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地方都市の少年(フィリップ・バルテ)の話 1 婚約者からのお誘い

 まだ風が冷たいからと、閉め切られた勉強部屋の窓からぼんやりと外を眺めていると、屋敷の前に馬車が止まるのが見えた。

 馬車から元気よく降りてきたのは、婚約者のコリアンヌ(コリー)だ。


 ギシャール子爵家の令嬢だけど、剣術が大好きな彼女は今日もブルッペを穿いていて、ここからは見えないけれど、おそらく腰には木剣を刺しているはずだ。


 領地が辺境伯領に近いせいか、ギシャール子爵爵家は昔から武術が盛んで、騎士になる者も多い。コリーもまた、大きくなったら騎士団に入ると、口ぐせのように言っている。


 そんな彼女が、僕は苦手だった。両親は、ほんとうはこんな子供が欲しかったのだと、思ってしまうからだ。だって1つ歳上で元気いっぱいのコリーは、少しぐらい行儀が悪くても、だれにも叱られないのだから。


 バルテ伯爵家の跡取りとして、それなりの魔力はあるけれど、幼い頃から病弱で小柄。しかも少し垂れた大きな瞳のせいか、女の子に間違えられることも度々あった。


(こんな僕より、コリーの方が……)



 すれ違うメイド達に挨拶する弾んだ声と、足音が近づいてくる。5、4、3、2、1……


 バン!


 大きく開け放たれた扉のせいで、部屋の温度が一気に下がるけど、丸めた紙を握った手を振りまわす彼女は、そんな事に気づきもしないで駆け寄ってくる。いつも、そうだ。扉を微笑む侍女が閉めるまでがお約束。



「フィル!こんど辺境伯領のダンジョンで、子供向けのツアーが始まるって知ってる?!」


「うん。うちにも冒険者ギルドから、案内が送られてきたからね」


 母さまから行きたいかと聞かれ、首を振ったことまでは、言うつもりはない。


「それでね、ツアーの宣伝活動がうちの領地であるの。ガイド達の得意技を見せてくれるんだって!」


 椅子に座って見れる席を確保したから、一緒に見ようという誘いだった。


(ツアーの参加とかだったら気が重いけど、それぐらいなら良いか…)


「おばさまには、もう話してあるの!」


 うちから子爵領までは、馬車で丸一日かかるけど、ここ最近、僕の体調が良かった事もあり、すでに母は許可を出しているらしい。


「いついくの?準備しないと……」


「明日の朝、出発よ!大丈夫。馬車はゆっくり走らせるから!」


(こんな無茶も、コリーなら許されるんだ…)


 ***



 その日、広場には朝からたくさんの人が集まっていた。広場の中央は太めのロープで囲われて、その中に椅子が20脚ほど並べられている。椅子の両側には天幕が張られ、その中は見えないけれど、関係者らしき人達が動き回っているのが、影で判った。


 しばらくすると、ロープの外側に集まった見物人達に配布紙が配られていき、ワクワクした空気が辺りに広がっていく。


 大きな石が積まれた荷車が運び込まれると、何に使うのか予測する声が、頭上から聞こえてきた。見上げると、同じ年ごろの男の子たちが木に登って、見物場所を確保している。


 彼らの視線を受けながら、ロープの中に入って椅子に座るのは、なんだか居心地が悪い。僕たちの隣の席はこの町の町長とその息子で、それ以外の席も、着ている物からそれなりに裕福な家の人達だと判る。


