かに長い時間だ。


ユーリスは僅かに息をつき、それからディアボロと向かいのソファに座った。真正面に座るディアボロはやはり大柄だ。ユーリスも身長が高い方だが、それよりも頭一つ分は高い。また、体躯もがっしりと筋肉質で大きな熊を思わせるものがあった。

そのディアボロ側のソファの隅にぞんざいに置かれた剣を見て、ユーリスは目を細める。今となっては古い型ではあるが、戦歴を讃えられたものに国王自らが贈る褒賞の名剣だったからだ。


「……もしかして貴方は、剣聖と言われたディアボロ・アークマン様ですか?」

「ん?俺を知ってるのかい?……ま、剣聖なんてのは遠い昔の名前だがね。今はほとんど目も見えてなくて、そんなところをお嬢に拾われて生活してる、田舎村のしがない護衛兵さ」

「目が……」

「光なら僅かに入るから、間合いくらいはわかるんだけどな。あんたらの顔なんか判別できねーや。つうか、あんたらは何?お嬢がここに人を招くなんて今までなかったけど」


一見すると盲目には見えない様子で、ディアボロは顎髭をざりざりと触りながらユーリスたちを見た。

剣聖ディアボロと言えば、この国がまだ隣国との戦禍で荒れていた時に活躍した騎士団長の一人だ。戦禍の中では目が見えなかったという記録はない。隣国との戦いが終結してからは騎士団に戻ることなく姿を消したと話を聞いていたが、まさかこんなところにいたとは。

もしも記録に残るディアボロそのものであるなら、確かに目のハンデがあろうと護衛としては機能するだろう。このレベルの騎士になると、体がそもそも戦いを覚えている。


思わぬ大物の登場に隊員が僅かに緊張を深めたタイミングで、ちょうどよくアイリーンが戻ってきた。手には盆と、その上に人数分の茶器がある。ティーポットからは湯気が立ち、紅茶の香ばしい匂いがした。


「私を殺しに来た処刑人たちよ」

「はあ?なんだそれ?」

「そのままよ。王都から派遣されてきた騎士団」

「ユーリス・ウィリアムズとその一団です」


わけがわからない、という風にディアボロは訝しげな顔をして見せた。それに構わず、アイリーンはディアボロの横に並びながらお茶の準備をテキパキとこなす。慣れた様子で人数分の紅茶を均等に淹れていく。

ディアボロは自分の前のカップを躊躇なく口につけ、横目でそれを見つめながらソファに座ったアイリーンも口をつけた。ディアボロはともかく、アイリーンが先に口をつけたのは紛れもなく「毒が入っていない」ことを示すためだ。ユーリスはその意図を理解して、苦く笑いながら自身も口をつけた。そんな浅はかな真似を彼女がするとは思っていないのに。

芳香で、上品な紅茶の甘みが口の中に広がる。


「えーっ……と、俺はこいつら追い出しゃいいのか?」

「違うわよ。追い出して欲しい相手をもてなさいわ」

「そうだよなぁ……」


ディアボロはぽりぽりと頬を掻き、アイリーンの出方を見ている。彼女らは親子ほど歳は違い、お互い気安く喋り合っているが、ディアボロが彼女の命令なしに動かないことは見て取れた。アイリーンは今すぐにユーリス達を叩き出せと言っているのではなく、ことの次第によっては交戦せよと告げているのだろう。

ただ、それはことの次第によっては、だ。彼女もユーリスも今すぐに害意は示さない、それを告げるためにこの白けた茶会を演じている。


「……お嬢の考えるこたぁ、教養もねえ俺にゃいつも理解できねーや。力がいれば言ってくれ」


そう言ったきり、ディアボロは口を引き結んだ。興味もないと言わんばかりの顔で、そっぽを向く。ただ、剣は傍に引き寄せた。

ユーリスはきちんとそれを捉えながら、穏やかな笑顔でアイリーンの方を向き直る。


「誤解があるようですが、俺は確かに処刑の騎士と呼ばれた男。ただし、対象者を見つけてすぐに切り掛かったことはない。どれくらいの会話時間を設けるにしろ、俺は対象者にその命を以って償う必要のある罪があると、俺自身が納得しない内には相手を処罰しない」

