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トイレを作ろう にぃ

 言った途端に、しまったと思った。父さまが、にやりと笑ったからだ。慌てて口を押えたけど、もう遅い。

 

「うーん。作っても良いけど、僕は忙しいし。そうだ、エミィが責任者になれば良いね。だって、君の希望なんだし。だからね、エミィ。どんなに時間がかかっても良いから、納得出来る物を作るんだよ」


 笑顔で言う父さま。でも、なんだろう。『納得いく物が出来るまでは、他の事なんか、してる暇は無いよ』と言われているような……気のせいだろうか?


 わたし今、挑戦中の『街中のワンちゃんと、仲良くなろう!』計画のことを考えた。まだ始めたばかりだけど、もう20匹ぐらいのワンちゃんと、仲良くなっている。だけど、どうやら計画は少しの間、お休みするしか、なさそうだ。


(せっかく、『ワンちゃんと仲良くなるための方法』を発見したのに……)


 商会へと向かう馬車の中、肩を落とすわたしの横で、父さまはやけに機嫌が良かった。

 


 鼻歌を歌う父さまに連れて来られたのは、うちの商会の3階にある、技術部と書かれた部屋の前だ。


「みんなー、新商品の開発だよー」


 父さまは、わたしを部屋の中へと押し込みながら声をかけると、そのままドアを閉めて立ち去った。当然、わたしに視線が集まる。


 商会の『技術部』は、木工、金属加工、魔道具の三つの部門が一緒になっていて、新商品の開発や、在来品の改良などが主な仕事だ。


「よう、嬢ちゃん。今回は、なにが欲しいって言ったんだ?」


 木工担当のギレスが、ニヤニヤしながら聞いてくるので、しかたなく答える。


「馬車のトイレ……」


「ぶふぇへっ、さては父ちゃんに、してやられたな!」


(つば飛ばして笑うな、ばっちい!)


 ちょっと失礼なおじさんだが、ギレスは、わたしが愛用している『ひっかけ君』を作ってくれた、恩人でもある。

 お蔭で、わたしは『開かずの魔人』という汚名を、返上出来たのだから。


 まったく覚えていないけど、歩けるようになった頃のわたしは、ドアの取っ手に興味津々で、しょっちゅう取っ手に飛びついては、そのままへし折ったり、引っこ抜いたりしていたという。 


 取っ手の外れたドアは、当然、開かない。そうやって自分を閉じ込めては大泣きし、誰かを閉じ込めては、泣かせる、ということを、繰り返していたらしい。

 しかし、それを見事解決したのが、この『ひっかけ君』だ。


 25ミィルト(長さの単位1ミィルト=1センチ程度)ほどの木の棒の先を、薄く削って曲げ、真ん中部分にスライムの皮を貼り付けた物で、これを取っ手に引っ掛けて、ドアを開け閉めすることを覚えたわたしは、2度と取っ手を壊すことは、無かった。


 そして代わりに、『脱出王』の称号を得た。


 しかも、このひっかけ君、わたしが使ってるのを見て、欲しいというお客さんがいたため、試しに30ミィルトの長さで作って売ってみたら、結構な人気商品となった。

 背中をかいたり、座ったまま物を引き寄せたり、隙間に落ちた物を引っ張り出したりと、色々とできたからだ。

 改良版の『伸びる!ひっかけ君』も、順調に売上を延ばしている。


 それからは、わたしの『こんなの欲しい、あったら良いな』は、なぜか『子供の自由な発想』として、時々、新商品が作られていった。おかげで技術部のみんなとも、仲良しだ。


 まぁ、新商品開発と言っても、わたしが何か作る、なんてことは、ない。ただ、『こんな見た目が良い!』とか、『こんな事ができたら、絶対おもしろい!』って言うだけで、後は、みんなが考えて形にしてくれる。だから責任者とか、言われてもね……

 

 金属加工のアドルとキリアンも、ニヤニヤしている。どうやら父さまから、すでに話を聞いていたようだ。


「だって、あれはかっこ悪過ぎだもん」


 さっき見た馬車を思い出し、顔をしかめる。


「出たな、乙女の美意識!お嬢、顔が岩ガニになってるぞ」


 アドル、乙女に対して岩ガニって、ひどくない?


「見たことあるが、確かにあのトイレは不格好だな」


「キリアンも、やっぱりそう思う?かっこ悪いよね!だから、つい、うちで作れないかって、言ったんだけど。でも、父さまが作るつもりなら、わたしを責任者にしなくても良いのに……」


嬢ちゃんのお眼鏡(乙女の美意識)に叶わなかったら、乗りたくないって、騒ぐだろうが」


(うぇっ、違うって言えない……)


 ギレスに図星をさされ、何も言えなくなる。たしかに出来た物が可愛くなかったら、ごねる自信は、ある。それも、すごーく。えっ、だからなの?責任者って……


「でも今ある形とは、かなり違うものにしないと。他所の特許に引っかかると、かなり面倒だ。其れに出来れば、うちの持つ特許技術を多く取り入れた物にしたいが……」

 

 キリアンの言葉に、アドルがうなずく。


「特許って、そんなにややこしいの?」


「そりゃぁ、もう!侵害したら罰金物だし、相手が許可を出さないと、使えないし、使用料も馬鹿にならない。後は国が買い取った物もあるけど、あれも使う度に、金が取られる。あの『トイレの付いた馬車』も、メザール商会の特許商品だ」


 あれも特許だというアドルの説明に驚いたけど、『馬車にトイレがついているという発想自体が、新しいと認められた』と言われ、少し納得する。


(いろいろと、面倒くさいんだ……)


 思わず、ため息が出る。


「まぁ、きっと何とかなるわよ。だって、エミィ案件だもの」


 その時、くすくす笑いながら部屋に入ってきたのは、小柄で茶色の髪に茶色の瞳の、一見どこにでもいそうなおばあちゃん。わたしの物作りの師匠でもある、魔道具担当のセレスティンだ。

 師匠は平民だけど、その才能を王侯貴族に認められた、すごい魔道具士だ。どっかの王様が、お抱えにしたいというのを断ったという話を、母さまから聞いている。


「師匠!」


「また、面白いことを言い出したのね。でも、ついでだから、最近うっとおしいメザール商会に、一泡吹かせてやりましょう」

 

 そう、メザール商会は、なぜかうちのハウレット商会を目の敵にしていて、何かと絡んでくる、面倒な商会なのだ。


「それで、エミィ。正確には、なにを作って欲しいの?」


 師匠が言うと、難しい事も簡単に出来るような気がするから、不思議だ。


「わたしが欲しいのは、『どんな馬車にも()()()()()トイレ』と、衝立ぐらいの大きさの『()()()()()()()』なんだけど……」

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