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工房の完成と、似てない兄弟 いち

 宣伝活動が始まってから数日後、ライドさんから砦跡の改修工事と工房建設が終わったと連絡が来た。

 すでに印刷工房には印刷機が設置され、木製玩具工房には、木の加工用の機械や道具が納められたんだって。さすがライドさん、仕事が早い!


 なので、今日は皆を誘っての砦跡見学よ!

 エドガーにマキシム、そして祖父様にマルク翁も一緒に馬車に乗りこむんだけど、なぜかディディエさんも一緒だ。御者役だけど。


「今日はアルノーが休みなので、その代わりだと思っていだければ」


 ヒラヒラと手を振りながら手綱を握るけど、ディディエさんって元文官さんなのに騎士の代わりもできるってこと?首をかしげながらマルク翁を見る。


「アレの腕はそれなりだ。一応、母親に仕込まれたからな」


 翁の言葉に、祖父様が一瞬だけど嫌な顔をするのが判った。どうやら祖父様はディディエさんの親を、あまりよく思ってないみたい。そういえば、前にも似たようなことがあったような……


「なあ。カードの見本って、今日もらえるのか?」


 エドガーに聞かれたから、考えるのはちょっと中断。


「どうだろ?見本を印刷するのは、機械の調整が終った後だろうし。着いたらライドさんに聞いてみたら?」


 答えながら、エドガーが朝からずっとソワソワしていた謎が解けた。この運動小僧ときたら、ドラゴンのカードがもらえるか、気になっていたんだ!


して 

 ***


「先ずは砦跡内部の説明を。その後、工房に案内してします」


 今すぐ印刷所に行きたそうなエドガーを無視、最初に案内されたのは、三階。

 この階は女性専用の宿舎になっていた。1人部屋と2人部屋があって、女性専用の浴室もある。その横には洗濯場と、小さな共同炊事場が作られている。

 壁が塗り替えられ、窓にガラスが入ったおかげで、最初に見た時よりもずっと明るくなった廊下を歩きながら、ライドさんの説明を聞くのは思った以上に楽しい。


「三階に上る階段にはちょっとした仕掛けがありまして、許可のない者が上がろうとすると、警笛がなります」


「今は大丈夫なの?」


「エミリア様が御一緒していますので。それ以外は、このカードを持っていないと通れません」


 胸元にぶら下がった、金属製のカードを指さす。ダンジョンの扉みたいな物かな。でも、宿舎に住む女性たちの安全は、大丈夫そうだ。


 二階は私の執務室と、調理場付きの家族用宿舎。だから全体的に大きな部屋が多い。そのため、この階には浴室はない。でも、代わりに『出張あずま屋』がはいっているのよ。



 欲しかったのよねぇ、あずま屋。馬車宿場にある、ちょっとした物なら何でもそろうこのお店は、隣国の商会が経営してるんだけど、砦跡にも出してくれることになったの。

 今はまだ閉まってるけど、2週間後に開店だって。ふへへっ、楽しみ!



「こちらがエミリア様たちの執務室になります」


 おぉ!ソファとテーブルの応接セットに、大きな机が3つと本棚。これぞ執務室って感じ!ハウレット商会の父さまの部屋とよく似ているのは、きっとライドさんが手配したからだろう。


「続き部屋はエミリアさま専用の私室となりますので、家具等はご自身でお願い致します」


 そう言って見せてくれた部屋の中は空っぽで、ほんとに何もなかった。あー、はい。私室の調度や家具は、自腹ってことね。了解。


「そして一階には私の事務室と、エドガーさまたちの私室があります」


 それ以外にも、1階は男性専用の宿舎と男性専用の浴室がある。もちろん洗濯場も。

 その横には屋上に続く階段があって、それを登り切ったところには、ワンコ兄弟の部屋がある。屋上部分は、今のところはワンコ兄弟の貸切状態だ。まあ、見張り台だからね。


 最後にエドガーとマキシムの私室(空っぽ)を回り、ついに工房がある中庭へ。ちょっとエドガー、走らない!


 **


 中庭に新しく建てられたのは、全部で三棟。

 印刷工房と木工工房、そしてその奥にはパン屋が入った食堂だ。

 工房はどちらも2階建てだけど、食堂は3階建てで、しかもけっこうな大きさがある。だって、砦跡に住む人全員が入っても大丈夫な大きさにしたからね。



 印刷工房に近づくにつれて、インクの匂いとガッチャン、ガッチャンという音が聞こえてきた。


「雇った者のうち半数ほどが一昨日に到着したので、どちらも今朝から仕事を始めています。先ずは印刷所から案内を。今は限定カードの版を使って、試し刷りをしているところです」


 刷られていたのは、冊子につけていた引き換え券と交換のドラゴンカード3種類が1枚の紙にいくつも並んだ物だ。

 印刷機の横では技術者が、1枚印刷しては何か調整して、次の1枚を刷っている。


「うわぁ、スゴイ!」


 印刷機に向かって突進しようとするエドガーの首根っこをつかむ。


「仕事の邪魔になるでしょ!」


「チェッ…」


「今は最終段階で、色や印刷のずれがないかの確認が済みましたら、本刷りに入ります」


「じゃあ、あの試し刷りはどうなるの?」


 マキシムが床に散らばる、試し刷りされた紙を指さす。


「処分よ」「処分です」


 わたしとライドさんの声が、重なる。


「そんな、もったいない……」


 フラフラ近づこうとするエドガーを、再度捕まえる。


「もったいないですが、売り物にならない、しかも限定品が印刷された紙を残すわけにはいきません」


「そうだぞ、エドガー。万が一、よからぬ思いを持つ者の手に渡れば、ろくなことにならん。本物だと言って売りつける者も出るだろうしな」


 祖父様がライドさんの言葉にうなずきながら言うけど、その手は試し刷りの紙を拾ってクルクルと丸めて懐へしまおうとする。おい、コラ。なにしてんのかな?


「それにエミィが処分って言ってるんだから、処分だよ」


 うん、マキシム。腰に剣みたいに差してる丸めた紙、返してね。


 マルク翁、マントに隠した紙、見えてるからね!

 ディディエさん、ブーツに入れたの、半分以上出てるし!バレバレだし!


 ホントにコイツら全員、油断も隙もあったもんじゃない!とりあえず、全部没収!


「本刷りができましたら、カットしていない物も差し上げますから」


 そう言うライドさんの額には、青筋が立っていて、その手の中の試し刷りの紙は、ギリギリとネジ切れられていた。

 ゴメンよ……



 印刷所を出ると、目の前に知らない人が立っていた。


「丸だ……」


 思わず口に出ちゃったわ。だってその人ときたら、顔もお腹だけでなく、目や鼻、耳や手まで、もう全部が丸いんだもの!

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