トイレを作ろう いち
翌日、早朝からアルノーさんと一緒にダンジョンに入ったわたしは、首を傾げた。
「えっ、なんにも無い……」
昨日置いた木箱が3つとも、消えていたのだ。
「ダンジョンの原状回復能力です。ダンジョンは不思議なことに、元に戻るのです。例えばダンジョン内で魔獣を倒しても、時間が経つと、また現れるし、こうして抜いた草も、元の場所に生えている。砕いた岩も、元通り。そして余分な物は、消えて無くなる。もっと早く来ていたら、木箱がバラバラになって地面に吸収されるところも、見れましたよ」
アルノーさんの説明に、思わず足元の地面を見る。なんだかその場に立っているのが怖くなり、片足を上げ、更につま先立ちになる。
「どうしよう。わたしも、吸い込まれる?」
「生きて動いているものは、大丈夫ですよ」
その言葉に少しだけ安心して、足を下ろす。『だったら、死んでたら?』という質問は、やめておく。返事が怖い。代わりに、
「なら、冒険者さん達の荷物は?置いてる物が消えたら、みんな困るよね」
「ダンジョンにもよりますが、6時間は大丈夫だと言われています。まぁ、『持ち物は携帯を基本とし、移動前には必ず装備品チェック。睡眠休憩は4時間以内』というのを、ギルドは推奨していますが」
毎日8時間は寝ているわたしからすると、聞いただけで眠くなりそうだ。
「これのせいで、ダンジョンにトイレが作れないんです。何とかしようと、長年多くの学者が研究していますが、いまだに叶いません」
なんだろう。アルノーさんから、期待に満ち満ちた視線を感じると同時に、嫌な予感がする……
「でも、子供の自由な発想や視点で考えたら、何か思いつくかもしれませんから、良ければ、考えて欲しいかと。ハウレット商会の新商品『組み立て式トイレ』は、面白い物でしたから」
「ふげっ」
驚きと恥ずかしさで、両腕と片足を上げた、変なポーズで固まる。
(まさか、あれを考えたのが、わたしってバレてる?)
散々、時間と手間をかけたのに、残念な結果になった事を思い出し、顔が赤くなる。
(あれがバレてたとは……うぅ、恥ずかしぃ……)
片足のまま半回転し、赤くなった顔を隠すためにしゃがみ込む。落ち着くために、地面にプスプスと指を突き刺していく。
岩混じりで硬いが、指先に魔力を込めると、簡単に穴が空く。
プスプスプスプス……
リズミカルに空いていく穴を見ているうちに、ようやく少し落ち着いてきた。それに。
(ふへへっ、これ、ちょっと面白いかも……)
そのまま30個ほど穴を空けたころには、恥ずかしさはだいぶんと治まった。
◇*◇*◇*
「馬車の手配をしないと」
今から5か月ほど前。次の視察には、わたしが一緒に行くことが決まった時に父さまが言った言葉に、わたしはちょっと、がっかりした。てっきり商会の一番大きな馬車で行くと思っていたからだ。
(あれ、乗ってみたかったのに……)
「商会の馬車じゃ、駄目なの?」
「あれには、トイレが付いて無いからね。野宿のときに、困るんだ」
行程の都合上、どうしても2泊ほどは野宿になるから、トイレが無い馬車では無理だという。そのため『トイレの付いた馬車』の貸し出しをしているメザール商会に、父さまと一緒に見に行ったのだが……
「げへぇ、かっこ悪……」
父さまに口を塞がれたから、それ以上は喋れなかったが、ホントにかっこ悪いのだ。
なんせ馬車の後ろのド真ん中に、ドデン!とデッカイ長方形の箱がくっついていて、それがどこから見ても、小さめの『街中トイレ』が、馬車にベッタンと張り付いているようにしか、見えないからだ。
一応、重さ軽減の魔法陣が刻んであるから、バランスは悪くないはずと、父さまは言うけど、これは無いわ……
「……父さま、他の形は無いの?」
乙女としては、こんなかっこ悪い物には、絶対乗りたくない。
「あるにはあるけど、馬鹿みたいに高いんだよ」
父さまが言うには、馬車の内にトイレがついた物もあるらしい。しかし、それは完全オーダーメイド品の、とても高価な物で、王様や公爵・侯爵様が使っているという。
「偉い人達は護衛の関係もあって、簡単に馬車から降りられないからね」
確かに王様が馬車を停めて、街中トイレに入るのは、想像できない。
「まぁ、辺境伯様や、一部の羽振りのいい伯爵家も持っているらしいが」
そしてそれ以下の貴族は、長旅等で必要な時に、目の前にあるこの馬車を、買うか、借りるかするらしい。
それさえ無理な場合は、馬車宿場を利用するか、衝立を使い、『穴を掘って、埋める』しかないという。
(お貴族様も、『穴を掘って、埋める』んだろうか……)
ちなみにこの馬車、借りる場合は1日に付き5万デル、一週間(6日間)だと長期割引がついて25万デル。今回の視察は8週間を予定しているから、200万デルかかる計算だ。それでも買うよりは、ずっと安いらしい。
「買ったら、いくらなの?」
「870万デル」
「げへっ」
あまりの高さに開いた口は、両手を使って閉じた。
値段を聞いたから、では無いけど、一応、中のつくりを見せてもらう事に。扉を開くと、扉の内側には梯子のようなものがはめ込まれていて、それを外して床部分に固定し、階段代わりに使う仕組みだ。でも足を乗せる部分がすごく細いから、上がりにくい。そして、中は普通にトイレだった。
(やっぱ『街中トイレ』が、くっついてるだけー!)
とりあえず、こんなかっこ悪い馬車には乗りたく無い。かといって『穴を掘って、埋める』のは嫌だし、そんなことを母さまにさせるのは、もっと嫌だと思ったので、
「とう様、商会でもっと良い物、作れないの?」
思わず、言ってしまったのだ。
暦と単位について
私の書く異世界の暦は、基本的に全てがこの設定になっています。
春の一月~三月(いちつき、につき、さんつきと読みます)
夏の一月~三月
秋の一月~三月
冬の一月~三月 の十二か月
新年は春の一月一日
新学期は秋の一月一日開始
一ヶ月は全て30日で一週は6日 五週で一ヶ月
風の日、火の日、水の日、木の日、鉄の日 土の日で、一週間
土の日は安息日で休み
お金の単位 デル 1デル=1円程度
距離の単位 ミィルト、フィルト 100ミィルト=1フィルト=1メートル程度