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男爵の誤算 2

ここでは『検事官』が、日本の裁判における『検察官』の役割をしています

 突然のことに驚きながらも抵抗するが、3人がかりで押さえつけられると、どうしようもない。あっという間に、後ろ手に縛られていた。


「女将、これはどういうことだ!」


 俺が引っ立てられるのを、呑気に見物している女将に怒鳴る。


「さぁ、あたしに聞かれても。でもお役人様に協力しろと言われたら、あたしらみたいな者は、逆らうなんて出来ませんからねぇ」


 肩をすくめ、心外だと言わんばかりの顔をしてみせるが、


「ねぇ、あの人のツケている代金って、払ってもらえるんでしょうかね?すでに1週間以上、滞ってて、こちらも困ってるんですよ」


 近くに立っている衛兵に聞いている。

 なんて事を!これでは、まるで俺が金のない貧乏人のようじゃないか! 


「書類を出してもらう必要はあるが、裁判官が認めたら支払われる」


「あら、ありがとうございます!」


 手を叩き喜ぶ女将をにらみつけるが、相手はもうこちらを見ておらず、娼婦たちとしゃべり始めた。


「あぁ、助かった。あいつ、事あるごとに俺は男爵だ、貴族だって、偉そうでさ。そのクセ、金払いは悪いから、ホント、最悪!」


「ヘタだしねー」


「おや、そうなのかい?」


「そうよー、しかもケチ!」


 女将と娼婦達が聞こえよがしに話すのを聞いた周囲の者達が、吹き出す。


「おい、おっさん。金払いが悪いと、女にもてないぜ!」 


 通りすがりの若造の言葉に、どっと笑いが起きた。


(お前ら全員、覚えていろ!こんな疑いは、すぐに晴らしてやる。そうなったら、全員、思い知らせてやる!)



 **



 10日後。法廷に引き出された俺は、一段高い場所に並んだ3人の裁判官達の顔に、侮蔑の表情が浮かんでいることに気づいた。しかも俺の弁護士の顔色は悪く、さっきから何度も汗を拭いている。


(何か、おかしい……)


 もしかしたら、相手が強力な弁護士を雇ったのかと思ってそちらを見るが、座っているのはどこにでもいそうな優男だ。ただ、その隣に座る検事官の目付きが、やけに鋭いの気になった。

 そしてハウレットの姿が、どこにも見当たらない。


 違和感の中、裁判の開始が宣言されたので、兵に引っ張られるように証言台へと向かう。そこで名前を言うように言われたので従うと、間を置かず、裁判官が俺の経歴を述べていく。


「ガエタン・メザール。あなたはメザール男爵家の次男として生まれ、今から13年前に兄であるクレマン・メザールが病死した後、その爵位と領地、及び特許を相続。その2年後、メザール商会を立ち上げた。これらに相違無いか」


「ありません」


 そこで検事官が、おもむろに立ち上がった。数枚の紙を手に、こちらに意地の悪そうな視線を向けてくる。


「では、今回の起訴状を読み上げます。ガエタン・メザールの罪状は、ハウレット商会ならびにエドモンド・ハウレットとその家族に対する強盗と誘拐、及び殺人未遂。この件に関しましては、被害者当人ではなく、ロックベール辺境伯から訴えが出されております」


 検事官の言葉に、俺は驚愕した。

 てっきり訴えを起こしたのはハウレットだと思っていたからだ。しかも相手が高位貴族である辺境伯だと聞かされ、焦る。


(辺境伯が?!何でだ?仮に領地内で起きた事件だとしても、被害者は平民の商人だ。その程度のことで、わざわざ訴え出るとは……) 


 検察官の片方の口角が上がり、言葉が続く。


「被告人は今から3ヶ月前に、犯罪組織『暁の刃』に対して、ハウレット商会所有の馬車の強奪及び、その乗客であるハウレット一家の殺害を依頼。それに失敗すると、再びこの王都で『暁の刃』に接触し、新たに被害者を拉致するよう依頼を出しています。まぁ、こちらも失敗に終わりましたが」


(クソッ、俺を見て笑いやがった。だが『暁の刃』への依頼がバレているのは、想定内だ。それに対する言い分だって、用意してある。大丈夫だ……)


