お盆の帰り道
お盆。先祖の霊が家に帰ってくる時節。
しかし、お盆には隠された歴史があることを、知る人は少ない。
事の発端は、戦前にまで遡るとも伝えられる。
最初は、ある祈祷師だか僧侶だかの、こんな言葉だった。
「お盆にあの世の者を一方的に呼びつけるのは無礼ではないか。
子孫であるこの世の我々の方も、あの世へ出向くべきだ。」
そんな意見は最初、突飛だと言われ、多くの人には見向きもされなかった。
だが、一部の敬虔な人たちからは支持されて、
やがて大きなうねりとなり、実際にやってみようという話になった。
それからいくらかの準備期間を経た、夏のお盆。
この世の者があの世の者に逢いに出向くという、
前代未聞の試みが行われることになった。
舞台に選ばれたのは、ある辺鄙な山奥の墓地。
その墓地は、麓の村の人たちの先祖代々が埋葬されている、歴史が古い場所。
村の人たちは敬虔な人たちが多く、
是非とも先祖や亡くなった人に実際に逢いたい、ということから、
今回の試みの舞台として名乗り出たのだった。
早速、祈祷師や僧侶たちが集まって事前の準備が行われた。
そしていよいよ、お盆の夜。
村の人たちは、祈祷師に先導されて、墓地へと出発した。
お盆の夜。
村の人たちは縦一列に行列を作って、麓の村から山の墓地へ向かった。
先頭と最後尾には祈祷師がいて、村の人たちを先導する。
途中の山道には明かりもなく、頭上は木々の枝葉が蓋をして、
月明かりも届かない真っ暗闇。
チリーン。チリーン。
皆、手には鈴と杖を持っている。
先導する祈祷師が、杖で足元を確認し、鈴を鳴らしながら歩く。
後に続く村の人たちは、自分の前の人が鳴らす鈴の音を頼りに、
自分もまた鈴を鳴らして後ろの人を先導する。
この間、決して口を利いてはならない。
転んでも、地面に手をついてはならない。
今、皆が歩いているところはもう、この世ではない。
声は好ましからざる者を呼び寄せてしまうから。
あの世の土に触れたら、この世に帰って来られなくなるから。
山に慣れているはずの村の人たちも、先導する祈祷師も、
真っ暗な山の夜道を一歩一歩慎重に進んでいった。
深夜になって、祈祷師が先導する一行は、目的地である墓地に到着した。
最後尾の祈祷師が墓地に入り、注連縄で周囲を区切って、
ようやく緊張を緩めることができた。
「この墓地は注連縄で外界と遮断しました。
もう、口を利いても大丈夫です。
ただし、儀式が終わるまで、決してこの注連縄の外には出ないで下さい。」
それから祈祷師が蝋燭を灯していく。
蝋燭の明かりに照らされた墓地は、しんと静まり返っている。
墓地の周囲は山の中のはずだが、今は何もなく、白い靄が広がっていた。
そうして一行が一堂に会して、お盆の儀式が執り行われることになった。
僅かながらの供物を捧げ、祈祷師が一心不乱に祈ると、
やがて墓地の空気がざわつき始めた。
「あれを見ろ!」
誰かが叫んで、村の人たちが一斉にそちらを見る。
そこには、蝋燭に照らされた墓石が。
その墓石から、すーっと白い煙のようなものが溢れて、人影になった。
現れたのは少女の人影。
すると、それを見た中年の男女が声を上げた。
「お前は、流行り病で亡くなった、私たちの娘か?」
「まあ!信じられない。またあの子とこうして逢えるだなんて。」
手を伸ばそうとする男女を、祈祷師が厳しく制する。
「いけない!触っては駄目だ!
いくら準備をしているとはいえ、
我々この世の者があの世の者に触れたら、只では済まない。
どうぞ、ご家族とは顔を合わせるだけにしてください。」
「は、はい。わかりました・・・。」
そうして、あちこちの墓から次から次へとあの世の者が現れて、
村の人たちはあの世の者たちと対面することができた。
ある者は古めかしい洋服をまとい、ある者は着物に身を包んでいる。
あの世の者たちの服装の年代が合わないことからも、
ここが古くから使われている墓地であることを確認させられた。
現れたあの世の者たちは、どこかぼんやりとしていて、口を利くこともできない。
それでも、顔を合わせるだけでも、遺された者たちには救いとなる。
村の人たちは涙を流して、あの世の者たちとの逢瀬を味わっていた。
時間は深夜を過ぎ、朝の気配が近付き始めていた。
夜が明ける前に、麓の村に戻らなければ、この世に帰れなくなる可能性がある。
村の人たちは、あの世の者たちとの短い逢瀬を終えて、この世へ戻ることにした。
祈祷師が祈りを捧げると、あの世の者たちは、
一人また一人と墓へ吸い込まれるようにして消えていった。
注連縄を解いて、墓地の外へ出る。
祈祷師が村の人たちを先導し、来た時と同じ要領で墓地から引き上げる。
ただし、その並び順は、来た時とは逆。
行きに最後尾だった祈祷師が、帰り道では先頭になる。
この順番は決して間違えてはならない。
もしも、順番を間違えて、前の人を追い抜いてしまったら、
追い抜かれた人はこの世に帰れなくなる。
鈴の音を頼りに、村の人たちは慎重に帰り道を進んでいった。
最後尾の祈祷師も、前の人の鈴の音の後を付いていく。
この祈祷師は、来る時は先頭だった。
だから、間違えてしまった。
その祈祷師は、帰り道では最後尾なのに、鈴を鳴らしながら歩いていた。
最後尾ならば後ろに人はいないのだから、鈴を鳴らす必要はない。
そう気がついたのは、帰り道も半ばになってからのこと。
つい、うっかりしてしまった。
祈祷師は鈴を鳴らすのを止めて、
前の人の鈴の音を聞きながら帰り道を歩いていた。
すると、背後に何かの気配を感じる。鈴の音が聞こえる。
誰かが自分の後ろを歩いている。距離はそれほど遠くない。
気がつかない間に、誰かを追い抜いてしまったのか?
