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ダンジョンツアー、始まる! さん

「エ、エドガー、なんで……」


「なんでって、ここはロックベール領だぞ」


 エドガーは、なにを当たり前なことを聞いてくるんだとあきれた顔をするけど、あんたん()は王都にあるよね。だけど、相手にはそれで通じたみたいで、


「あっ……」


 『公爵のお孫様』な子爵令息君の顔色は、ドンドン悪くなっていく。あらら。さっきまで偉そうにしていたのに、あの勢いはどこにいったのよ?しかも、


「坊ちゃま、あの方は?」


「騎士団長の子息だ」


「では、なにかあればハミエル様の出世に……」


 荷物持ちのおじさんと2人し、てコソコソと話をしているけど、全部聞こえているからね。どうやら、クロード伯父様の関係者みたいだ。


「ねぇ、知り合いなの?」


 悩むよりも聞く方が早いから、前に立つエドガーの腕を引っ張りながら質問する。


「うん。こいつの兄貴が騎士になりたてのころ、うちに家族揃って挨拶に来たことがあるんだ。式典の時にも、何回か会ってるしな」


 12歳以下の子供は式典に参加できないので、王宮の一室に集めて遊ばせておくらしい。そこで何度か会ったんだって。

 なるほどね。クロード伯父様は子爵代行だから、身分だけだと子爵の方が上になるけど、なんせ騎士団長だもの。この子にしてみれば、『お兄さんの上司の息子』になるから、あまり偉そうな態度は取れないわけだ。


「で、何を交換しろって騒いでたんだ?」


 エドガーがニヤニヤしながら聞くのを見て、呆れる。あんたそれ、判ってて聞いてるでしょ。ほーら、ダニーが完全に下向いちゃったじゃない。


「もういい……おい、いくぞ!」


 ダニーは持っていた袋をギュッと握りながら悔しそうにいうと、荷物持ちのおじさんを連れて遊戯室から出ていった。あれはきっと、カードが折れ折れになったな。

 そのあと売り子さんにお礼を言われたけど、わたしの出番がなかったのが、ちょびっと悔しい。



 お屋敷に帰る前に、エドガーとマキシムの希望もあって、昨日開業した冒険者ギルド直営の宿『冒険亭』に寄ることになった。



 ***



 3日前に完成した『冒険亭』は、前にワタリさんが言っていた『面白い宿にするつもりです』の言葉どおり、楽しい仕上がりになっていた。

 外観は普通の高級宿屋なんだけど、扉を開けると、そこには冒険者ギルドそっくりの空観が広がっている。


 受け付け台はそのまんまギルドから持ってきたとしか思えないし、依頼書を貼るための掲示板も、もちろんある。壁には冒険者の使う道具や武器が飾られていて、中には値札が付いている物もある。あれって、ホントに買えるのかな。


 1階の奥は食堂になっていて、客室は2階と3階部分に全部で8部屋。部屋にはそれぞれ魔獣の名前がついていて、その魔獣にちなんだ色を使った装飾がされている。

 わたしはホーンラビットの部屋が、白くてフワフワしていて可愛いと思ったんだけど、エドガーやマキシムは、アースドラゴンの部屋が1番カッコ良いと言って譲らなかった。


 黒地にヒビ割れのような赤い線が入った壁紙に、黒と赤で統一された家具のどこが良いのか判らないけど、2人ともすごく気に入ったみたい。

 砦の部屋を同じようにしたいからって、ワタリさんから内装を受け持った職人さんの名前を聞き出していたもの。


 しかも3階から2階に降りる階段の両側には、なんとすべり板が作られていた。


「シモン様から、特別に許可をいただきました」


 でもコレって、ドレスだと滑りづらいよね?それとも貴族な淑女はすべり板なんて滑らないのかな?一応、ブルッペの貸し出しを提案しておいた。子供用だけでなく、大人用もだ。


 だけど1番目立つのは、受け付け横にドドンと置かれているホーンウルフの剥製だ!

 大きく開けた口からは牙がのぞいてるし、曲げた後ろ足は、今にも飛び上がりそうな迫力だ。コレって、あの時のヤツよね。


「1番大きくて状態の良いものをギルドから譲ってもらいました」


 ワタリさんが、嬉しそうに説明してくれる。たしかに図鑑に載っているホーンウルフの毛は、黒っぽい灰色をしているけど、この剥製の毛はシルバーグレーだし、ツヤツヤしている。


 だけど、それだけじゃない。コレの何がすごいって、上に乗れるのよ!しかも横に踏み台が置いてあるから、子供でも簡単にその背に乗ることができる。

 しかも宿泊客は1枚限定だけど、簡単似顔絵を描いてもらえる特典付き!

 簡単似顔絵は、予めホーンウルフを描いた絵(正面と横向き)に、後から人物を描き入れるから、描く時間がグッと短くできる。

 もちろん簡単な色付けはしてくれるし、別料金を払えば肖像画にだって仕上げてくれる。そして当然だけど、わたしたち3人とも描いてもらった。今日は、それを取りに行くの!



  ***

 


「さすが坊ちゃま。なんと凛々しい!まるで神王さまそのものです」


「そうだろう。俺もそう思う!」


 宿屋の扉を開けたとたん、聞き覚えのある声がしたのでそちらを見ると、ダニーがホーンウルフの上で、装飾付き木剣を振り上げていた。

 荷物持ちおじさんはハンカチを手に、目のあたりを押さえている。


「なぁ、神王さまって、なんだ?」


「えっ、エドガー、『神王さまの冒険』を知らないの?」


「うん。知らない」


 『神王さまの冒険』は、子供に人気の冒険物語だ。初代稲荷社神王の活躍を書いたもので、3巻まで出ている。それを読んでないばかりか、知らないとは……運動小僧、恐るべし。


「でも、神王さまって女の子だよね?」


 マキシムが首を傾げるけど、わたしの首も大きく曲がってる。わたしも持っているけど、神王さまは稲荷社神国の独特な衣装『着物』を着た女の子が、白狐の神獣の背中に乗って、いろんな所を駆け巡る物語だ。


 その神王さまとダニーが同じって……ダニーが女の子にはまったく見えないんですけど?

 だけど、あのおじさんの目には女の子に見えてるってこと?それって、今すぐお医者に行ったほうが良いやつじゃない?

 そこで、ふと本の表紙を思い出した。子ども向けの本だから表紙には絵が描かれているんだけど、3冊とも冒険先の風景しか描かれてなくて、神王さまの絵は、中の挿絵にある。それに話の冒頭に少女だと書いてある。少しでも読んだら判ることを、知らないってことは……


「プフフ、読んでないね、きっと」


「うん。表紙を見ただけだね」


 マキシムと顔を見合わせ、笑う。

 笑いながら、なんだか判らない顔をしているエドガーの背中を押しながら、ワタリさんの事務所に向かう。


「さっさと絵をもらって帰ろう。明日も忙しいんだから」


 だって、明日は砦に行くからね。パン屋がやっと開店するの〜!

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