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契約と採用、不採用 にぃ

今回はロビーと宿屋の女将さんの視点です

「そしたら、俺らは支店長だな!」


 少しの酒で顔を真っ赤にしながら浮かれているゴスに向けて、俺は笑みを浮かべた。幼なじみだが、愚鈍なこいつは俺がバカにしていることにさえ、気づいていない。


 ドゥニ子爵家(こいつのいえ)ギヨム男爵家(おれのいえ)は領地が隣同士で、俺たちは歳が同じってだけで、子供の頃から一緒にいることが多かったが、ゴスのことは『面倒を見なきゃいけない相手』としか思っていなかった。

 小さな領地しかないギヨム家(うち)は、何かとドゥニ家(こいつんち)の世話になることが多かったからだ。


 なのにこいつは俺を親友だ、一番の友だなんて、辺り構わず言うもんだから、困ったことに双方の親たちもそう思っている。

 今回だって、誘ってもいないのにノコノコついてきやがった。


 まぁ、いい。支店ぐらい、いずれ任せてやるさ。田舎町のしょぼい店でも、支店長にはかわりないだろうしな。それぐらいの地位が、こいつにはちょうど良い。

 たけど俺が狙ってるのは、もっと上。商会頭だ。


「それで、俺らは何をしたら支店長になれるんだ?」


「まずは番頭のライドとかいう男に会わないとな」


 本当は商会頭の女にじかに会いたかったが、どこに住んでいるのか色々聞いて回ったにもかかわらず、誰も教えようとしなかった。

 それどころか、俺のことを訝しげに見るやつまでいた。くそっ、腹の立つ。だから田舎者は嫌いなんだ。


 そもそもこんな辺ぴな町に来ようと思ったのは、遊び仲間の1人が、実家が聞いたことのない商会からの注文で、大量の材木を売ったという話を聞いたからだ。

 そいつから聞いた話や調べたことをつなぎ合わせて判ったのは、パシェット商会がつい先日設立されたということと、その会頭は平民の女だということだ。しかも、かなり若いらしい。

 そこで思いついたのが、今回の計画だった。


 なんせ田舎の弱小貴族な上に次男の俺は、継ぐものなんて何もない。だから金を持っていそうな女と結婚して、成り上がろうってわけだ。


 平民の女が、貴族の令息に想いを寄せられてみろ。舞い上がってそのまま婚約、結婚に進めるのは容易いはずだ。なんせ俺はコイツと違って、見た目もそれなりにイケてるからな。

 問題は、相手がどんな顔をしているのか、判らなかった事だ。この宿の女将は可愛らしいと言っていたが、たいして当てにならない。


 まぁ、金が手に入るなら、少しぐらいブサイクでも我慢してやるさ。結婚して商会頭の地位を譲らせたら、後は好きにできるからな。

 愛人を囲っても良いし、もちろん幼なじみのこいつには、望み通り支店長にしてやるさ。

 


 **



「女将、パシェット商会のエミリア嬢って知ってるか」


「えぇ、知ってますよ。可愛らしい方ですよね」


 客の質問に答えた途端、しまったと思った。相

手が目の色を変えて、矢継ぎ早に質問してきたからだ。 


「なぁ、どんな見た目だ?それと、どこに住んでる?すぐに会いたいんだが、どこに行ったら会える?」


 ギラギラした欲が透けて見えて、こいつは危ないと思った。

 

 エミリアお嬢さんがどこに住んでいるかなんて、この町の者なら、みんな知っている。あの小さなお嬢さんのおかげで町に活気が戻り、景気も良くなったのだから。

 うちの宿だって、ダンジョントイレ目当てのお

客で、満室の日が増えていた。 

 だから最初に聞かれた時も、てっきり相手もお嬢さんのことを知っていてるのだと思って答えてしまった。


(これ以上、答えちゃいけない)


 そう思ったあたしは、それ以上答えることは  

しないで、逆に質問してみた。

 

「お客さん。エミリアお嬢さんに会って、どうするんです?」

 

「えっ、いや、彼女のやっている新しい事業に、俺らも混ぜてもらいたいと思ってな。投資の話だよ」


 大の大人が小さな女の子のことを根掘り葉掘り聞いてくるなんて、怪しいとしか思えない。

    

「仕事の話なら、まずは番頭のライドさんに会って話をした方が良いですよ」


 そう言って、ライドさんが町に戻って来る時間を教えておく。これぐらいなら、問題ないはずだ。

 その後すぐに、受け付けの宿泊台帳を確認した。ゴーチェ・ドゥニとロベール・ギヨム。その2つの名前といくつかの言葉を小さな紙に書き留めると、それを息子にしかるべく場所に持っていくよう言った。


 ** 


(さて、どうしたもんかねぇ)


 食堂の中の男たちの様子を、台所からのぞいているちびっ子3人組の後ろ姿を見ながら、思案に 

くれる。先ほど噂の広まり具合を確認して宿屋に戻ってきた途端、


「おばさん。悪いけど、怪しい人たち見張りたいから、場所を貸して」


 そう言ってエミリアお嬢さんに頼まれたのだ。あの男たちもまさか、会いたいと思っている相手に自分たちが見張られてるとは、思いも寄らないだろう。


 まぁ、デカい声のおかげで、心配していた誘拐犯ではなさそうだと判ったのは朗報だ。それにしてもお貴族様かなんか知らないけど、あんな世間知らずの坊っちゃんに、このお嬢さんが支店なんて任すはずないのは確かだ。


 聞こえてきた話に呆れすぎて、ため息しか出ない。


(うちの10歳の息子の方が、よっぽど役に立つわ)


 実際、受け付けで宿帳を書いてもらったり、簡単な金銭のやりとりなどの手伝いなんかは、できている。だけどそれは、毎日親の仕事を見て育ってきた結果だ。   


 目の前の小さなお嬢さんが商会頭になれたのだって、同じだと、これまでしてくれたことから、想像する。

 もちろん貴族なら、平民なんかよりもずっと良い教育とやらを受けているんだろうけど、それと実際の仕事は全く別物だ。特に客商売は、頭を下げることを知らなければ、到底できない。


(あの男たちが、わたしら平民に頭を下げる事ができるとは、心底思えないね)


 だけど、どうやら何か企んでるらしいちびっ子3人組を見て、少しだけ男たちを不憫に思った。

なにせ自国と隣国の、両辺境伯に喧嘩を売ったも同然だからだ。


(さて、生きて帰れるかねぇ……)

お読みいただき、ありがとうございます。

次作の投稿は2月25日午前6時を予定しています。


評価及びブックマーク、ありがとうございます。

感謝しかありません。

また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。


誤字報告、ありがとうございます。

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