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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

お盆の帰り道

作者: ウォーカー
掲載日:2023/08/21

 お盆。先祖の霊が家に帰ってくる時節。

しかし、お盆には隠された歴史があることを、知る人は少ない。



 事の発端は、戦前にまでさかのぼるとも伝えられる。

最初は、ある祈祷師だか僧侶だかの、こんな言葉だった。

「お盆にあの世の者を一方的に呼びつけるのは無礼ではないか。

 子孫であるこの世の我々の方も、あの世へ出向くべきだ。」

そんな意見は最初、突飛とっぴだと言われ、多くの人には見向きもされなかった。

だが、一部の敬虔けいけんな人たちからは支持されて、

やがて大きなうねりとなり、実際にやってみようという話になった。


 それからいくらかの準備期間を経た、夏のお盆。

この世の者があの世の者に逢いに出向くという、

前代未聞の試みが行われることになった。

舞台に選ばれたのは、ある辺鄙へんぴな山奥の墓地。

その墓地は、ふもとの村の人たちの先祖代々が埋葬されている、歴史が古い場所。

村の人たちは敬虔な人たちが多く、

是非とも先祖や亡くなった人に実際に逢いたい、ということから、

今回の試みの舞台として名乗り出たのだった。

早速、祈祷師や僧侶たちが集まって事前の準備が行われた。

そしていよいよ、お盆の夜。

村の人たちは、祈祷師に先導されて、墓地へと出発した。


 お盆の夜。

村の人たちは縦一列に行列を作って、麓の村から山の墓地へ向かった。

先頭と最後尾には祈祷師がいて、村の人たちを先導する。

途中の山道には明かりもなく、頭上は木々の枝葉が蓋をして、

月明かりも届かない真っ暗闇。

チリーン。チリーン。

皆、手には鈴と杖を持っている。

先導する祈祷師が、杖で足元を確認し、鈴を鳴らしながら歩く。

後に続く村の人たちは、自分の前の人が鳴らす鈴の音を頼りに、

自分もまた鈴を鳴らして後ろの人を先導する。

この間、決して口を利いてはならない。

転んでも、地面に手をついてはならない。

今、皆が歩いているところはもう、この世ではない。

声は好ましからざる者を呼び寄せてしまうから。

あの世の土に触れたら、この世に帰って来られなくなるから。

山に慣れているはずの村の人たちも、先導する祈祷師も、

真っ暗な山の夜道を一歩一歩慎重に進んでいった。


 深夜になって、祈祷師が先導する一行は、目的地である墓地に到着した。

最後尾の祈祷師が墓地に入り、注連縄しめなわで周囲を区切って、

ようやく緊張を緩めることができた。

「この墓地は注連縄で外界と遮断しました。

 もう、口を利いても大丈夫です。

 ただし、儀式が終わるまで、決してこの注連縄の外には出ないで下さい。」

それから祈祷師が蝋燭ろうそくを灯していく。

蝋燭の明かりに照らされた墓地は、しんと静まり返っている。

墓地の周囲は山の中のはずだが、今は何もなく、白いもやが広がっていた。

そうして一行が一堂に会して、お盆の儀式が執り行われることになった。

僅かながらの供物を捧げ、祈祷師が一心不乱に祈ると、

やがて墓地の空気がざわつき始めた。

「あれを見ろ!」

誰かが叫んで、村の人たちが一斉にそちらを見る。

そこには、蝋燭に照らされた墓石が。

その墓石から、すーっと白い煙のようなものが溢れて、人影になった。

現れたのは少女の人影。

すると、それを見た中年の男女が声を上げた。

「お前は、流行り病で亡くなった、私たちの娘か?」

「まあ!信じられない。またあの子とこうして逢えるだなんて。」

手を伸ばそうとする男女を、祈祷師が厳しく制する。

「いけない!触っては駄目だ!

 いくら準備をしているとはいえ、

 我々この世の者があの世の者に触れたら、只では済まない。

 どうぞ、ご家族とは顔を合わせるだけにしてください。」

「は、はい。わかりました・・・。」

そうして、あちこちの墓から次から次へとあの世の者が現れて、

村の人たちはあの世の者たちと対面することができた。

ある者は古めかしい洋服をまとい、ある者は着物に身を包んでいる。

あの世の者たちの服装の年代が合わないことからも、

ここが古くから使われている墓地であることを確認させられた。

現れたあの世の者たちは、どこかぼんやりとしていて、口を利くこともできない。

それでも、顔を合わせるだけでも、遺された者たちには救いとなる。

村の人たちは涙を流して、あの世の者たちとの逢瀬を味わっていた。


 時間は深夜を過ぎ、朝の気配が近付き始めていた。

夜が明ける前に、麓の村に戻らなければ、この世に帰れなくなる可能性がある。

村の人たちは、あの世の者たちとの短い逢瀬を終えて、この世へ戻ることにした。

祈祷師が祈りを捧げると、あの世の者たちは、

一人また一人と墓へ吸い込まれるようにして消えていった。

注連縄を解いて、墓地の外へ出る。

祈祷師が村の人たちを先導し、来た時と同じ要領で墓地から引き上げる。

ただし、その並び順は、来た時とは逆。

行きに最後尾だった祈祷師が、帰り道では先頭になる。

この順番は決して間違えてはならない。

もしも、順番を間違えて、前の人を追い抜いてしまったら、

追い抜かれた人はこの世に帰れなくなる。

鈴の音を頼りに、村の人たちは慎重に帰り道を進んでいった。

最後尾の祈祷師も、前の人の鈴の音の後を付いていく。

この祈祷師は、来る時は先頭だった。

だから、間違えてしまった。

その祈祷師は、帰り道では最後尾なのに、鈴を鳴らしながら歩いていた。

最後尾ならば後ろに人はいないのだから、鈴を鳴らす必要はない。

そう気がついたのは、帰り道も半ばになってからのこと。

つい、うっかりしてしまった。

祈祷師は鈴を鳴らすのを止めて、

前の人の鈴の音を聞きながら帰り道を歩いていた。

すると、背後に何かの気配を感じる。鈴の音が聞こえる。

誰かが自分の後ろを歩いている。距離はそれほど遠くない。

気がつかない間に、誰かを追い抜いてしまったのか?

