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おじいさんの正体は?! いち

(シモン伯父様が辺境伯ってことは、伯父様と一緒にいたおじいさんは、いったい誰なんだろ?まぁ、明日にでも聞いたら良いか)


 なんて思って寝たんだけど、朝にはきれいサッパリ、キッパリと、どうでもよくなった。


 朝から私を抱きしめようと、指をワキワキさせるシモン伯父様から逃げるのに、ちょっとばかりというか、かなり忙しくなったからだ。


 もしかしたら、失礼にあたるかも?なんて考えは、すぐにどこかに消えてった。身体強化をかけた状態で、飛んで走って、くぐって横移動するわたしの後から、


 ばふっ、ぼふん、ぼっふん、ばふん。


 空振り音が、追いかけてくる。


 ふきぃーっ、これって母さま訓練よりキツイかも。もちろん安全地帯はある。母さまや祖父様の膝の上だ。それと屋根の上。


 マルク翁が教えてくれたんだけど、シモン伯父様は12歳の時に屋根の上を走ろうとして、ぶち抜いて大穴を開けた事があるらしい。

 その時に、二度と屋根には登らないと誓いを立てさせられたんだって。


 おかげで今、わたしは屋根の上で休憩中だ。横にはレノーさんが差し入れてくれた、お昼ご飯の入ったカゴ。

 ちょっと寒いけど、伯父様は昼過ぎには出発するらしいから、それまでのしんぼうだ。

 庭からこちらを見上げているウォルドに、手を振る。今日も尻尾をブンブンと振ってくれて、すごく可愛い。


 カゴの中から、果汁水を出して飲む。動きまわった身体に、沁みるわ。ハムが挟まったパンは、まだあったかい。横には手を拭くための、小さな濡れタオルも入っている。


「さすが、レノーさん」


 パンを食べながら、この後どうするかを考える。『お見送りぐらいは、してあげてね』、なんて母さまに言われたから、ここにずっといるわけにはいかない。


 結局、エドガーとマキシムに両側にピッタリとくっついてもらう『3人でひとかたまり』作戦を取ることにした。


 腕を絡めるようにして、手をつないだわたしたちを見て、シモン伯父様は口と眉毛をへの字にした。

 肩を落とし、何度も振り向きながら馬車に乗るのを見届けると、なんだか一気に疲れた気がする。

 可愛いウォルドをナデナデしたら、少しお昼寝しよう……



 ***



 ツアー開始から1週間後。メダル加工機に不具合がないか調べるために、アドルとキリアンがやって来た。

 祖父様の屋敷に泊まって良いって言ったんだけど、気を使うのはイヤだと、ダンジョン近くの宿に予約を入れていた。


「今のところ、問題なさそうっすねー」


「そうだな。だが、ここの動きがちょっと悪くなってる。必要以上に力を入れる奴が、多いのかもしれん。定期的に、交換した方が良いだろう」


 2人の横では、冒険者ギルドから派遣された金属加工技能士が、熱心に質問しては、帳面に書き込んでいる。通常の調整や修理は、彼の担当となるからだ。今のうちにと、色々と質問しているようだ。


 アルド達はこの後、トイレツアーにも参加すると言ってたから、オングル村の揚げ芋を宣伝しておいた。




「なあ、お嬢。一緒に見学していた冒険者の兄ちゃんに聞いたんだが、ここのダンジョンの8階層には、やたらと大きいくせに、笑うほど軽い岩がゴロゴロあるらしい」


「そうなの?」


 アルドが買ってきてくれた揚げ芋を食べながら、首を傾げる。


 アルドとキリアンは、ツアーに参加した後、母さまに挨拶するために、お屋敷に来ていた。大量の揚げ芋を持って。


「たぶん、パミシウムという石だと思う。実物を見てみないとなんとも言えないが、それを使えば、トイレの扉が出来るかもしれん」


 キリアンの言葉に、思わず芋を落としそうになった。ダンジョントイレの扉は、未だに課題として残っていたからだ。


「ホント?作れるの?」


「やってみないと判らんが、多分大丈夫だろう」


「だけどお嬢の理屈でいうと、他の者がうっかり持ち出さないよう、扉を作っている間はその階層を閉鎖したほうが安全かもな」


 キリアンの説明だと、全部移動と変形で出きるという。わたしにも判るように、図面を書いてくれる。


「扉の上下2箇所に、下向きに筒型の出っ張りを、壁側には輪っか型の出っ張りを、それぞれ作るんだ。そして輪の中に筒型を上からはめ込むんだ。鍵は取っ手付きの直方体を使う。これもダンジョン内の石を加工する。それを壁と扉の両方に作った溝にはめ込む」


 うっかり抜けないよう、溝の形も工夫されている。


「でも、扉と壁のはめ込み部分を上手く加工するのって、難しくない?」


「だから、誘導金型を使うんだ。金属加工でも使われるヤツだ」


 それを使いながら魔力を通すと、その形に作れるらしい。


「こんなヤツな」


 今度はアルドが、金型の図面を描いてくれる。


「これって、特許とかあるの?」


「そうだな。物自体は珍しいものではないけど、新しい商品だったら取れる事が多いな」


「なら、取ろう。しかもできるだけ、ハウレット商会(うち)だとバレないように」


「嬢さん。また、悪い顔になってる」


 キリアン、乙女に対して悪い顔だなんて、思ってても言わないで。


「うちの名前で特許の申請を出したら、今交渉中の項目に、国が勝手に入れてきそうだもん」


 国はすぐに公益を口実に値切ってくるって、父さまが言ってたもの。だから別口にして、たんまり儲けてやる。


「全部決まった後に、後出しして儲けるつもりか」 


「値引きをゴリ押ししてくる相手には、それぐらいで、ちょうどいいの!」



 ***



 わしは今、最高に感動している。

 長年のライフワークが、他人の手によってなされたという敗北感はあるものの、今こうしてダンジョンの中にできたトイレに座っているのだから。

 しかも、前側の下を少し引っ込めてあるせいか、非常に座りやすい。手の届く場所にペラの葉が植えられ、目隠しの葉もある。ちゃんとヘンチョも入っている。ふぉっふぉっ。



 『別の空間にトイレを作り、ダンジョン内からそこに転移させる』


 あの発想を思いついた時、これこそがダンジョントイレの完成への道だと確信した。その実現のために長年研究し続けてきたが、いまだに目標には達してはいない。


 大きめの本程度の物しか、送れずにいるのだ。

 人の転移など、ほど遠い。


 だが、しかし。わしの研究は必ずこのトイレを完成させた者たちの助けになるはずだ。出来上がったとはいえ、これはまだ未完成品。これをわしの研究で完璧の物とできるよう、この爺、ぜひとも協力させせてもらおう。


 若い才は妬ましくも、まぶしい。だがそれを側で助け、さらに輝かせることが出来るのもまた、先達であり、己の才を知る者だろう。あぁ、心が躍る。


「おい爺さん、いつまで座ってんだ?!ほんとに用を足してるんじゃないだろうなぁ!」


 無粋な者もおるもんじゃ。さて、それではハウレット商会とやらに向かおうか。あそこには、何やら面白そうな魔道具士もおるらしいからな。

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