ダンジョントイレ、再び! いち
マルク翁とマキシムが隣国に戻ったから、ちょっと淋しい今日このごろ。だけど、お仕事は待ってくれない、無くならない。
砦跡の改装や工房の建設は、番頭のライドさんに丸投げしてるけど、『ダンジョン冒険ツアー』はそうはいかない。だってこれはわたしと祖父さまとエドガーの3人で計画したものだから、パシェット商会ではなく、領主代行の仕事に含まれる。
もちろん横に作る『楽しい訓練道具』や、受け付けと売店を備えた『遊技場』もだ。
これらは将来的には全部クロード伯父様に丸投げする。だって、わたしは『代行の代行』だからね。ギルド長のモリスさんと力を合わせて、頑張ってもらおう。
そしてわたしは記念メダルや、遊技場で使うエカルタとバトルカード、オセローを売店で売って儲けるのよ!
そんな『ダンジョン冒険ツアー』を快適な物にするために必要なのが、休憩場所を兼ねたトイレ。なんせ貴族や裕福な平民の子供たちが、対象だからね。
衝立に隠れて『穴掘って埋める』は、絶対にさせられないし、わたしだって、イヤだ。
しかも、これはキリアン達が取った誘導金型の特許や、オベールさんの転移の魔法陣を全部使った、ダンジョントイレの完成品でもあるから、気合いを入れて作らないと!
トイレの設置場所は、最初は3階層にしようと思っていたけど、冒険者のお姉さん達の意見を聞いたりした結果、4階層に作ることが決まった。
「1、2階層って、ほとんど何もなくて、初心者でも素通りするから、何かするなら3、4、5階層で考えた方がいいわよ」
「魔獣も、ほとんど出ないし」
冒険者の多くは、初日にまず5階層まで駆け下りて、いったん地上へ戻ったあと、転移ポイントを使って5階層から下に向かうらしい。
だから2〜5階層にいるのは、超初心者冒険者と、雑魚魔獣しかいないんだって。
クフフッ、なんて好都合!
こっそり、ひっそり作業を進めるのに、ピッタリよ!
でも今は1階層はトイレツアーで人が多いから、転移ポイントを使って5階層まで降りて、4階層に戻り作業した方が良さそうだ。
転移の魔法陣を使った『水』と『ペラの葉』と『カップスの実』の販売は、ハウレット商会の専売特許の申請が通り、先日買ったトイレ部門のある建物の一部が、臨時保管庫に決まった。
今は送受信版の為に紙だけが置かれているけど、こちらの完成に合わせて、水とペラの葉、カップスの実を置いてくれるという。
将来的には専用保管庫を買うか、建てるかする予定だから、あくまでも一時的だって、父さまが言ってた。
ふひょほほほ。国よ、同じ物を作ろうとして、その特許料と設備使用料の高さにおののけ!そして全てをうちに委託するのだ!
うにうにと拡張工事をしている所に、キリアン と アドルが誘導金型を持って来たので、ついでに扉作りを手伝ってもらうことにする。
8階層に行って、笑うほど軽い岩を取ってきてもらうのだ。
「だって発案者でないと、どの位の大きさがいるか、判らないもの。だからキリアンと2人で岩を採って来てもらおうと思って」
すんごくイヤそうな顔をされたけど、作った当人が、一番うまく選べるに決まってるってことで、ガンバレ!
いるのは4つだから大丈夫、すぐ終わるよ!
ちゃんと安全の為にアルノーさんについて行ってもらうから。いや、大事な従業員に怪我とかさせないからね!
カップスの実の販売を考えると、トイレは男女別々にした方が良いと思ったんだけど、そこで問題発生した。入口に男用、女用と文字を彫り込むだけじゃあ、ダメだと祖父さまに言われたのだ。
「確かに、冒険者全員が字を読めるとは限らないよね。外国からも来てるみたいだし」
「なら、絵を描けば?例えば鎧を着た男と、ドレスを着た女とか」
(エドガー、あんた思いっ切り、こっちを向いて言うってことは、わたしが描くって決めつけてるわね)
「えっ、めんどくさい……でも、絵を描くってのは良いかも。あまり複雑じゃなくて、だけど誰でもわかるような」
言いながらスケッチ用紙に3人で案を出し合うけど、良いものが浮かばない。
これはもう、絵が描ける人に相談するしかないと思って、テリエ文具店のテリエさんに手紙を書いた。
そしたら、スゴいのが来た!
丸と三角と直線を組み合わせだけなの簡単な図形なのに、だれが見ても、ちゃんと男女が判るのよ。
なにコレ、スゴイ!テリエさん、天才!
こんな簡単な図形で、こんなことが出来るなんて!こんな発想、他の人が真似する前に、確保だー!
急いでハウレット商会のデザイン部門に、連絡を入れた。カタログの仕事が終わったばかりで悪いけど、これは凄い事だし、できるだけ早く形にした方が良いと思ったから。
テリエさんのデザインを見た後のデザイン部門の動きはびっくりするくらい、早かった。
すぐに共同で多量の図形を描いて、『絵記号』という名で、共同名義で商標申請と特許申請をしたと連絡が来た。3日後に。
共同名義になったのは、「僕だけで考えたわけじゃ、ないから」とテリエさんが言って、そうしてほしいと頼んだからだって。
確かにデザイン部門のみんなも一緒にデザインしたけど、最初に思いついたのはテリエさんだから、もっと威張って良いと思うのに。謙虚だなぁ。
さて、その間も仕事はしてた。連絡取るのは、夕方だしね。昼間は仕事よ。
ほんと、ガンバったよね、わたし……毎日、うにんうにんと岩壁を変形させ、トイレ4つと手洗い場2つと、休憩場所を造ったんだから……
***
テリエさんから絵が届いた日の夜。久しぶりにトモヨさんが夢に現れた。赤い布が敷かれた台に座って、テリエさんの絵を見ていると、トモヨさんが覗き込んできた。
「あら、ピクトグラムね」
「ぴ?」
「こういう案内図記号の事を、私の国ではそう呼んでたの」
絵を指でなぞりながら、
「懐かしいなぁ。私の国で運動競技の大会開かれたんだけど、その時に使われたのをきっかけに、広まったのよ」
あっちは生まれる前だから、さすがに知らないなぁと言いながら、歌い出した。トモヨさんは、時々こうして突然歌い出す。今回の歌は、きれいな街を作ろうって歌のようだ。やっぱり元の歌が判らないから、今回も上手かどうか判らない。
「絵記号は、字が読めない小さな子供や外国の人でも、判るようにって配慮から生まれたの」
丸い木のトレーを運びながら言う。お茶とパンケーキみたいなものが乗っている。
「どら焼きっていうの。中にはあんこが入っているわ」
トモヨさんが一つ手に取ってパクンとかじったのを見て、わたしも真似して食べてみる。
「あっ美味しい!あんこって豆を甘く煮たものでしょ。パンケーキにも合うんだ」
それに少し渋いお茶にも、よく合う。
(稲荷社神国にも、こんな絵があるんだ。急いで正解だったかも。だけど不思議な国だな。父さまが言ってたけど、文字は縦書きで、すごくウニウニしていて難しい形の物が沢山あるし、着るものも食べるものも、他の国とはかなり違うって。隣の大陸だけど、いつか行ってみたいな)
なんて考えながら食べていたからか、どら焼きは、あっという間に無くなった。
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次作の投稿は10月2日午前6時を予定しています。
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