森の少年 〜新たな生活 1 〜
私の書く異世界の暦は、基本的に全てが同じ設定になっています。
春の一月~三月(いちつき、につき、さんつきと読みます)
夏の一月~三月
秋の一月~三月
冬の一月~三月 の十二か月
新年は春の一月一日
新学期は秋の一月一日開始
一ヶ月は全て30日で一週は6日 五週で一ヶ月
風の日、火の日、水の日、木の日、鉄の日 土の日で、一週間
土の日は安息日で休み
時間はそまま 1日24時間、1時間60分
お金の単位 デル 1デル=1円程度
銅貨1枚=10デル
「はい、次のひとー!」
明るい声に、思わず頰が緩む。
「あっ、ダミアン君とアニジャさんは、これね」
水色の瞳の少女が、笑顔で袋を手渡してくる。皆が受け取っている物よりも、ひと回り大きい袋が2つ。昼食用として配られる1人2個の具入りパンとは別に、丸パンが3つ入っているそれは、宿直役専用の袋だ。
「ありがとう」
受け取って、横にずれると、そこには木製のスプーンとコップが並んでいて、こちらも馴染みになったおばさんが、スープを入れて渡してくれる。
「ほら、2人分」
袋を兄者の背に置いてコップとスプーンを受け取ると、椅子がわりに置かれている木材に腰掛けた。
「今日も旨いな!」
「あったかいモンが飲めるのは、ありがたい」
「今日のスープは、豆とベーコンか」
一足先に食べ始めた作業員や大工達が、賑やかにしゃべりながら、パンを平らげていく。
砦は街から少し離れているため、そこで作業する者たちの昼ごはんとして、グリヴの町のパン屋と食堂が、パンとスープを配達してくれていた。もちろん、配られる分には金はかからない。配達代まで全て、パシェット商会持ちだ。
肩に掛けていたカバンから、ライドさんからもらった兄者用の深皿2つを出す。そこに兄者の分のパンとスープを入れて、カバンの横に並べれば、準備は完了だ。
「パン、12個残ってまーす。1つ80デルですよー!」
「スープは残り少ないから、タダで良いよ。ただし、早いもん勝ちだよ!」
その声にパン2個では足りない男達が立ち上がり、コップを持ったり小銭を数えながら向かうのを横目に、自分の分にかぶりつく。
(あっこれ、当りだ)
パンの中には時々、食べたとたんに身体の疲れが消えて無くなる、不思議なパンが混ざっていて、作業員の間では密かに『当りパン』と呼ばれていた。
(これはきっと、あの子が手伝ったんだ……)
男達の間から、ストロベリーブロンドの三つ編みが跳ねるように動くのを見ながら、彼女の力について考える。
『癒しの力』。その力に気づいたのは、兄者だった。フェンリルは『森の賢者』の異名を持ち、中には女神ドラーラに仕えている物もいると言われる神獣だ。
当人さえ気づいてない力を、見透かす事が出来るのだろう。兄者いわく、その力は彼女の身体の奥底で、眠っているように見えるらしい。
覚醒したら、きっと『聖女』のような扱いを受けるだろうと兄者は言うけど、俺としては、ここで彼女の作ったパンが食べられる方が、有り難いんだけどな……
(そういえば、家族の具合が悪いって言ってたっけ……)
2口目をかじりながら、考える。いつの間にか食べ終えた兄者は、深皿を咥えてスープの列に並んでいた。
***
母者の死後、小さな墓を作り埋葬をすませた俺と兄者は、母者の望んだとおりにするため、生活に必要なものを袋に詰めると、洞窟を塞いで山頂を目指した。
身体が大きく力も強い兄者と一緒だと、手を出してくる獣や魔獣は、ほとんどいない。たまにこちらの様子をうかがいながら、ついて来る奴もいるけど、たいてい兄者の威嚇か、俺の撹乱で追い払えた。
