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地方都市の少年(フィリップ・バルテ)の話 2 暖かな優しさ

「あなたが話してくれた宣伝活動だけど、どうやら有料席を手に入れるのは難しいようなの……」 


 夕食の席ですまなそうに話す母に、僕は笑って見せた。


「残念だけど、しかたないです」


 宣伝活動の評判は、あっという間に広まったらしく、有料席はどこも売り切れ状態だと、今日届いたコニーからの手紙にも書かれていた。

 それでも父の役職を考えると、なんとかなるのではと期待していたのだ。


「席の数や活動の回数を増やせばいいのに。ほんと、ギルドの人達って融通がきかないんだから」


 ぶつくさ言う母をに笑顔を向けながら、手元の肉や野菜を細かく切っていく。ひどくがっかりしたせいか、食べる気がまったくしない。

 だけど食べないと心配をかけるのが判っているので、飲み込めるほど小さくなった肉のかけらを口に入れる。


(あといくつか食べれば、問題ないよね……)


 立ち見でもいいから行きたいと言ってみようかとも思ったが、あの時以上の人混みの中に入った子供の僕では、ほとんど観ることはできないだろう。

 なにより母の許可がおりるとは、とうてい思えない。


(諦めるしか、ないよね……)


 わがままな願いだと、判っている。1回も見れない人も、たくさんいることも。だけど、どうしても諦めることができないでいた。



 **



 それから3日後。コニーから席が取れたから、すぐにブランシ領に行くようにと書かれた手紙が早馬便で届いた。


「えっ、ホントに?!やった!」


 読んだ途端、自分でもビックリするぐらい大きな声が出た。


 手紙によると、2回目の活動から有料席の数を倍にしたことから、1回目の活動場所の提供者に対して、少しだけど便宜がはかられたらしい。

 ブランシ領で行われる宣伝活動の席が僕とコニー、そしてコニーの兄シリルの3席分、手に入ったと書かれていた。


 ブランシ領は中央街道沿いにあって、うちからは2日ほどかかるけど、宣伝活動の日付けは今日から3日後だ。今すぐ出発しないと、間に合わない。

 東の街道沿いに住むコニーたちは、すでに出発しているのだろう。手紙の最後に、ブランシ領で待っているとあった。


 了解を取るために母の部屋へと向かう間も、どんどん早足になっていくのを止められない。


(もしダメだと言われても、絶対行くんだ!)


 ***


 前回と違って、有料席に座る人達は自慢げで、僕たちは羨ましげな視線の中、席へと向かった。

 その途中、金を払うから、冊子やカードの引換券を売ってほしいと声をかけてくる人は1人や2人じゃない。

 中には子供なんか入れないで、代わりに自分を入れろと騒ぐ大人までいた。そんな人は、すぐに警備していた騎士達に連れて行かれたけど。


「アレって、どう見ても子供より行儀が悪いよね。それにこれは、子供向けのダンジョンツアーの宣伝活動なのに」


 コニーが大きな声で不思議そうに言うのを聞いた周りの大人達が、少し静かになる。おかげで、その後はわずらわしい思いをしなくてすんだ。


 こちらの班の宣伝活動も、凄く楽しかった。

 『弓操(ゆみく)りバンジャ』のひょろひょろな矢が、落ちそうになる度に声を上げ、『かっとびアンリ』と『風使いのロイク』の連係技に手をたたき、『仮面騎士オランド』が繰り出す炎の剣技のカッコよさに、うっとりとする。

 

 だけど一番は『壁師・妹O(オレリ)』 が有料席観客の中から三人限定で行う『テッペン上がれ!』。だって、僕が選ばれたんだ!

 これは後から知ったんだけど、大人気の演目で、みんな自分が選ばれたいと思っていたらしい。


 選ばれたのは僕と、この町の町長夫人、そして僕より少し歳上の男の子だ。一緒に来たらしい女の子が、「なんで私じゃなくて、ノアが選ばれるのよ!」って怒っていたけど、僕を見たとたん、ビックリした顔になった。あんな子、会ったことあったっけ?全然記憶にないんだけど。


