おじいさんの正体は?! にぃ
送信板で扉と誘導金型の特許の話を父さまに送ると、直ぐに返事が返ってきた。特許は最長設定で、ハウレット商会との専売契約を付けた個人名で取るようにと書かれている。
誘導金型の特許は一番長くて3年だから、これから3年間は、アドルとキリアンにお金が入る仕組みだ。
働きには、それに値する報酬をというのが、父さまの信条だ。そして、それ以上の儲けを出すのが商会頭の腕の見せ所だと。
「ふへへへっ。扉と金型で、国からガッポリ取ってください、父さま!」
送受信板に向かって、声をかける。聞こえないのは判ってるけど、こういうのって大事だと思う。
紙の後ろの方には、 『新しいトイレの試作場所は、どこにするつもり?』と書かれていた。
うーん。冒険者ギルドのモリスさんとも話したけど、とりあえず3階層辺りが、ちょうど良さそうなんだよねぇ。
そもそも子供向けのダンジョンツアーって、5階層まで行って、そこから転移ポイントを使って戻って来る予定にしているから、途中で休憩する時に、トイレがあれば良いなと思ったのよ。
できればイスとか机があって、飲み物を飲んだり、ちょっとしたおやつを食べれる場所にしたい。それに魔獣よけの魔法陣を刻んで、安全区域にもしておかないと。
まぁ、聞いた話ではでっかいコウモリみたいなバッチバットと、尾に火が付いた大トカゲのフォグマンダーぐらいしか出ないらしいけど、子供向けなんだから、安全な方が良いに決まっている。うっかり怪我でもされたら、面倒だし。
当然だけどモリスさんだって、そこらの対策は考えている。ツアーに参加する前に、簡単な契約書に署名してもらうって言っていた。
運動小僧がはしゃいで転んで、擦り傷作る位は、起こることだし、そんな事でいちいち怒られても困るもからって。ツアーが安全に行えるよう、色々と手は打っておくけど、この世の中、絶対は無いからね。
(あとは、手を洗えるようにしたいよねぇ……)
やっぱり乙女としては、トイレと手洗いは一緒にしておきたい。
だけどその方法が判らなくて、困っていた。もちろん少しの水なら魔法で出せるし、それ用の魔道具だってある。
でも、わざわざ持って動くより、その場で水が使えたほうが絶対良いはずだ。
でもダンジョンの中では、魔法陣は刻めても魔石は時間がたつと消えてしまうし、魔道具も同じく消える。うーん、どうしたらイイんだろ……
***
特許申請の設計図はアドルとキリアンに、書類はライドさん、そして諸々の手続きは父さまに丸投げして、5日ほど経ったある日。
トイレツアー初日にシモン伯父様と一緒にいたおじいさんが、祖父様の屋敷にやって来た。
しかも、連れてきたのはなんと、師匠だ!2人はなんだか親しげに話をしながら、馬車から降りてきた。
(えっ、知り合い?)
驚いているわたしに、マキシムがこっそり教えてくれる。
「モルガン・オベールですね。長年ダンジョントイレの研究をしてきた、有名な学者です」
あー、長年研究していた学者さんなんだ。そんな人が、なんでここに?
あっ、もしかして、あんなのはトイレじゃない!とか言いに来たとか?
「きみがエミリアだね!」
心配しているわたしに、オベールさんはにこにこしながら、握手を求めてきた。
「あ、ありがとう、ございます?」
「感心したよ。よく、あの方法を思いついたね」
オーベルさんは、ここのダンジョントイレを見たあと、ぜひ技術協力したいと思って、王都のハウレット商会を尋ねたらしい。
「モローさんとは、その時に知り合ってね」
師匠を見ながら、嬉しそうに言う。どうやら魔道具の話で、師匠と意気投合したらしいけど、ホントにそれだけかな?なんて思いながらニヨニヨしていたら、ほっぺがつままれた。
「ひひょう、ほっははひっはらなひへふははい。(師匠、ほっぺは引っ張らないで下さい)ひゃんとひいてはふって(ちゃんと聞いてますって)」
「オーベルさんは『転移装置を使って、ダンジョンからトイレに移動する』ことが出来ないか、研究されてたの」
「「転移装置?」」
マキシムと2人で、首を傾げる。子供にはちょっとむずかしい話かも……
「そう。転移の魔法陣を研究していてな。あとは、 相互作用のある移動に関してもだ」
オーベルさんの言葉に、さらに首を傾げていると、
「送受信板みたいなものよ。しかもオーベルさんは、例の魔法陣の持主なのよ」
「例のって、もしかして、紙の補給の?」
うなずく師匠を見て、なんか判った気がした。商会の送受信板の問題点は、受信板の紙の自動補給ができない事だ。
そのため、常に紙を1枚セットしておかないとダメだし、受信板が点滅している間ずっと、紙の入れ替えを手作業でしないといけない。
「これって、ある魔法陣を使うと解決するんだけど、その魔法陣の持ち主が『他者の使用不可』にしているから、出来ないのよね」
昨日も受信板に紙をセットしながら、母さまがボヤいていたけど、その魔法陣の持ち主が、目の前にいるオーベルさんだった。しかも、技術協力したいって、当人が言ってるのだ。
こんな良い話、受けないと損しかないわ!
すぐに応接室に案内して、詳しい話を聞くことにした。
レノーさんが運んでくれたお茶を飲みながら、話しをする。そこで判ったのは、受信板の問題は、もう解決していたということだった。
オーベルさんがハウレット商会限定で、使用許可を出してくれたのだ。
でも、そのために専用倉庫を用意することになったと聞いて、心の中で父さまに声援を送る。
(ガンバレ、父さま!)
おまけにトイレの手洗い問題も、解決した。転移魔法陣を起動させることによって、水を転移させることが出来るからだ。しかも硬貨を入れる事によって、起動するという。
えーっ、なにそれ、すごい!お金を入れたら、お水が出てくる魔法陣!これなら、ダンジョンで、手を洗いたい放題だ!
もっとも、そのためには水の補給施設を作らないといけないらしい。
(あぅ〜。ガンバレ、わたし……)
自分で自分に声援を送る。ライドさんの不機嫌な顔が、まぶたの裏っかわに居座っているけど、気にしない。
「それに、これでダンジョン特有のあの問題も、解決するんじゃない?」
師匠の言葉に、冒険者のお姉さんたちが言っていた、もう一つの問題を思い出した。




