準備は念入りに ―マキシムの思惑― にぃ
先ずはエミィに信用されて、彼女にとって無くてはならない存在にならないとね。だから仕事で、それを見せることにした。
「エドガー、明日のお披露目会でエミィに頼まれている仕事、僕が代わっても良いよ」
寄合所のお披露目会、前日。エドガーは僕の提案に、すぐに飛びついてきた。
「ホントに?!助かる。じつは村の奴らと色々と約束していたから、どうしようかと思ってたんだ!」
「でも、ちゃんとエミィには伝えておいてね」
「判ってるって!」
威勢の良い返事を返して来たけど、多分エドガーのことだから、伝えるのを忘れる可能性が高い。でも、それも想定内というか、逆に僕の株が上がるだけだから、問題ない。
そして、結果は思った通りになった。エミィの『無言の感謝の微笑み』は、僕だけに向けられたからね。
村の女の子達のおかげで少しばかり騒ぎになった時も、ちゃんとエミィを補佐することが出来たと思うし、良い感じだ。
まぁ何にせよ、この大陸においては従兄妹同士の結婚は認められていないし、エドガーが僕のライバルになることは無いと思うけど、用心はしておかないとね。
でも問題なのは、これからだ。
ベルクール領までの往復は、向こうですることを色々と考えると、3週間はかかる。その間会えないのはさみしいし、心配なので、そこはウォルドに頼んでおくことにした。
エミィが可愛がっているウォルドだけど、彼とはすでに『揚げいも』を通じて、友好な関係をきずいてある。
これはウォルドがエミィからもらった揚げ芋を、あまりにもウットリとした顔で食べているのを見たときに、思いついた。
だけどすぐに渡すと、ありがたみがない。そう思って、3日後にこっそりと持っていく。
「きみ、これ好きでしょう?」
警戒して唸り声を上げるウォルドに、揚げ芋の袋を振りなら近づく。
犬と仲良くなる方法はあまり知らないけど、下に見られたらダメだというのは判っているから、絶対に怯えた顔は見せない。
そしてウォルドの前にしゃがむと、手のひらに揚げ芋をいくつか乗せて差し出した。
ウォルドはフンフンとにおいを嗅ぎながら、僕を見つめていたけど、やがてパクりと食べた。
(やった!)
それからは週に1、2度、渡していた。今では揚げ芋が無くても、撫でたりできるようになっている。
「ねぇ、ウォルド。僕が留守の間、エミィに変な奴らがよって来ないよう、守ってね」
黒いツヤツヤした毛をなでながら言うと、こちらが言ってることが判るのかウォルドは大きく一つ吠えると、上着のポケットを叩いた。
(チェッ、揚げ芋を持ってるの、バレてた…)
***
馬車に揺られること5日。ベルクール辺境伯の領都はそれ自体が要塞のようになってる上に、領主屋敷も他所からの侵入を妨ぐために、複数の門がある。
それを全部ぬけて、やっと着いた屋敷では、興味深気な視線を向けてくる親戚や、その娘たちに囲まれかけた。お祖父様が一緒にいてくれたおかげで、大した騒ぎにはならずに済んだけど。
そのまま父に挨拶に向かうと、そこには頭を抱えた父エリックの姿があった。
「父上、説明して貰えますよね?」
少し顔を上げて祖父を見る父の目の下には、クマができていた。
「パシェットを使った事についてか?それともマキシムの婚約についてか?」
「どちらも、です」
「では、コリンヌとパトリスも呼んでくれ。それからだ」
「妻もですか?」
「そうだ」
「……判りました」
侍従に声がかけられ、母と兄が呼ばれる。2歳上の兄パトリスにはすでに婚約者がいるため、関係ないと思っていたけど、そういうわけにはいかないらしい。すぐに人払いがされて、家族だけになった。
「良い機会だから『特殊魔法の使い手』について、話をしようと思ってな」
祖父が言いながら目配せすると、父が鍵の架かった引き出しから一冊の本を取り出し、祖父に手渡す。
「これは代々の当主が、特殊魔法の使い手について書き記して来た物だ」
装飾のある厚みのある本を手に、祖父が説明を始めた。
「そもそも、ベルクール家の血筋に『特殊魔法の使い手』が現れる理由は、解明されておらん。過去、その力を欲した王家が我が家と婚姻関係を結んだこともあったが、ついぞ、現れた例がないしな」
お祖父様が、意地の悪い笑みを浮かべる。
「さて、この力に関しては、『術の内部にいる者は、当人の意思にかかわらず、真実を口にしてしまう』という物だと伝わっており、それはレベル1から5まであるとされている」
それはちょっとした本音から、当人も意識していない深層心理までだという祖父の説明に、僕を含め、その場にいた全員の顔色が変わった。
伝わっている『その場にいる者は、本音を口にしてしまう』とは、桁違いの力だからだ。
「腹の探り合いばかりの中央の連中は、欲しくてたまらん力だろう。たやすく相手の本音が聞けるのだからな」
お父様もうなずいてるけど、その顔色は悪い。
「さて、発現する者の条件だが、髪や瞳の色などではない。もっとも、近年能力を発現したのがエマーリア叔母上と、その娘であるエルヴィーラだったことから、そのように思い込む者達が出て来ただけだ」
お祖父様の叔母・エマーリア様は朱の筋が入った金髪に緑の瞳をしていたらしい。その娘であるエルヴィーラ様は、エミィと同じ淡い金髪に金と緑のオッドアイだ。
「では、いったいどの様な条件が必要なのでしょうか?」
兄の質問に、祖父はうなずくと、説明を続けた。
「記録によれば、男女の差でいうと、2対8で女性が多い。その理由もまた、判っていない。判っているのは膨大な魔力を有する事。そして土魔法が得意で、なおかつ風魔法もかなりの強さで使えるという事だ」
エドガーも僕も風魔法は得意だけど、土はそれほどでもない。
一方、エミィは土魔法が得意だ。風魔法が使えるかは判らないけど、魔力がすごく多いのも確かだ。
(あぁ、やはりお祖父様は危惧されていた……)
「実は先日会ったガストンの孫娘が、その条件に当てはまるのだ」
「もしかして、マキシムが婚約したいって言ってるのがその子なの?」
お母様が驚いて声を上げる。いつの間にか、みんなの視線は僕に集まっていた。
「そうだ。もしこのことが王家に知れれば、またしても、しゃしゃり出てきかねん」
前回、前々回共に、その力を欲した王家が色々として来たらしい。
「困ったことに、あの子の身分は平民でな。そうなると拉致や監禁など、強引な方法に出るやも知れん。だからこそ早々に囲い込む必要が、ある」
言いながら、お祖父様が僕を見る。
「さいわい、マキシムがあの子との婚約を願っている。偶然とはいえ、これはエミィにとっても都合がいい」
その言葉に、カチンと来た。
「僕は都合がいいから、婚約したいのではありません。そこの所は、はっきりしておいて下さい」
「判っている」
今回の事が判る前に、婚約したいと願う手紙を書いたんだから。
「なら、良いです。僕の想いが家の都合だなんてエミィに思われるのは、絶対にいやなので」