 首をかしげながらも、案内役の先導で大人の腰の高さまである柵の中に入る。


「しっかり、つかまってるんだよ!」


『壁師・妹O(オレリ)』に言われるまま、僕たちはしっかりと柵を握った。


「それじゃあ、行くよ。3、2、1」


 パン!と手を打ち鳴らして、地面に両手つける。そして。


「展開、テッペン!」


 その言葉と同時に柵の周りの地面ごとドンドンせりあがっていって、やがてそれは教会の塔のテッペンと同じくらいの高さまで上がっていた。下から、歓声が聞こえる。


「わぁ……」

「すげぇ!」

「まぁ、まぁ、まぁ!」


 そこから見える景色に、自然と声が出た。

 普段は見えない隣の領地どころか、その遥か向こうまで見渡せる。

 領都だと判る外壁や、その間に点在する村々や広がる畑。さらにその遠い先にはかすんだ山影が見える。ベルニープス山脈だろうか。


「おろすよ!」


 しばらくすると『壁師・妹O(オレリ)』の声が、風に乗って聞こえてきたかと思うと、すぐに「展開・降下」の言葉と同時に、今度はゆっくりと降りていった。



 **


 諦めていた2回目の宣伝活動が見れた上に、演目に参加できたこともあって、僕は十分に納得していた。

 それでもまだ見ていない班の行程が、王都から東の街道を大きく回って北へと向かうと判ると、うちの領地の近くも通るのにと、ついつい考えてしまう。


(2つ目が見れただけでも、十分幸運だったんだ。これ以上は、さすがに欲張りすぎだ……)


 だけど思いもよらない形で、さらなる幸運が舞い込んできた。運んできたのは父だ。


「なんとか2席、確保したぞ」 


 数週間ぶりに帰宅した父は、開口一番に伝えてきた。

 場所は辺境伯領に入ってすぐの町で、この場所での活動が、最後になるらしい。そのため、これまでで一番たくさん有料席が用意されるという。


「辺境伯領出身の魔術師に頼み、なんとか譲ってもらったんだ。ただ、条件があってな。一番最初に見た班の冊子についている、カードの引換券が欲しいらしい。構わないか?」


「はい!」


 ドラゴンのカードは確かにカッコ良いけど、僕にとっては、実際に宣伝活動を見るほうが大事だ。

 こうしてまだ見ていない班の、最後の宣伝活動の席を2つ、手に入れることができた。もちろん1つはコニーの分だ。


「急いでコニーに手紙を書かないと!」


 その言葉を聞いた父が、少し驚いた顔になったことや、寒い地域に行くからと心配した母と主治医が一緒に行くことになったことなど、全部些細なことだ。

 僕たちは、3つ目の宣伝活動が見れるんだ!



 ***



 だけど悔しいことに、僕の幸運はここまでだったらしい。馬車での移動と、季節の変わり目の寒暖差のせいか、目的地の宿についた途端、熱がでたのだ。


(お願いたがら、明日までには下がって!) 


 必死に願ったけど、ダメだった。主治医からは、2日間の安静が言い渡されてしまう。


 しかたがないので、代わりに母さまに見るようお願いした。心配して様子を見に来てくれたコニーには、後からどんな風だったか教えて欲しい。と頼んだ。


 広場の直ぐ側の宿を取っていたから、寝ている僕にも広場のにぎわいが聞こえてくる。


(見たかったな。あっ、もしかしたら……)


 ベッドからおりると、あちこちの関節が痛むのを我慢しながら窓に寄ってみるけど、立木やテントがじゃまで、広場の様子はほとんど見えない。


(せっかくここまで来たのに……)


 悲しくて悔しくて、涙が出そうになったから、ベッドに戻って、布団の中にもぐり込む。しばらくすると、扉がきしむ音がして、誰かが入ってきた。てっきり主治医だと思ったけど、


「フィル、起きてる?」


「えっ、コニー、どうしたの?もう始まっちゃうよ」


「うん。だから、一緒に見ようと思って」


 そう言いながら、持ってきた毛布で僕をぐるぐる巻にしていく。そして。


「よいしょ」


 紐を使って、自分の背中にくくりつけた。


(えっ……)


「宣伝活動は、わたしの代わりにフィルんとこのお医者さまが見てるから、冊子は手に入るよ。ただ、記念としてカードの引換券が欲しいって言われちゃったけどね」


 コニーは笑いながら廊下に出ると、その先にある狭くて急な階段を登り始めた。僕を背負ったまま!


「コニー、おろして!僕、自分で上がれるよ!」 


「動かないで。熱があるんだから、少しでも寒くないようにしておかないと。それに、身体強化は得意なの」


 ギシギシときしむ階段を、コニーは両手で手すりをつかみながら、ゆっくり上がっていく。

 そのさきは屋根裏部屋で、いろんな物が置かれてあった。その中には古い長椅子もあり、それは換気用の窓のそばに置かれいる。


 コニーは紐をゆるめて僕を長椅子の上に下ろすと、


「女将さんから、屋根裏ここからなら、見えるだろうって聞いたの。暖房がないから、これね」


 いつの間に用意したのか、僕に湯たんぽを渡してくる。そして目の前の窓を大きく開け放った。


 そこからは、ちょうど広場が見渡せた。寒くないようにと、こちらも前もって持ち込んでいたのだろう。自分の分の毛布をかぶると、僕の横に座る。


「やっぱり、一緒に見ないとね!」


「……うん」


 返事をしながら、笑顔の彼女を見る。顔にあたる風は少し冷たいけど、毛布とひざの上の湯たんぽ、そして横にいるコリーの優しさと暖かさにくるまれて、寒さなんて感じなかった。


 窓枠の中の広場では、案内役がガイドたちの紹介をはじめていた。

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