木製遊具だ! にぃ
『ユラリンコ』は、『滑り板』の見張り台部分の横に、取り付けられていた。
「これは専用に支柱を組んでもいいんですが、この様に、いろんな所に付けれるという事を知って欲しくて、今回はこの形にしたんですよ」
施工士さんが言いながら、見張り台から垂れ下がった二本のロープを揺らす。その下には板が取り付けられている。
今回もエドガーが真っ先に向かおうとしたけど、少し前から側に来ていたウォルドが、その行く手をさえぎった。そのすきにマキシムが、施工士さんと交代してロープをにぎる。
「今度は、僕がやって見せるね。あっ、でも少し離れておいた方が良いかも」
施工士さんからも近いと危ないと言われたから、ウォルドを呼んで、一緒に3歩ほど下がる。マキシムは板に座って両側のロープを握ると、後ろに下がっていく。つま先立ちになるまで下がると、足を浮かせた。
ヒュン、ユィーン、ヒュン、ユィーン……
マキシムを乗せたユラリンコは、前から後ろ、後ろから前へとゆれていて、少しずつ、その幅を大きくしていく。
(なるほど。前に出る時は足を前に伸ばして、後ろに下がる時は曲げたら、大きく振れるんだ)
「へー、面白そう!」
「楽しいよ。すぐ止めるから、ちょっと待ってね」
マキシムが足を地面に擦りつけて動きを止めると、交代するために立ち上がって手招きしたので、行こうとしたら、
「立って乗っても、面白いんだぜ!」
マキシムがロープを離したすきに、いつの間にか大回りしてユラリンコに近づいていたエドガーが、またしてもわり込んできた。
両手でロープを握り、後ろに下がっていく。そして片足を板に乗せると、残った足を浮かせて前に出ると同時に、板の上に立った。
今度も後ろに下がる時に膝を曲げ、前に出る時に足を伸ばすと、揺れが大きくなっていく。
「スゴイだろ!」
はいはい、すごいすごい。でも、どうやって降りるんだろうと思っていたら、ひときわ大きく前に出た途端、エドガーがロープから手を離して、飛び降りた!
しかも一回転して、着地してみせたのだ。
「なぁ見た?見た?」
「見た見た。すごいすごい」
すっごく得意げなエドガーに頷きながら、ユラリンコに座る。うっかりしたら、「もう一回、見せてやる」なんて言いだしそうだもん、こいつ。
ロープを握り、後ろいっぱいいっぱいに下がる。そして勢いよく足を前に出した。
ヒュン
そして、下がる時は曲げる。
ユィーン
それを繰り返すと、だんだん動きが大きくなって速さも増していく。
ヒュン、ユィーン、ヒュン、ユィーン……
「ふへへっ、楽しいー」
楽しくて、思わず笑い声が出る。こんな楽しい物を辺境伯家の人たちは、どうして広めなかったのかなぁ。しかも合同訓練の間だけしか使えないなんて、運動小僧たちから文句が嵐のように来そうなのに。
今度は立って乗ろうか、それともウォルドと一緒に乗ろうかなんて考えながら、靴のカカトをずりずりと地面にこすりつけて止める。立ち上がろうとした途端、エドガーがロープの片方を引っ張ってきた。
板が傾いてずり落ち、このままだと尻もちを……つくわけないわ。乙女の踏ん張りをなめるな!
「次は、もっとすごいのを見せてやるよ」
エドガーが引っ張りながら言うけど、あんた、私の部下だって事、忘れてない?それに3人で交代で乗るなら、次はマキシムの番だ。
「いらない。だから離して」
もう片方のロープを引っ張り、にらみ合う。そこへ。
「あっ、できたのね、滑り板とユラリンコ!」
母さまが大きくなってきたお腹を片手で支えるようにしながら、庭に出てきた。
「子どものころ、これだけ欲しいってお父様に頼んだのだけど、『棒登り』と『梯子渡り』が一緒だったら良いって言われて諦めたのよねー」
あの2つ、大嫌いだったから、なんて言いながら、ユラリンコに座る。こうなると、わたしもエドガーも、手を離すしかない。
ユウラン、ユウラン……
母さまは軽く揺らしているだけだけど、楽しそうだ。
でも、なんでこんな楽しいものが合同訓練の間だけなのか、判ったわ。おじさん達にとって、これってあくまでも訓練器具の扱いなのよね。だからその子が苦手な訓練器具と一緒ならって条件が、付くわけだ。
***
予定地に出向いて、設計士さんが少しだけ図面を修正すると、それに必要な木材を資材係さんが注文する。それ以外にも、ディディエさんが注文した摩耗防止液を浸透させたロープや、腐食防止の塗料の数を調べ、足りない分の注文もする。
資材がそろった頃、大工さんが15人到着した。連絡のしやすさを考えて、街の宿じゃなく、隣の駐屯所の空き部屋に滞在している。
建設が始まれば、地元の人も日雇いで雇ってくれるということなので、各村に求人の書類を送る事にした。
一応現場の責任者の施工士さんと相談して、1日の必要人数から村の人口を考えて、求人の人数を決めてある。
給金は日払いだから、交代で来ても良いし、来たい人だけでもいい。ラバの荷馬車を使えば、村から町に通うのも、問題ないはず。
あっ、お昼ごはんは、ちゃんと用意するからね。3軒の食堂と契約して、順番に具がたっぷり入ったスープとパンを持ってきてもらうことになっている。こちらも砦跡と一緒で、配給以上の量が食べたかったら、お金を払って買うことができる。
お腹のすき具合とか食べれる量って、ホント、人それぞれだもの。
そうして始まった木製遊具の建設は、意外な効果が出ていた。
日雇いのお金を受け取った人たちが、市場などで買い物をして帰るようになったのだ。特に肉や卵がよく売れているらしいけど、一番人気なのはお菓子なんだって。オングル村の揚げ芋も人気だ。
それって、子供や奥さんへのお土産だよね、きっと。『お菓子を手に帰ってきたお父さんを笑顔で迎える奥さんと子供たち』の姿を勝手に想像して、ほっこりした気持ちになる。
まぁこれは、夢見る乙女の妄想だから、現実はどうかは知らないし、知りたくもない。
中には酒場に行く人もいるみたいだけど、荷馬車に乗りそこなったら歩いて帰ることになるから、1、2杯飲んだら、急いで荷馬車に向かうらしい。
幌付きの荷馬車は、朝晩の送り迎え以外にも大活躍で、昼間は奥さんたちが市場に野菜を卸しにきたついでに、買い物をして帰っていく。
ラバ達は大事にされているみたいで、みんな飾りをつけられているし、毛もピカピカだ。
薬師による薬草講習会も盛況だし、自衛団の練習も、参加者が増えているって聞いている。
(領の問題改善は、完璧にできたんじゃない?)
そんな風に思っていたら、事件が起きた。