歩く足を遅くして周囲を見渡すが、真っ暗な森の中ではよくわからない。

暗闇で耳を澄ませる。

ペチャッ。ペチャッ。

水っぽい足音が、後ろから近付いてくる。

ボトボトと湿り気を帯びた音がする。

唸り声のような音が聞こえる。

・・・おかしい。これは本当に人の歩く音なのか?

その祈祷師は立ち止まって後ろの様子を伺った。

その時、頭上を覆う森の木々の隙間から、月の木漏れ日が差し込んだ。

月明かりが照らしたのは、その祈祷師の後ろに続く人影。

その人影は、手にした鈴を鳴らしながら、ひたひたと山道を歩いている。

確かに村の人のようだが、素足なのが気になった。

その後ろからも、人影は続いている。

次にやってきたのもやはり人だった。

ただし、その服装はもんぺ姿で、あちこちが焼け焦げている。

その後に続く人たちもやはり人だった。

人ではあるのだが、その服装はボロボロの布切れだったり、

立派な着物姿だったり、血まみれの農夫だったり。

頭に矢が刺さった鎧武者が通りがかったところで、

その祈祷師は腰を抜かして地面に座り込んでしまった。

これはこの世の者ではない。

きっと、自分が誤って鳴らしていた鈴の音に釣られて、

あの世の者たちが付いてきてしまったのだ。

このままでは、鈴の音に導かれて、あの世の者たちが村へ押し寄せてしまう。

すぐに他の祈祷師たちや、村の人たちに知らせなければ。

でもどうやって?祈祷師は頭を抱えた。

今、村の人たちは縦に一列になって帰り道を進んでいる。

先頭の祈祷師までの距離は長く、大声を出しても会話は無理だろう。

途中の村の人たちが声を出せば、その声に釣られて、

四方八方からあの世の者たちが来てしまう。

先頭の祈祷師のところへ行こうとすれば、

追い抜かれた村の人たちはこの世へ帰れなくなってしまう。

前へ移動することはできず、声を出すこともできない。

手元にあるのは、鈴と杖だけ。

できることは何もないかと思われた。

しかし、その祈祷師は、まだできることがあることを知っていた。

前へ進むことはできなくとも、後ろへ戻ることはできる。

あの世の者たちを止めることはできなくとも、行く先を先導することはできる。

手は土で汚れ、あの世の者たちには大勢、追い抜かれてしまった。

どうせ、自分はもう、この世に戻ることはできないのだから。

それならば、自分にできることをするだけだ。

元はと言えば、自分の不注意が原因なのだから。

そうしてその祈祷師は、意を決して立ち上がった。

鈴を掲げて高らかに鳴り響かせる。

目の前を通り過ぎていく、あの世の者たちに聞こえるように。

「さあ、お前たちの帰り道はこっちだ!

 みんな、しっかり付いてこい。」

そうして、その祈祷師は、鈴を鳴らしながら墓地へと向かっていった。

後には、あの世の者たちの行列が続いていた。


 最後尾だったはずの祈祷師が戻らない。

他の祈祷師や僧侶たちと、村の人たちがそれを知ったのは、

墓地から村に帰って間もなくのことだった。

しかし、夜の闇の中で再び山に入るのは危険なので、

祈祷師たちは朝になるのを待ってから、山の中へ捜索に向かった。

そうして山の中の墓地へ辿り着くと、そこには、

祈祷師らしき何かが横たわっていた。

その何かは、全身をもてあそばれ、食い千切られ、もう人には見えない何かだった。

墓地には血でしたためられた懐紙が遺されていて、

それを読んで、人々はようやく事の顛末てんまつを知ったのだった。

この世の者があの世の者に逢いに行くのは危険。

帰り道に、あの世の者をこの世に導いてしまうから。

あの世の者の中には、決して呼び寄せてはならない者がいるから。

そうして、お盆にこの世の者があの世の者に逢いに行くことは禁忌とされ、

お盆は現代の形式に落ち着くことになったのだった。


どんなに寂しくても、どんなに逢いたくても、

あの世の者に逢いに行こうとしてはならない。

帰り道、あなたの後ろには、

あの世の者たちが付いてきているかもしれないのだから。



終わり。


 お盆はあの世からご先祖様たちが家に帰ってくる行事。

それでは、この世に帰ってきたご先祖様たちは、

あの世に戻りたくなくなったりはしないのだろうか。

そんな場合を空想してみました。


ご先祖様たちも血の繋がりがあるとはいえ、三世代も遡れば、

名前すら知らないような存在になってしまう。

いずれはそこに自分も加わる身。

せめてお盆くらいは、名前も知らないご先祖様たちをお祀りしたいと思います。


お読み頂きありがとうございました。


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