夜
深夜のドラッグストアで、シャンプーを買い物かごの中へと投げ入れた。
店内に人影はない、ただ孤独感を紛らわせようという意志で、明かりが満ちていた。
店の外に出れば夜の冷気と、真夜中独特の冴えに襲われた頭が、地球の大きな輪郭を包む霞闇にあてられて震えた。
人気のない道路を渡る。
自分の足の立てる忽然とした音が、周囲の一軒家の群れに吸い込まれて溶けた。
夜だなと感じた。
冷たい夜だ。
でもこの冷たさが、自分と周囲の境界を曖昧に混ぜ合わせる。
遠くで、マンションの部屋の光が消えた。
この街にはたくさんの人間が生きている。そして自分も、これからその中の一人となる。
でも、今は違う。
自分は違う。
今は夜に近い。
この限りなく冷たく、広く、長く。
夜は、地球が始まったその時からある。
人が生まれるその前から。
何度も何度も、気の遠くなるほど繰り返してきた。
そして今、自分はそれを浴びている。
全身で夜を感じている。
冷たい空気に肺を満たし、肌を微震させ、目を天に向けて。
それは神事だった。
夜と、自分との儀式で、一瞬かつ、永遠だった。
地と天を、生まれて初めて意識した。
この地は。
今はコンクリートを厚く塗られたこの地も、地球が生まれた時からあったのだ。
この下に、奥底にそれがある。
そこは、かつて植物が這った。
かつて魚が鱗をこすりつけた。
かつて虫が這いずった。
かつてカエルが腹打った。
かつてトカゲが駆け抜けた。
かつてネズミが巣を張った。
かつて誰かが、足裏で踏んだ。
草履だったかもしれない。
素足だったかもしれない。軍靴だったかもしれない。マンモスの皮でできた靴だったかもしれない。下駄かも、スニーカーかも、革靴かもしれない。
爪先かも、踵かも、土踏まずかもしれない。
そして、今の自分と同じように夜を感じながら歩いたのかもしれない。
その膨大なログの上を、最中を、進んでいた。
そして今、自分もその履歴を残した。
この世界の巨大な履歴の中に、ここでこうして、自分という人間が息を吸い、夜を感じたという履歴を。
それは何よりも大事で、この後につながることなのだ。
まだ、飽きてない。
ふと、呟いた。
呟いてから、気恥ずかしくなった。
それすらも夜だった