「……ご立派ね」

「いいえ、自己満足です」


きっぱりと言い切るユーリスにアイリーンは前髪の奥で目を細めた。

やはりどうにも、一番アイリーンが苦手なタイプだ。嘘は言わずとも飄々とし、隙はない。けれど言葉は誠実である。


「アイリーン嬢、今の貴女の罪状については置いておきましょう。貴女を見る限り一朝一夕で話してくれそうはない。代わりに今日は、貴女が追放された四年前のことをお聞きしたい」

「四年前?」

「四年前、貴女は我が兄である第一王子に婚約破棄を言い渡されましたね。兄はその傍に聖女ミリアを置き、貴女を詰った。貴女は使用人に対する傲慢な態度、学友に対する歩み寄りがないコミュニケーション能力、そして何よりも貴女の義理の妹である聖女ミリアに対する暴行を追求された」

「ああ………そうね」


淡々としたユーリスの言葉に、アイリーンはどこか思い出すように相槌を打つ。その様子に焦りや、当時を思い出しての喜怒哀楽は見られない。ただ頭の中であの時にあったことを思い出しているだけの声だ。


「当時の調書には、聖女ミリアに対して貴女は火魔法まで使って追い出したとされていた。本当ですか?」

「二度くらい使ったわね。それこそあの婚約破棄騒動の間際だと思うわ」

「貴女ほど聡明な女性が、何故そんな荒っぽい魔法の使い方を?」

「嫌いだから」

「………は?」

「大っ嫌いだったのよ、あの女」


アイリーンはうんざりとしたように言った。まるで、駄々をこねる子供のような言い草だ。しかし、今日で一番感情は出ていたように思う。

ユーリスが瞠目すると、アイリーンはふうと溜息をついた。


アイリーンはまだ湯気が立つ紅茶をもう一度啜る。

淑女の嗜みとして、お茶を淹れることなんて幼少期に覚えさせられた。急な客人のもてなし方だって。


公爵家の令嬢として生まれ、そしてその家格と政治的バランスを鑑みてアイリーンは六歳の頃には第一王子との婚約が成立した。

それからの日々は目まぐるしく、一般教養やマナー講習は勿論、登城しての妃教育も多かった。十歳を越えれば、加えて後学の為にと視察に向かうこともあった。

辛いと思ったことは一度や二度ではない。登城する途中、馬車の中で揺られながら、無邪気に遊ぶ歳が近いだろう子供たちを見て羨ましさを感じた。けれど、自分は未来の王妃に選ばれた立場であり、素養もある。責任を放り出すわけにはいかなかった。

何より、この婚約は現公爵である父が望んだものである。公爵であり宰相でもある父は多忙を極め、アイリーンと共に過ごす時間は少ない。加えて言葉も少なく厳しい父であったが、アイリーンを思う気持ちは確かであった。

アイリーンが幼い頃に妻を亡くしてから、ずっと後妻を迎えることもなかった男は、不器用ながらにアイリーン自身の幸せを考えてくれていた。この国が好きなアイリーンが国母としてより良い道へ導く、それがアイリーンの生涯の喜びになるだろうと考えたのだ。娘は宰相である自分に似たところがあるから、と。


しかし後妻を迎えるつもりのない公爵家は、一人娘であるアイリーンが第一王子の下へ嫁ぐとなると公爵家を継ぐ人間がいなくなる。公爵は遠縁の血筋から、子供を一人養子に迎えた。本来であれば男児が良かったが、十五を越えておらず、血筋がはっきりしている候補が女児しかいなかった。それが、ミリアであった。アイリーンの一つ下の女児。

