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ある少年の話 3

 グァラン、ガラン、グァラン!


 冬の1月(いちつき)に入ってすぐの日の夕方。出稼ぎに行っていた父さん達が帰って来るのとほぼ同時に、村の入り口につけてある鐘が、けたたましい音をたてた。緊急事態の合図だ。


「すぐに避難しろ。ホーンウルフの群れが出た!20頭以上はいるぞ!」


 普段この辺りを見回ってくれている騎士様達が、大声で叫ぶ。


「まだ外側の魔獣避け辺りで様子を伺っているが、奴ら夜行性だから、日が暮れたら一気に来るぞ!」


 ホーンウルフの群れ!それも20頭!聞いただけで、怖さのあまり身体がすくんで動けなくなったけど、その時、父さんが俺の背中をパシンと叩いた。


「直ぐに火を消せ!寄り合い所に行くぞ!」


 扉の横に立ててある槍を手にした父さんに言われて、あそこなら安全だと思い出す。そうだ、俺がしっかりしないと。

 急いで上着を着ると、母さんと手分けして火や灯りを消していく。


「大丈夫。こんな時の為に、ちゃんと訓練してきたんだ」


 心配そうな母さんに言うと、父さんは薄暗くなった村の中を俺たちをかばうようにして、寄り合い所へと向かった。


 ウォオ――ン……


 冷たい風の中、遠吠えが聞こえてくる。俺は繋いでいた(マリ)の手をさらに強く握って、走った。


「コッコ、大丈夫かなぁ」


 マリは走りながらも、家に置いてきた雌鶏のことを気にしてたけど、そんなもんに構って逃げ遅れたら、元も子もない。

 だけど、よけいな事を言って不安にさせてもしょうがない。だから。


「大丈夫だよ、きっと」


 そう答えた。



 どの家も同じように避難していて、おじさんたちは皆、緊張した顔で槍を持っていた。寄り合い所の前では村長が、早く早くと手招きしていて、みなが次々と入っていく。

 俺たちも中に入った。あとは扉さえ閉めれば、大丈夫だと思うとホッとする。だけど。



「悪いが、誰か町の兵士詰め所に援軍の要請を頼む。俺はこの場にとどまらないといけないから」


 騎士様の言葉に、ロイが手を上げた。自衛団の最年少だ。


「俺が行ってくる。ミミは俺になついてるし、最近はずっと御者をしてたから、大丈夫だ」


 出稼ぎの時、空になった荷馬車を村に戻したり、迎えに行くときの御者は、もっぱらロイが引き受けていた。


「よし、頼んだ。ただし魔獣除けのランタンを灯すのを、忘れるな」


「判った!」


 そう言って走り出す背中に、ロイんちのおばさんがか声を掛ける。


「気をつけるんだよ!」


 その声に、ロイは振り向かずに手だけを振ると、まだミミを繋いだままの荷馬車に向かった。

 俺も何か言いたかったけど、何を言ったら良いのか判らなかったから、無事でいてくれと心の中で祈ることにした。



 全員が寄り合い所に入ったのを確認した父さんやおじさんたちは、「俺たちも騎士様の手伝いをするぞ」と言って、外に出て行った。

 これには驚いた。てっきり父さんたちも、一緒にいると思っていたからだ。とたんに不安が大きくなる。

 だけど、マリが泣きそうな顔で腕にしがみついてきたから、きっと大丈夫だと、そう言うしかなかった。


 村長さんが扉を閉めると、鎧戸が閉められた寄り合い所の中は、一気に暗くなった。カチッという音と、何かがこすれるような音がする。 


「鍵と閂も閉めたので、もう大丈夫ですよ」 


 ジャックさんの奥さんの声に、あちこちで大きく息をはくのが聞こえた。



 ロイや父さんたちが、心配で仕方がない。ドキドキしているのに、身体はどんどん冷えていく。

 暗い寄り合い所の中で、俺はがたがたと震えていた。

 その時、ふと周りが明るくなる。見ると、村長の奥さんが魔灯ランタンを幾つか、寄り合い所の天井近くのフックに引っ掛けていた。その明るさに、少しだけホッとする。


「大丈夫だ!兄ちゃんは絶対騎士様や兵士さんを連れてくるから!」


 ロイの弟のヒューイが、声を張り上げた。


「だって、ミミの世話もすごく頑張ってたし、御者の仕事だって、毎日してたもん!」


「そうだ!うちの父ちゃんだって、訓練のない日だって槍の練習をしてたから、絶対大丈夫だ!まぁ、最初はパンが欲しくて行ってたけど……」


 隣ん()のマチュも言う。すると次々に声があがりだした。


「うちの旦那なんか、毎日練習していたんだから、絶対大丈夫さ」


「うちの旦那だって」


 つられるように、俺も言う。


「俺の父さんだって、手の豆がつぶれるぐらい練習してたし!」


 そうさ、父さんたちはみんな頑張ってたし、ジャックさんは身を守るための方法を、しっかり教えてくれているはずだ。


 それでも、時々外から聞こえてくる音や、声に怯えるのは止められない。みんな手をつないだり、抱き合ったりしながら、大丈夫、大丈夫と呪文のように唱えていた。


 どれぐらい時間がたっただろう。


 ゴン、ゴゴン、ゴン、ゴゴン 外から扉がたたかれた。


 合図だ!


 急いで村長さんの奥さんが閂と鍵を開け、扉を開く。


「もう大丈夫だ。全部退治したぞ!」


 騎士様の声がする。


「全員無事だ!」


 これはジャックさんの声だ。


「ウワーーッ!!」

「やったー!」

「良かった、ホントに良かった……」


 寄り合い所の中は、歓声でいっぱいになった。


 俺はほっとしすぎて、腰が抜けたようになったけど、何とか立ち上がって外に出る。そこでは父さんたちが、互いの肩や背中をたたき合いながら、笑っていた。

 腕や頭から血を流したりしている人もいるけど、みんな元気そうだし、何より村や家族を守り切った『男の顔』をしていた。


 それは凄くかっこよくって、俺も父さんたちみたいになりたいと、こんな風に頼れる男になりたいと思った。

 パンなんかもらえなくって良い。明日から俺も訓練に参加するぞ!

お読みいただき、ありがとうございます。

次作の投稿は 11月20日午前6時を予定しています。


評価及びブックマーク、ありがとうございます。

感謝しかありません。

また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。


誤字報告、ありがとうございます。

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