歩く足を遅くして周囲を見渡すが、真っ暗な森の中ではよくわからない。
暗闇で耳を澄ませる。
ペチャッ。ペチャッ。
水っぽい足音が、後ろから近付いてくる。
ボトボトと湿り気を帯びた音がする。
唸り声のような音が聞こえる。
・・・おかしい。これは本当に人の歩く音なのか?
その祈祷師は立ち止まって後ろの様子を伺った。
その時、頭上を覆う森の木々の隙間から、月の木漏れ日が差し込んだ。
月明かりが照らしたのは、その祈祷師の後ろに続く人影。
その人影は、手にした鈴を鳴らしながら、ひたひたと山道を歩いている。
確かに村の人のようだが、素足なのが気になった。
その後ろからも、人影は続いている。
次にやってきたのもやはり人だった。
ただし、その服装はもんぺ姿で、あちこちが焼け焦げている。
その後に続く人たちもやはり人だった。
人ではあるのだが、その服装はボロボロの布切れだったり、
立派な着物姿だったり、血まみれの農夫だったり。
頭に矢が刺さった鎧武者が通りがかったところで、
その祈祷師は腰を抜かして地面に座り込んでしまった。
これはこの世の者ではない。
きっと、自分が誤って鳴らしていた鈴の音に釣られて、
あの世の者たちが付いてきてしまったのだ。
このままでは、鈴の音に導かれて、あの世の者たちが村へ押し寄せてしまう。
すぐに他の祈祷師たちや、村の人たちに知らせなければ。
でもどうやって?祈祷師は頭を抱えた。
今、村の人たちは縦に一列になって帰り道を進んでいる。
先頭の祈祷師までの距離は長く、大声を出しても会話は無理だろう。
途中の村の人たちが声を出せば、その声に釣られて、
四方八方からあの世の者たちが来てしまう。
先頭の祈祷師のところへ行こうとすれば、
追い抜かれた村の人たちはこの世へ帰れなくなってしまう。
前へ移動することはできず、声を出すこともできない。
手元にあるのは、鈴と杖だけ。
できることは何もないかと思われた。
しかし、その祈祷師は、まだできることがあることを知っていた。
前へ進むことはできなくとも、後ろへ戻ることはできる。
あの世の者たちを止めることはできなくとも、行く先を先導することはできる。
手は土で汚れ、あの世の者たちには大勢、追い抜かれてしまった。
どうせ、自分はもう、この世に戻ることはできないのだから。
それならば、自分にできることをするだけだ。
元はと言えば、自分の不注意が原因なのだから。
そうしてその祈祷師は、意を決して立ち上がった。
鈴を掲げて高らかに鳴り響かせる。
目の前を通り過ぎていく、あの世の者たちに聞こえるように。
「さあ、お前たちの帰り道はこっちだ!
みんな、しっかり付いてこい。」
そうして、その祈祷師は、鈴を鳴らしながら墓地へと向かっていった。
後には、あの世の者たちの行列が続いていた。
最後尾だったはずの祈祷師が戻らない。
他の祈祷師や僧侶たちと、村の人たちがそれを知ったのは、
墓地から村に帰って間もなくのことだった。
しかし、夜の闇の中で再び山に入るのは危険なので、
祈祷師たちは朝になるのを待ってから、山の中へ捜索に向かった。
そうして山の中の墓地へ辿り着くと、そこには、
祈祷師らしき何かが横たわっていた。
その何かは、全身を弄ばれ、食い千切られ、もう人には見えない何かだった。
墓地には血で認められた懐紙が遺されていて、
それを読んで、人々はようやく事の顛末を知ったのだった。
この世の者があの世の者に逢いに行くのは危険。
帰り道に、あの世の者をこの世に導いてしまうから。
あの世の者の中には、決して呼び寄せてはならない者がいるから。
そうして、お盆にこの世の者があの世の者に逢いに行くことは禁忌とされ、
お盆は現代の形式に落ち着くことになったのだった。
どんなに寂しくても、どんなに逢いたくても、
あの世の者に逢いに行こうとしてはならない。
帰り道、あなたの後ろには、
あの世の者たちが付いてきているかもしれないのだから。
終わり。
お盆はあの世からご先祖様たちが家に帰ってくる行事。
それでは、この世に帰ってきたご先祖様たちは、
あの世に戻りたくなくなったりはしないのだろうか。
そんな場合を空想してみました。
ご先祖様たちも血の繋がりがあるとはいえ、三世代も遡れば、
名前すら知らないような存在になってしまう。
いずれはそこに自分も加わる身。
せめてお盆くらいは、名前も知らないご先祖様たちをお祀りしたいと思います。
お読み頂きありがとうございました。