辺境の地の小さな領地で子爵令嬢として十三まで伸び伸びと過ごしていたミリアは、何から何までアイリーンとは考えが違った。ほぼ対立的な意見ばかりだったと言ってもいい。


「使用人への態度や学友への物言いは弁明ができるわ。けど、聖女様に対しては無理よ。もう一から十まで合わないっていうの?考え方も生き方もあそこまで共感できない女、生涯出会うとしたらあいつだけだわ」


あっけらかんとアイリーンは言い放つ。相変わらず、顔の半分ほどは窺えないというのに、感情豊かであった。

後ろに控える隊員たちはひくりと頬をひくつかせる。対してディアボロは話に全く興味を見せず、船を漕ぎ出し始めていた。

カオスな状況に、ユーリスはそれでもなんとか笑顔を浮かべる。


「根幹が貴族思考の私と、平民よりの思考を持つ彼女とでは話にならないのよ。別に分かり合えない、話にならないというならそれはそれでいいの。関わらなければいいだけの話でしょう?私は幸にして当時は多忙を極めていたから、関わらないようにすることは容易だったわ。なのにあの女はわざわざ私の下にわざわざ突進してくるから。分かり合えないなら何度でも話し合いましょうって……ああ、そういうところも心底嫌いだったわね。どうせ分かり合えないって結論が出ている話をどうしてリベートする必要が?非効率的なだけでしょう。私も大概だけど、あの聖女様も大概自分の意見を曲げないものだから」

「……………………………随分、心情を素直に吐露してくれますね」

「もう公爵令嬢でもない平民の女なもので。嫌いなものは言いたいように言うわ。……で、火魔法ね。近寄らないで、話しかけないでって態度でも言葉でも示したのにそれでも彼女が何十回、下手したら何百回とめげずに私の下に来るものだから、煩わしくなって使ったわ。猿でも火を見たら危険て分かるでしょう?まあ、脅しで使っただけだから多分実際に焼いてはいないと思うけど。多分」


多分と言う言葉を二度も使ったな、とユーリスと隊員たちはほぼ同じタイミングで同じことを思った。

アイリーンはふっと息をつく。自分自身を宥めさせる為みたいな息のつき方であった。


「……ま、神に愛される聖女様へそんな蛮行を行った報いかしらね。今は魔力を失った体になってしまったわ」


アイリーンは先ほどの勢いを失い、静かにそう言った。

ユーリスは目を見開く。


「アイリーン嬢は、今は魔法が使えないんですか?」

「からきしね。まあ魔法なんて使えない人間の方が多いから、不便は感じてないわ」


アイリーンはそこまで言い切ってから、立ち上がる。紅茶の中身はもう飲みきったからだ。


「悪いけれど、今日の尋問はこれでお終いにしてもらっていい?貧乏暇なしと言ってね、明日売る分の薬草の処理をしたいの」

「………分かりました。事情聴取が終わるまで、俺たちもこの城に置いていただいても?」

「二階と三階はほとんど使ってないわ。好きにして。四階は私の私室や薬室だからできれば立ち寄らないで」


アイリーンは嫌そうに言いながらも、ユーリスの言葉を予期していたのだろう。

短い了承の言葉だけ残し、アイリーンは茶器をキッチンに持って行きそのまま上階へと消えていく。

残された騎士団一行とディアボロは微妙な空気の中、紅茶を飲むことに没頭した。


ユーリスはアイリーンのピンと伸びた背を思い浮かべながら不意に窓の外、森を見た。目を細めながら森を注視して独り言のように「今回は今までで一番難航しそうだな」と呟く。

難航? アイリーン嬢は随分簡単に自分の心情を吐露していたし、駐在の頼みも断りはしなかった。協力的と言ってもいいくらいなのでは? そう思い、隊員たちは不思議そうな顔をしたものの、ユーリスがそれ以上は何も言わなかったため、続きを促すことはしなかった。


ユーリスのその呟きの通り、過去最高の三ヶ月という長い間、この森の古城で彼らは過ごすことになっていくのである。

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