表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/115

男爵の誤算 1

当初の予定より長くなったので、分けました。

「さっさと入れ!」


 ジメジメした牢の中に押し込まれるのを、後ろ手に縛られた両手でなんとか鉄格子をつかみ、抵抗する。


「何かの間違いだ!誰がどんな嘘を言ったか知らんが、俺はこんな所に入れられる覚えはない!」


「そんな事は、裁判官の前で言ってくれ」


 短剣の柄でゴンゴンと手を殴られ、痛みで格子をつかむ手がゆるむと、すぐさま身体が強く押され、牢の中に倒れ込んだ。

 カビ臭い床にホコリが舞い、倒れたまま咳き込むが、手を貸す者などいない。

 たが、拘束の縄が切られたので、手を使うことは出来るようになったので、身体を起こす。


 ガシャーン、ガヂャッ。


 牢の扉が閉められ、鍵がかけられる。


「ガエタン・メザール。お前の裁判は10日後だ。飯は朝と晩それぞれ8時で、便所はそこの隅だ。ペラの葉は、無くなったら言え。牢番がくれるはずだ」


 衛兵は面倒くさそうにそれだけ言うと、さっさと立ち去った。


「くそっ、なんでこんな事に……」


 ノロノロと起き上がると、硬い寝台に腰掛けて、頭を抱える。どう考えても、こんな扱いを受けることなど、していない。

 貴族(おれ)の特許を侵害してきた平民に、身の程を判らせようとしただけだ。


 確かに少しばかり手荒な事をするよう依頼したが、現状、相手は怪我一つしていないのだから、俺が罪に問われるいわれはない。


 そう。腹立たしいことに、あれ程金を払ったにもかかわらず、肝心のハウレットは今もピンピンしているのだ。


(くそっ、あの役立たず共が……しかし、裁判が始まれば、こちらが有利になるはずだ。裁判官の大半は貴族階級の者達だから、きっと……)



 ***



「どういうことだ!『トイレ付き馬車』はメザール商会(うち)の専売特許だろうが!」


 目の前の怯えた顔の男が後ずさるが、そもそもこいつがちゃんと仕事をしていれば、こんな事にならなかったのだから、怒鳴られて当然だ。

 王都にある商会事務所の法務全般を受け持っている男で、名前は……そうだ、確かシャリエだ。わざわざ報告が在ると言って、領地まで訪ねてきたから会ってやったのに、これほど不快な事を聞かされるとは……


 ドンッ!


 腹立ちまぎれに、机に拳を打ち付ける。


「で、ですから、ハウレット商会によって新たに出された『馬車用のトイレの特許』の申請が、先日通りまして……」


「それは、さっき聞いた!どう考えても、うちの特許への侵害だろうが!すぐに取り消させろ!」


「それが、向こうは『馬車に付けられるトイレ』ということで、取り外しが出来るために、別物だと判断されたようでして、正式に特許として認められています。ですから、ここは穏便に相手の特許を購入という形にされてはと……」


「こちらが侵害されているのに、金を払うだと?!だいいち、そんな馬鹿げた特許の申請が出されたのが判った時点で、俺に知らせなかったとは、どれだけ仕事を怠けてたんだ!」


「お、お言葉を返すようで申し訳ないのですが、これまでに2度、連絡の手紙を送っております。しかし返事がありませんでしたので、こうして、ここまで……」


 シャリエが、未処理の手紙が積み上げられている書簡箱を、チラリと見る。

 コイツ、まさか俺に落ち度があると、言いたいのか?確かにここ一月ほど、放おっておいたが、そんな事は些細な事だ。

 問題は、特許の侵害の件をどうするかを、考えなければならない。


「……判った。すぐにハウレット商会に手紙を送れ」


「えっ、わ、私がですか?」


「他に誰が居る?」 


 ギロリと睨んでやると、シャリエは途端に慌てて、判りましたと返事をする。


「で、では、買取り価格はいかほどに……」


「なぜ、俺が金を払う必要があるんだ?無償譲渡だ、無償譲渡!」


「それでは交渉に……」


 生意気に口答えしてくるシャリエに向けて、青銅製の紙押さえを振り上げると、顔を青くして判りましたとつぶやくと、慌てて出ていった。

 ほんとに、役に立たない奴だ。



 それから4日後。ハウレットから返事が来たが、生意気にも断ってきた。しかも無償譲渡は、特許法で禁止されているという文言付きでだ。


「バカにするのも、たいがいにしろ!」


 手紙をグシャグシャに丸めて、暖炉に放り込む。平民が貴族に逆らって、タダで済むと思うなよ!