「椅子に座らないと、僕ちゃん疲れちゃうから~」


「違いねぇ!」


 木の方からゲラゲラと笑う声が聞こえ、町長の息子が「だからこんな席、嫌だって言ったんだ」と言いながら、顔を赤らめ俯く。


 だけどコリーが、


「あんなの気にしないでいいよ。こういうのは一番いい場所で見た方が、絶対に楽しいんだから!」


 そう言って笑ってみせると、顔を上げて、小さくうなずいていた。




『ガイドだホイ』とかいう変な歌で始まった宣伝活動は、期待していたよりもずっと楽しかった。


 ハウレット商会の店員だと名乗る案内役が、ガイドたちを1人づつ紹介すると、すぐに1人が凄い量の炎玉を放ち、それを大きな男が盾を使って空高く弾き上げた。 

 それが落ちてきそうになったとき、髭の剣士が剣をクルリと回すと旋風が起き、火玉が再び上空に舞う。みんな上を向いたまま、歓声を上げた。


 そして片手に弓を固定した男が、水をまとった矢を何本も放つと火玉はすべて消え、剣士が再度起こした旋風で集められた矢が、広場の中央に突き刺さった。

 拍手と一緒に歓声が上がる。


 荷車が運ばれてくると、今度は大男が積まれた大きな石を片手で掴んで投げ出した。それは盾に弾かれた先で、一直線に積み上がっていく。

 時々、ずれて倒れそうになるけど、剣士の旋風がそれを防ぐ。その時の剣士の嫌そうな顔が又、面白かった。


 その後も、いろんな技が披露され、終わった時には僕の手は拍手しすぎて、少し痛くなっていた。

 おまけに全部がすんだあと、ガイド達が有料席の人だけに、大きな封筒を手渡してくれた。


 僕に封筒をくれたのは、『花パッチのジャック』だ。中をのぞくと、ツアーのチラシと割り引き券、そして小さな冊子が入っていた。


 冒険者ギルドのマークが描かれたソレをパラパラとめくると、ツアーが行われるダンジョンの中の様子や、そこで取れる魔石や薬草、そして出る可能性のある魔獣が載っていた。

 さらにめくっていくと、先程のガイド達の似顔絵と得意技の説明、そして得意技の姿絵が描かれている。


(あっ、これ、いま観たやつだ!)


「見て、コレ!」


 2つ隣に座っていた町長の息子が、自慢げに冊子を広げて見せている。


 さっき彼にからかいの言葉を投げていた子たちも、それを羨ましげに見ていた。


「楽しかったね!」


「うん。誘ってくれて、ありがとう」


 笑顔のコリーに小さな声でお礼を言うと、彼女が耳打ちしてきた。


「じつはあと二組、別ルートで周るらしいの。父さまたちにお願いして、連れて行ってもらわない?」


 どうやらツアーガイドは、全部で15人いるらしい。


「そして3冊全部、そろえよう!」


「うん!」


 僕達は笑顔で約束した。



 コリーの家に一晩泊まり家に戻ると、ちょうど父様が帰宅されたのと、かちあった。


「父様、おかえりなさい!」


 王宮魔術師団の団長である父は、王都の屋敷に住んでおり、月に2度ほどしか領地には戻ってこない。


「あぁ、いま戻った。フィリップも出かけていたのか?」


「コリーの所にダンジョンツアーの宣伝が来たので、それを観に行ってました。すごく楽しかったです!」


「それは良かったな」


「はい!」



 結局、夕飯の席でも僕が昨日見た宣伝活動の話ばかりしていたからか、父さまも、そんなに楽しいのなら自分も観てみたいなと言われた。



 ***



(あれほど楽しそうなフィリップは久しぶりに見たな。よほど楽しかったのだろう)


 身体があまり丈夫でなく、静かに過ごすのを好むフィリップは、元気が取り柄の婚約者とは、あまりうまくいってないのではと危惧していたが、どうやらそうではないようだ。


(ダンジョンツアーの宣伝活動か。確かうちの領地でも開催させて欲しいと、手紙が来ていたな。どうせ魔術師団長である私に取り入り、宣伝に利用しようと目論むたぐいだろうと捨て置いたが、今からでも返事を送ってやるとするか。どうせなら、3組全てを開催させてやろう)


 そう想い手紙を書いたが、しばらくして戻ってきたのは、断りの返事だった。しかも前辺境伯からだ。


(あの御仁が、関わっていたのか……)

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