排水施設と思わぬ才能! にぃ
「いいのか?そんな簡単に決めて……」
浮かれ踊るわたしに、訝しげな顔をしたダミアンが聞いてくる。いや、ここは喜ぶトコじゃないの?
「いいに決まってるでしょ。それともうちの契約絵師になるのは嫌なの?」
高々とかかげていたスケッチブックをおろしながら、首をかしげる。えっ、もしかして絵を描く仕事がしたいのだと思ったのは、わたしの早とちり?!だったら、なんでスケッチブックを見せたの?しかも歓びの舞まで披露してしまったわ。
アルノーさん、うしろ向いていても、笑ってるのは丸わかりだからね!
「いや、絵を描いて金が稼げるとは正直、思ってなくて……それに、あまりにあっけないというか、簡単に決まりすぎるというか……」
なんだ。予想以上にうまく行きすぎて、不安になってただけか。まぁ、『旨い話は、3度疑え』っていうし、これまでフェンリルの兄と2人で暮らしてきたらしいから、色々あったんだろうと思いながら、ジルの方を見る。
「弟はここでの仕事がなくなる事を、心配しているのだ。我も弟には今後も安定した生活を送らせたいとは思うが、余計な気づかいは必要ない」
キリッとした顔で言うジルを見ているうちに、ハゲて、焦げて、耳から煙を出していた姿が重なり、思わず笑いそうになった。あの後、さらにハゲだらけになった毛も、今ではキレイにはえそろっていて、毛艶もいい。
だけど2人とも、なに勘違いしてるんだろ。フェンリルの夜警なんて、これ以上ない泥棒避けになるから絶対手放すはずないのに。ホント自己評価が低いよね、この兄弟。
「ちょうど、新しいカードゲーム用の絵を描いてくれる人を探してたの。だから同情でも、気づかいでもないの」
まぁ、こき使うかもしれないけど、文句は言わないでねと笑ってみせる。
カードの原画の描き方は特許に関わるから、詳しく教えるのは契約書を書いてからだけど、できるだけ色んな種類の魔獣を描いて欲しいのだと伝えて、3日後にまた砦跡に来る約束をした。
(ついでにジルの夜警の契約書も、作ってもらおう。まずは3年。その後は5年の自動延長かな。ふへへっ、このエミィさんからは逃げられないからね!)
**
ダミアンたちの新しい契約書を作るようお願いしようと思ってライドさんを探すと、まだ、さっき作ったため池用の穴の側で、ブツブツ言ってた。
まさか池が小さかった?ちょっと心配になりながら、声をかける。
「ライドさん、実は新しい…」
「商会頭、これをため池として使うには少々問題があります」
まさかのダメ出し。マジですか!
「まず、多様な生物が住みやすいように、大きさの違う石などが必要です。あと用水路の方には、底に敷石か砂利を敷かなければいけません」
「あっ、はい。スイマセン……」
(敷石を作るのは面倒だから、岩と砂利にしよう。地面の上の方にあったら出しやすいんだけどなぁ。さっき掘った土の中に無いかな……)
なんて思いながら、穴を掘った時に出た土を積み上げた所に行って、手をあてて魔力を流してみる。
(あっ、けっこうある。土がついたままだけど、いいよね)
見つけた物から、次々と手前に魔力を使って引き出すと、大きさごとに分けていく。
(細かいのは用水路で、大きめのは池用ね)
出てきた石を転がしながら運び、目当ての場所に入れていく。後ろでライドさんが何か言ってるけど、石の転がる音でよく聞こえない。
ゴロガラ、ザラゴロ「…ため、早急に敷石や砂利…」ジャラジャラ、ドンッ!「……い入れますから、その時もう一度、お手つだ…」ジャラジャラ、ゴロンッ!「…ただければと……」ジャラジャラ、ジャラゴン、ドデンッ!
「よし、終わった!それで、ナニ?」
聞きなおそうと振り向いたら、今度は7割増しに伸びたライドさんの顔を見ることができた。ついでに、またしても声を出さずに笑うアルノーさんも。
ちょっとアルノーさん、笑いすぎ。
***
思い出し笑いをしながら腹筋が痛いとなげくアルノーさんと屋敷に戻ると、母さまがすんごく怖い顔して待っていた。
「エミリア。ちょっと来なさい」
言うと同時に、わたしの耳をつまんで歩き出す。
「いでででで……母さま、乙女の耳は引っ張る物では……」
「つべこべ言わない!」
連れて行かれたのは、ここ最近わたしの仕事部屋として使っている図書室だった。ダミアンやエドガーが手伝いやすいよう、新型の送受信板が来た時に、祖父様がこの場所を提供してくれたのだ。
「これはどういうことか、説明してくれるかしら」
部屋の中には、たくさんの紙が散乱していた。原因は、次から次へと紙を吐き出している送受信版だ。
とりあえず何枚か、拾ってみる。縫製部のデザイナーたちからの、わたしの思いつきに対する褒め言葉と、布地と編み地を組み合わせたデザイン画、そして父さまからの恨みごとが書かれている。
『約束を破るなんて…ひどい!』に、『エミィのおかげで、父さまは過労で死にそうです』って書かれているけど、全く心当たりがないもんだから首をかしげていると、
「当分の間、新しい事業計画は立てないという、父さまとの約束はどうなったの?」
母さまの言葉に、かしげた首がさらに大きく傾く。新しいも何も、今回はブルッペを少し改造しただけだ。
確かに編み地と布地を縫い合わせて欲しいとは書いたけど、それがどうやったら新しい事業になるのか、判らない。どちらも、ずっと前からあるものだからだ。
そのことを伝えると、母さまは大きなため息をついた後、説明してくれた。
「確かにどちらも昔からあるけど、その2つを縫い合わせた物は無かったの。理由は、今ほど伸縮性の高い糸が作れなかったから。これは縫製部の子に聞いたんだけど、縫い合わせる糸自体に伸縮性がないと、キレイに仕上がらないそうよ」
そうなんだ。ただ縫い合わせればいいってわけにはいかないのか。
「靴下なんかに使う細い編糸を、縫い糸として使ったら上手くいったそうよ。もっともそのままだと縒りがどうとかで、少し加工したらしいけど」
そこでなぜか母さまが睨んでくるけど、わたしとしては、縫製部の優秀さに感心するしかない。さすがだね、みんな!
「あと、縫製機の存在も大きいわね。商品とするには、均一の間隔と力加減で縫い合わせる必要があるらしいから」
縫製機は15年ほど前に発明された物で、踏み板を踏んでベルトを回転させ、それを
動力源としている縫い物専用の機械だ。そのおかげで一部の高級品を除いた服の値段が、ぐっと下がったらしい。
縫製部にも最新機種が20台ほどある。
だからねと言う母さまの顔が、いっそう怖くなる。嫌な予感しかしない……
「これ、特許案件なんですって!しかも『編糸を縫い糸に加工する』と『編み地と布地を縫い合わせる』の、2つ分!」
(ウソん……)
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