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契約と採用、不採用 いち

 事務所と求人について、まずは当人の意見を聞くべきだと祖父様に言われて、それもそうだと思い、現在、砦跡から戻ってきたライドさんに、いろいろと聞いている最中だ。もちろんアルノーさんも一緒。


「私の手伝いに関しては、心当たりがあるので、声をかけてみます」


 その相手が無理だった場合、あらためて求人をかけたいとライドさんが言うので、そっちはまかせることにした。

 次に、事務所として使う建物の場所や間取りに、何か希望がないか聞くと、


「できれば新たに雇う人の住まいも兼ねているものであればありがたい」


「ライドさんの部屋は、いらないの?」


「今の宿屋は安い上に、何かと融通が利くので」


 長期の割引がある上に、定期的に部屋の掃除やシーツの交換をしてくれ、おまけに朝晩のご飯までついているらしい。お金はかかるけど、全部しなくて良いのは、たしかに楽だわ。


「こちらからも、お聞きしたいことが。木工職人の求人ですが、砦跡の内装や工房を建てるために雇っている者の中から希望者を募り、足らずを辺境伯領(こちら)でしようと思っていますが、かまいませんか?」


 「いいけど、印刷の方は?」


「印刷機は最新型を入れるため、ある程度機械の扱いに長けた者でないといけません。辺境伯領(ここ)にその様な者がいれば良いのですが」


 一応こちらでも求人をかけるが、納得いく技術を持つ者が見つからない場合にそなえて、王都でも求人を出す予定だという。


 他にも色々確認されたあと、ワンコ兄弟との契約書に入れて欲しい条件をいくつか伝えたら、少し変な顔をされた。

 契約更新時の報酬が現物支給って、そんなに変かな?だけど相手はジルだし、喜ぶと思うんだけど。


 **


 事務所探しは、住居兼店舗用建物の空きがないか、まずは町長さんに尋ねることにした。アルノーさんが、町の空き家に関しては、町長が把握しているはずだって、教えてくれたからだ。


「それなら、2つほどありますが」


 地図と図面を広げながら町長さんが教えてくれたのは、市場の近くの元花屋さんだった2階建ての建物と、冒険者ギルドの近くにある食堂の2階から上部分。4階建てで、もともとは冒険者用の宿屋だったらしい。

 こちらは引き続き食堂の営業を認めるのが、借りるための条件だという。


 地図と図面を見る分では、花屋の建物は商会の事務所にするには少し狭いし、場所もちょっと不便に思えた。

 元宿屋の方は、直接2階に上がるための入り口と階段があるし、改装すれば事務所として使えそうだけど、部屋数が2階に7つ、3階に8つの合計15もあるから、あきらかに広すぎる。


(手伝いで雇うのは、せいぜい2、3人だろうから、2階の広めの部屋2つを改装して事務所に、2つを住居にしても、まだ10部屋以上あまってしまう……)


 なかなか上手くいかないものだと思いながら、町長さんにお礼を言って屋敷へと戻っていると、前方に土煙が見えた。


 どっどっどっどぉー!


 地響きをたてながら迫って来る土煙の中心には、見覚えのある金髪大男。


(げっ、ヤバ…)


 とっさに横を歩いていたアルノーさんを前に押し出し、急いですぐ横の塀に飛び移る。


 バッフォン!


「うぎゃぁあー!」


 勢いよくシモン伯父様に抱きつかれたアルノーさんの叫び声が、辺りに響いた。


 あー、危なかった。アルノーさんには悪いけど、あんなのに抱きつかれたら、乙女の華奢な骨なんて一発で砕けるわ。


「えっ、アルノー?エミィは?」


 キョロキョロと辺りをみまわすシモン伯父様に、塀の上からヒラヒラと手を振ってみせる。


「あっ、いつの間に?!」


 言いながら塀に登ろうとする伯父様を、アルノーさんが全力で止めにはいった。


「やめてください!シモン様が乗ったら、その重みで塀が壊れます!」


 シモン伯父様が、そんなことない、大丈夫だよと塀をコンコンと叩くけど、


「塀の巾、こんだけしかないよ」


 わたしが指で塀の厚さを教えて上げたら、ようやくあきらめてくれた。


 うん。どうやらここは安全地帯みたいだから、このまま屋敷に戻ることにしよう。


「エミィ、伯父様だよー。ほら、お菓子もあるよー」


 下から『逃げたネコを捕まえる方法』みたいな声がかけられるけど、知らないフリをする。そんなしょぼくれた顔しても、だめだからね。



 シモン伯父様は、どうやら約束していた木製遊具の監視員さん10人を連れてきてくれたようだ。

 明日の午前中に泊まっている宿屋に契約書を持っていくことになった。

 契約書はあらかじめ用意してあるから、後は読んでもらって、問題なかったら署名してもらえばいいだけだ。

 ただ、監視員さんたちの住むところを手配する必要があると伯父様が言うので、大きすぎると思っていた3階建ての元宿屋を、結局借りることにした。明日また、町長さんのとこに行かないと。



 ***



「なぁ、ロビー。ほんとに大丈夫なんだろうな。その何とか商会が、俺らを雇ってくれるって話」


 ポヨポヨと太った方が、不安そうに聞くと、


「パジェット商会だ。いいかげん、覚えろよ。何度も言ったが、平民が立ち上げたばかりの商会なんて、ろくなツテやコネなんて持ってないんだ。そんな所に、俺達みたいな貴族のご子息様が現れてみろよ」


 ロビーと呼ばれた中肉中背の男が、偉そうに語る。


「現れたら……どうなるんだよ?」


「あーっ、もう!少しは頭を使えよ、ゴズ。俺たちを雇えば、欲しくてたまらない貴族とのつながりが出来るだろうが!」


「だけど貴族なら、ここの領主だっているだろう?」


「それがいないんだよ。ここはロウゴット子爵領だが、その爵位は継ぐ者がいなくて、今は辺境伯預かりになってるのさ」


 ちゃんと調べたからと、ロビーが自慢げに言う。


「すぐに重要な地位に就けるだろう。もしかしたら、支店の1つも任されるようになるかもしれない」


「そしたら、俺らは支店長だな!」



 能天気に笑うゴスの頭に、ゴミバケツをかぶせてやりたくなる。もちろん、ロビーをそれで殴った後にだけど。



 伯父様が連れてきてくれた監視員さんたちを訪ねたら、同じ宿にパシェット商会の話をしている変な2人組がいると教えてもらったので、わたしとエドガー、マキシムの3人は、宿のおばさんにお願いして、その2人組の様子をうかがっているところ。


 成人したばかりに見えるその2人組は、まだお昼前だというのに宿の食堂でお酒をのみながら、大声で話をしていた。

 しかも話の内容があまりに『おバカさん』すぎるものだから、開いた口がなかなか閉まらなくて、思わずハエが入りそうになったわ。


 子供で商会頭をしてるわたしが言うのもなんだけど、どこの世界に入ったばっかりのペーペーを支店長にする商会があるのよ。それにパジェットじゃなくて、パシェットね!


「なあ、あいつら、ちょっと殴ってきて良いか?」


 エドガーが聞いてくるけど、わたしが先でしょ。だって実際にばかにされてるのは、わたしとわたしの商会なんだから。さて、どうしてやろうかな?

お読みいただき、ありがとうございます。

次作の投稿は2月19日午前6時を予定しています。


評価及びブックマーク、ありがとうございます。

感謝しかありません。

また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。


誤字報告、ありがとうございます。

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