森の少年 〜新たな生活 2 〜 +おまけ
兄者が脅かした中の1人が、梯子から落ちて脚を捻ったのだ。
けが人が馬車で運ばれるのをのぞき見ながら、怪我をさせる気は無かったのにと凹む兄者の背を、撫でる。
それは、そうだろう。見た目や力の強さからは想像できない程、兄者は優しいのだから。だけど俺には、これで諦めるのでは?という期待があった。
そして一番最初に来た連中が、再度やって来た。
(コイツラを追い返せば、きっと……)
そう思った俺は、急いで準備に取りかかった。そして……その後の事は、思い出したくもない。次々に作動する罠に逃げまどい、ヌメヌメのベトベトにされたあげくに、捕まって……
**
でもまぁ、結果としては、良かったのだと思ってる。堂々と砦跡に住むことが出来る上に、兄者と一緒に雇ってもらえたのだから。
最初の仕事が、自分たちとその周りのヌメヌメ、ヌルヌルをきれいにすることだったのは、ささいな事だ。
その後の、あの粘着ひも剥がしに比べたら!
引っ張るたびに悲鳴をあげる兄者に、貰ったハサミを手にした俺は、覚悟を決めるよう、言う。
そして、紐と毛の間にハサミを入れると、出来るだけ毛が残るよう、少しずつ切っていく。
かなりの時間をかけた結果、ひもは全部外れ、
6つのハゲと、それを嘆く兄者が出来上がった…
翌日には契約書に署名して、なぜか食料を貰い、翌々日には作業の責任者との面接を受けることになった。この時は、さすがに緊張した。
「本物のフェンリル……に、間違いなさそうですね」
責任者はライドという名で、深く刻まれた眉間のシワが印象的だ。いたるところにハゲがある兄者を見ても笑わないし、きっと、真面目な苦労人なんだろう。
「なぁ、ホントに雇ってもらえるのか?」
契約書は交わしたといっても、その相手はまだ小さい女の子だ。大人も立ち会ってたけど、不安だった。
「あぁ。会頭自らが、決めたことだしな。ところで給与は2人一緒と別々の、どちらが良い?」
「一緒で」
ホッとする俺の横で、兄者が答える。
「判った。とりあえず、どれだけ仕事ができるか判らないから、作業員1人分を2人に払おう。もちろん夜間の留守番役として、更に1人分を加算する。給与は、毎週末に支払われる」
文句ないだろうという視線を向けられ、俺と兄者が頷く。
「それと留守番役の手当として、丸パンを各自3個支給するから、昼食と一緒に受け取るように」
作業員2人分の給与に、昼飯と夜用のパン。俺は初めて安定した生活というものが、見えた気がした。
家賃を聞いたら、まだ部屋さえ出来ていないから、いらんと言われた。ありがたい。
**
仕事場が再開された朝。俺達は、まず謝ることから始めた。
これまでのお化け騒ぎが自分達のしわざだったことを告げ、頭を下げる。特に怪我をした人には、別個で謝りに行った。
「すいませんでした!」
「申し訳ない」
頭を下げる俺達に、
「オレは左官屋で、嫁と息子が3人いる。アイツラを食わせなきゃならんから、これぐらいで仕事を休むわけにはいかないんだ。だから悪いと思うなら、遠慮はしない。こき使うからな!」
そう言って、笑ってくれた。
ライドさんが俺たちの事情を、保護者を失った少年と、兄弟同様に育ったフェンリルだと説明してくれたおかげだろう。
ホント、ライドさんには、お世話になりっぱなしだ。
**
最初に惹かれたのは、明るい水色の瞳だった。次に笑顔。
パンを配る少女の名前がアリスで、今年9歳になることや、パン屋の求人があると聞いて、母親と二人で隣の領地から越してきたことなど、毎日顔を合わせるうちに、少しずつ判ってきた。
「でも、こっちについて直ぐに母さんの具合が悪くなったから、代わりに私が働くことになったの。まだ、配達の手伝いぐらいしか、させてもらえないけどねー」
それでもパンを作るのが好きだから、いっぱい働いて、将来は母親と一緒にパン屋を開きたいと笑う。
「ここに窯が出来る頃には、ちゃんと作れるようになりたいと思って、頑張ってるんだよ」
「そうなったら、毎日買いに来るよ」
砦跡はこれから井戸や洗い場が整備され、印刷と木工の工房が建てられる予定だ。
改装中の壁中部分は、従業員たちの宿舎となり、その他にパン屋と食堂、そして雑貨屋が入るという。
「パン屋ができたら、ここに住むの?」
さり気なく聞く。
「住めたら良いなって、思ってる。噂では、町との馬車の往復便かできるって話だけど、こっちのほうが家賃が安いみたいだし」
その言葉が、ずっと消えずに頭の中で繰り返される。
(ずっと、ここで働けないかな。木工工房なら兄者の仕事が無くなることは無いだろうけど、留守番役が必要なのは、今だけだ。俺も何か出来ることがあればな。でも、俺に出来るのは……)
カバンの中に入っている物を、思い浮かべる。冒険者になった時に、ちょっとした気まぐれで買ったものだが、意外と楽しくて続けている趣味のような物だ。
『得意な事があって、ソレが仕事に使える物なら、大歓迎よ』
ここで働くきっかけをくれた、風変わりな少女の言葉が思い出される。
(あの子なら、アレに何らかの価値を見出してくれるかもしれない。そしたら……)
〘おまけ〙
『伝説のおやつ』
「はい、ウォルド。お土産だよー!」
そう言いながらマスターが見せてきたのは、薄っぺらな容器に入れられた、木切れのような物だった。
「おやつに食べてね」
容器から食事皿に移してくれるが、ソレはどう見ても食べ物には見えない。
はっ!もしや、これは俺に課せられた、何らかの試練なのでは?
そう思い、覚悟を決めて側による。
ほわん。
な、なんだ、この香りは!芳ばしいのに、甘い。一見、ただの木切れにしか見えないというのに……
一本、そっと咥えてみる。
まだ少し暖かいソレは、想像していたより硬くなく、カリ、ホクッとした食歯ごたえに、えもいえぬ香りとほのかな甘味が口いっぱいに広がって……気がつけば、口の中は空になっていた。
しかたがないので、新しいものを咥えると、その香りを楽しみ、端を少しかじる。
しかし、そいつも又、気づけば消えていた。
消える食べ物……これはまさか、伝説のバブゥの幼木ではないか?前に、主から聞いた事がある。
まだ地面から出ていない幼木を、特殊な能力で掘り出したものを、茹でて食すという。
『独特の歯ごたえがあり、けっこう美味いものでな。気づけば皿が、空になっていた』
記憶から掘り返した主の言葉に、俺は確信する。間違いない。これはバブゥの幼木だ!
このような希少なものを……マスター、ありがとうございます。このウォルド、大切に、大切に食べさせていただきます!
まずは半分ほど、とっておきの場所に埋めよう。まぁ、あと少しだけ、匂いを嗅いてからでも良いか。せっかくマスターが下さったのだ。そう、あと少しだけ……
おかしい。半分どころか、まだ1つも埋めてないのに、皿が空になっている……ねぇマスター。お代わりって、ない…ですかね?




