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独立と契約とお手紙と

「あれ?でも特許2つなら、そんなに大変ではないよね?」


 母さまの言葉に感じた疑問が、そのまま口から出る。だってハウレット商会の文章管理部は優秀だし、カタログの準備はもう、終わっているはずだ。


「チッ」


 ん?舌打ち?ははん。さてはまだ、何かあるな。


「母さま。全部キチンと説明してください」


 ほれほれと、催促する。母さまは軽く肩をすくめると話しはじめた。


「じつは縫製部とデザイナーたちが、暴走したの。今回の特許に絡んだ商品のアイデアを山程出すだけでなく、その製造の許可を求めてきたのよ」


 しかも今抱えている仕事の半分を下請けに割り振ってでも、今すぐこれらを作りたいと、父さまに詰め寄ったらしい。


「そんなムチャな……」


「そうね。いくら商会(うち)の縫製部が優秀で、仕事が早いといっても限度があるし、それは下請けも一緒。納期の迫った仕事が大量に回ってきたら、人手を補うために不慣れな者を雇ったり、長時間働くことになるわ。そして、それは不満や事故につながりかねない」


「その為に急遽、縫い子と縫製機、そして場所の確保をすることになったの。新しい建物と揃えて、対処することにしたそうよ。ついでに服飾部門を独立させようってことになったのよ」


 2つの特許申請だけでなく、専用の建物の手配や、独立に際しての諸々の手続きに、今、文章管理部はてんてこ舞いらしい。


「なにより、文章管理部で一番仕事が早いライドさんは今、あなたの番頭になってるでしょ?」


(あ~っ、そうだった……)


 でも、今さら返してって言われてもやだからね。だって、これからどんどん、忙しくなるんだから。

 だけど、そろそろライドさんの仕事を手伝う人を雇った方が良いかも?事務所はライドさんが宿にしている家の一室借りてるけど、人が増えたら手狭になるだろうし。


 もちろん砦跡にはライドさん専用の、私室付き仕事部屋を作ってあるけど、今はまだ使えない。


 求人と事務所探しか。とりあえず祖父様に相談してみよ!

『地元の名士は使いよう』っていうものね!


 でもその前に、父さまにゴメンなさいの手紙を書がないと!



 ***



『父さま、ゴメンなさい。大好きです!』


 娘から送られてきた似顔絵つきの手紙を見ながら、苦笑する。

 黒く大きな犬を小脇に抱え、もう片方の手を挙げているその絵は、親の欲目もあるのだろうが上手く描けていると思う。それに、反省色はかなり薄めだが、愛情には溢れている……はずだ。

 絵の下には、今回のいきさつが箇条書きにしてある。


「エミィ。きみ相変わらず次々と問題を起こしてくれるね」


 実は服飾部門の独立は、少し前から決まっていた。『乙女の快速シリーズ』の売り上げが大きく伸びており、隠しポケットがついたワンピースも順調に販売数を増やしていたからだ。

 どちらも大人向け商品を販売したのをきっかけに、飛躍的に伸びていた。


 今では縫製の大半は下請けに任せているが、それでも試作や見本品は、縫製部で作られている。しかしその数や種類が格段に増えてきたおかげで、今の部屋では手狭となっていた。


 そこに、今回の騒動だ。

 とにかく、デザイナー達の意気込みが凄まじかった。しかもその商品は子供や女性だけでなく、赤ん坊から妊婦、男性用、高齢者用まで多種に渡り、その試作だけで、総稼働をかけても足りないのは明らかだ。


 そのため急遽独立を前倒しすることにしたのだ。


(それに、これをダメだなんて言えるはずがない)


 かたわらに置いてある、幾つかのデザイン画に目をやる。


 デザイナー達は、妊産婦用の下着のアイデアを前面に押し出してきたのだ。特にお腹がすっぽりと覆えるほど長い編み地がついた下着は、今の妻にはちょうど良いものになるはずだと言われては、拒否のしょうがない。


「もちろん、編み地の胴巻きは前からありました。でもそれは、紐で結んだ妊婦用の下着の上からお腹に被せる物で、これが意外と面倒なんです。でも、こちらは一体型です」


 ペラペラとその利点をのべる縫製主任は最後に、3人産んだ私が言うんだから間違いないと、胸を叩いた。

 同じ形の寝間着用ズボンなども、あるという。


「妊婦に冷えは大敵ですからね」


 その言葉に、王都よりもずっと北の地にいる妻のことを思った。もうすぐ春の1月となるが、朝晩はまだまだ冷えるし、あの地ではさらに寒いだろうと思うと、居ても立ってもいられなくなり、大至急、試作品を妻の元に届けるように言ってしまった。


 手紙の最後には、これからは当分本業である玩具だけを頑張ると書かれているが、それもまた、大騒ぎな結果となる予感しかしない。


『あの子は根っからの商売人だよ』


『ありゃとう、ございましゅ!」』


 まだ幼いエミィが店の前でお客にあいさつするのを見て、ハウレットの義父母が笑っていた日を思いだす。



 ただ、妻の伯父の言う、能力の発現に関しては、心配でしかない。だから。


(今から力を蓄えておかないと)


 妻と娘と新しい命を守るだけの、力がいる。それは金銭や人脈だけでなく、政治的な物も含まれる。もちろん義父や義兄たちも守ってくれるのは判ってる。だが、やはり己自身の手で守りたい。


(若さ故の無謀さから手放した物を、再び手に入れたいと願うとはね……)


 引き出しを開けて、中の封筒を取り出す。ひどく上質な紙のそれには、王家の紋章の封蝋が押されていた。

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