 ニヤニヤとこちらを見ている検察官のせいで、嫌な予感ばかりが先ばしりして、胸のざわつきがおさまらない。もったいつけた仕草も、イラつきの元だ。


「以上のことを鑑みまして、賠償金並び慰謝料として、被害者へ1億5000デルの支払いを求めます。それと未遂に終わったとはいえ、人一人の命を奪おうとした罪は大きく、それは国王陛下より、民や領地を守るべく爵位を賜っている貴族としては、恥ずべき行為と考えられます。したがって罰として爵位を剥奪のうえ、公営鉱山での10年間の労役を求めます」


「なっ、高額な賠償金だけでなく、爵位の剥奪に労役だと!」 


 過剰としか思えない求刑に、思わず叫ぶが、


「被告人は静粛に!」


 注意を受け、弁護士の横の席へと座らされた。


「聞いていた話と、ぜんぜん違うじゃないですか」


 弁護士が視線だけをこちらに向けて、小さな声で言ってきたが、検察官の話が終ると、諦めたような顔をしながら立ち上がり、事前に打ち合わせた流れで話を始めた。


「えーっ、そもそも今回のことは、メザール商会の特許を、ハウレット商会が侵害したのが発端です。被告とされているガエタン・メザールは、その賠償を求めましたが、被害者は話し合いにさえ、応じませんでした」


 そこで、困ったものだと言わんばかりの仕草をする。


「『暁の刃』への依頼ですが、馬車を手に入れるよう指示したのは、特許侵害の証拠を手に入れるためです。その際、被告が依頼したのは『馬車を手に入れる』事だけであり、そこに殺害を示す文言はいっさいありません。拉致に関しても、話し合いに応じない相手と会うための、苦肉の策と言えましょう。確かに少し手荒い手法に出たことは否めませんが、それは話し合いに応じなかった被害者側にも、非があると思われます」


 言い終わると、チラリとこちらを見て、肩をすくめる。

 その態度に、『それなりの金を払ってるんだから、もう少しやる気を出せ』と怒鳴りたいのを、必死にこらえていると、相手方の弁護士が挙手して、反論を始めた。


「話し合いを求めたといいますが、それは一方的に要求を突きつけた物で、被害者は被告人からの書状を特許課に提出、相談の後、断りの手紙を書いております。ここに、その写しがありますので、ご覧ください」


 中央に座る裁判官に、なにやら書類を手渡すと、それを見た裁判官が俺の方を睨みつけてくる。


「それと、こちらにロックベール辺境伯自身が書かれた調書があります。これは自領において、辺境伯の親族の馬車が襲われた際に、捕えた賊が証言したものです」


(親族?ハウレットが辺境伯の親族だというのか?そういえば、奴は養子だと聞いたことが……まさか、そんな……) 


 嫌な想像が、確信となって広がっていく。途端に胃が重くなり、これまで相手に言って来た言葉が思い出され、冷や汗が吹き出してきた。


 その後のことは、よく覚えていないが、俺が雇った男達の証言が、読み上げられていたらしい。奴らは仕事に失敗しただけでなく、辺境伯家の騎士に捕まっていたのか。なんてマヌケな。

 しかも王都で雇った奴らも、ことごとく捕まっていたところをみると、俺は辺境伯から敵だとみなされていたことが判った。


 結果、俺は強盗と殺人未遂の罪で有罪となった。しかも、裁判官は辺境伯が求めた賠償を全て認めた為、1億5000万デルだ。おそらく屋敷や別邸などを売っても、足らない額だ。しかも爵位は剥奪が決まり、十年の労役まで……

 

 いろんな物が抜け出たようで、頭がぼぅっとする。

 しかし、裁判官の言葉は留まることなく、続いていく。


「また、その個人資産である特許については、その権利を国預かりとする。なお商会については、ひと月以内に適切な引受先が現れない場合、国が派遣した役人の監督の元、解散とする」


 その言葉がどういう意味なのか、すぐには理解できなかったが、徐々に染み込むように判っていくと、俺は膝から崩れ落ちた。

 胸に重石が積み上げられていくように、重く、苦しい。胸を押さえ、必死に息をする。


(なんで、こんな事に……)

お読みいただき、ありがとうございます。

次作の投稿は 6月26日午前6時を予定しています。

また、今月末は個人的に用事が立て込んでいるため、7月3日の更新はお休みします。


評価及びブックマーク、ありがとうございます。

感謝しかありません。

また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。


誤字報告、ありがとうございます。

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