「ハウレット商会め。ここ数年、運良く大きくなったからと、調子に乗りおって……俺を敵に回せばどういうことになるか、思い知らせてやる!」


 調べさせると、丁度良い具合にハウレットの会頭は、試作のトイレを付けた馬車で、妻子を連れて視察の旅の最中だという。そこで金さえ払えば、何でもすると評判の組織『暁の刃』に、その馬車を奪うよう依頼した。

 『暁の刃』は王都に本部を置き、国中に支部がある。この近隣では、隣の街にその支部があった。


「乗ってる奴らは、好きにしろ」


 そう言って、前金として結構な金を払う。そう言っておけば、大抵、男は殺され、女も適当に楽しんだら殺されるだろう。子供は見目が良ければ、売飛ばされ、そうでなければ、殺されるだけだ。


 無事に馬車が手に入れば、うちの商会が開発していたものを、ハウレットが盗んだ事にして、訴えれば良い。『死者は語らず』だし、証拠なんて物は後からいくらでも作れる。

 何よりこっちには『トイレが付いた馬車』という実績があるのだから。

 だが、実物が手元になければ、それもかなわない。

 そのため、何としても試作のトイレを手に入れる必要があった。


 しかしいくら待っても馬車が届けられる事はなく、それどころかハウレットはピンピンした状態で、視察を続けていると報告が入ってきた。


(あれほど払ったのに、失敗したのか?あの役立たずどもめ……)


 まぁ、良い。ちょうど第2王子の誕生祭の為に王都に向うから、その時こそ、しっかり身の程を思い知らせてやる。



 **



 うっかりホテルの予約を忘れていたが、王都の貴族用ホテルが満室なんてことは、これまで一度もなかったから、なんとでもなるだろうと思っていたが、どこのホテルも満室だと断られた。


「俺は男爵だぞ!」


 そこら辺の、少しばかり金を持っている平民共とは違うというのに、支配人を名乗る男は「ご予約がない方のご宿泊は、出来ません」の一点張りで、聞く耳をもとうとしない。


 そこに『トイレの付いた馬車』が停まり、気の弱そうな男が降りて来るのを見て、田舎の男爵か、せいぜい子爵辺だと推察し、部屋を譲るよう言おうと、そちらに歩きかける。

 しかし俺に断りを入れた支配人が、へいこら頭を下げながらその男を伯爵と呼んだので、悔しいが諦めるしかなかった。


(仕方がない。娼館にでも、泊まるか)


 馴染の娼館に向かい、一番いい部屋を空けさせたが、腹立ちが収まることはなかった。



 面倒だが、ハウレット商会宛に俺自身が手紙を書くことにした。

 無償譲渡は諦めたが、代わりに既得権益の侵害で訴えると脅し、それが嫌ならこちらの(こうむ)る損害分も含めて、利益の半分で手を打ってやるという譲歩案だ。

 ついでに奴らが大々的に宣伝しているダンジョントイレに関しても、国相手の交渉は平民には荷が重いだろうから、交渉役を買って出てやった。当然、対価は貰うがな。


 これ程までに譲歩してやったのだから、さすがに考え直すだろうと思ったが、念のため少し脅しておこく事にした。

 『暁の刃』に、今度は上手くやれと強く言い含める。当然だが、金は払わない。前の依頼が失敗しているのだから、逆に返して欲しいくらいだ。


 まぁ、実際に契約の場にヤツが現れたら、後はどうとでも出来る。

 しかし、又しても断りの返事が返ってきた。どこまでも生意気な奴だ。


 俺は『暁の刃』に出していた依頼の内容を、脅しから拉致に変更することにした。

 しかし、すぐには無理だと言われた。誕生祭とその後数日間は、人の出入りが多い事もあり、通常よりも衛兵や騎士の巡回も増やされているため、大掛かりな犯罪は行いずらいのだと。


「なら、いつなら良いんだ?」


 国内最大の犯罪組織だという割に、騎士や兵の目を気にするとは、『暁の刃』も大したこと無いなと、腹の中で笑う。


「そうですね。5日もすれば元に戻るでしょうから、それ以降なら」


「仕方ない。それで頼む」


 誕生祭が終わり、ようやくホテルにも空きが出始めたらしいが、宿泊を断った奴らと顔を合わせるのも癪なので、そのまま娼館で過ごすことにした。


 誕生祭から一週間後。そろそろ嬉しい報告が在るのではと期待しながら、朝飯を持ってくるよう命じる。しかし、部屋に来たのは給仕女ではなく、3人の衛兵だった。


「ガエタン・メザールだな。殺害未遂の容疑で逮捕する」

他人に犯罪をそそのかす行為は『教唆(きょうさ)』と呼ばれます。しかし、日本の刑法上、『殺人教唆罪』という罪名はなく、『殺人罪における教唆の罪』となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