母者に教わった山菜を摘み、鳥や獣を狩って野宿をしながら、三日かけて山頂にたどり着く。
「どちらに向かう?」
兄者に聞かれて少し迷った後、足元に落ちていた木の枝を拾い、放り投げる。カランと乾いた音を立てて落ちたそれは、右を指していた。
「右側に」
こうして右に進路を取った俺達は、やがてベルティカ王国の小さな森にたどり着いた。
川沿いに洞窟を見つけたので、奥に乾いた落ち葉を敷き、入り口近くに石で竈を作る。母者との住まいのようには出来なかったが、気温が高い間は問題なかった。
しかし夏が過ぎ、秋が深まるにつれ、扉の無い洞窟での生活は、徐々にきびしくなっていった。獣の皮を敷いたり、壁にかけたりしたが、刺すような冷気が入り込むのを、防ぐことができなかったのだ。
これ以上寒くなる前に、冬場の住処を探す必要にかられた俺達は、昼間は俺が、人があまり出歩かない夜には兄者が森から出て、辺を探し回った。
その古い砦跡を見付けたのは、兄者だった。
「弟よ、良いモノを見つけたぞ!」
暁方近くに戻ってきた兄者に連れられ、砦跡についた時は、自分たちの幸運に感謝しかなかった。
門には鍵がかかっていたが、明り採りのための開口部がいくつもあったので、そこから入り込む。
「どうだ、良いだろう?」
誇らしげな兄者に、うなずく。
中は廊下と沢山の小部屋があり、ガランとしていて、何年どころか、何十年も使われていないように見えた。
もっとも、すぐには住まず、少しずつ荷物を移しながら、そこに出入りする者が本当にいないか、10日ほどかけて確認した。
ついでだからと、少し離れたグリヴの町で、冒険者ギルドに登録することにした。受け付けで齢を聞かれたので、9歳になったばかりだけど、一応登録できる年齢の、10歳だと答える。
捨て子や孤児の歳は曖昧だ。本人の申請と、見た目が10歳以上だったら問題ないということで、無事登録できた。そこで判ったのは、どうやら俺は9歳にしては、背は高い方だということだ。
狩った獣や魔獣を売って、煮炊きもできる、小型の薪ストーブを手に入れた。開口部を塞ぐ板や布も手に入れ、砦跡での生活は、少しずつ快適な物となっていった。
このままずっとこの場所に住もうかと思っていたが、春前になると、見回りの衛兵や騎士が、直ぐ近くを通ることが度々あったため、面倒事を避けるために、森へと移った。
ただ、砦跡でしか使わない物は、最上階の隅に隠しておいた。
次の秋の三月に砦跡に行くと、隠していた荷物は、そのままだった。それに誰かが入った様子もない。だから冬の間は、また、砦跡で過ごすことにした。
その間も必要なものがあると、冒険者として働いた金で、購入した。ただ、兄者が人目につかないようにするため、俺一人で町に行くのは、少しさみしかった。
そして今年も同じように移る準備をしようと思い、砦跡に来てみると、そこには、人が出入りしていた。
しかも鍵を開けて、中を歩き回っている!
鍵を持っているということは、砦の持ち主の可能性が高い。しかし子供を含めた6人程度なら、少し脅かせば来なくなるだろうと思った。何をしたいのか判らないが、他をあたれば良いと。
だけど、数日後にはその数は倍以上に増え、翌日にはさらに増えていた。
おまけに多くの木材やレンガが運びこまれて、大勢の男達が、いっせいに工事をはじめたのだ。
「マズいな。ここを改修して、何かに使おうとしているようだ」
「まだ下の方だけど、このままだと、隠していた荷物が見つかってしまう。それに次の住まいだって、寒くなるまでに見つけられるか判らないのに…」
そんな焦りもあって、俺と兄者の驚かしは、日を追うごとに、少しずつ過激なモノになっていく。
そして、遂にケガ人が出た……




