辺境伯様! にぃ
ちょっとだけのつもりのお昼寝が、気が付けば部屋の中も、窓の外も暗くなってる。
夕方……よね?暁方じゃなくて。いくらわたしでも、さすがに夕ご飯も食べないまま、寝てたとは思えないもの。
時計は……6時少し過ぎたとこ。やっぱり、判らん。
(あっ、部屋の外に出たら良いんだ)
夕方なら、廊下の灯りが全部ついてるからだ。ベットからおりてドアを開けると、あまりの眩しさに目を閉じる。だけど、これで夕方だと判ったわ。
ぐぅ〜〜っ。
安心したからか、お腹の虫が鳴いたけど、乙女は寝起きのままでご飯を食べになんて、いかない。身だしなみは、乙女の基本中の基本だからね!
部屋の灯りをつけると、寝ている間にザンネンなことになっていた髪をなおし、シワだらけになったワンピースを着替える。よし、乙女復活!
お腹の虫に静かにするよう声をかけながら食堂に向へかうと、そこには祖父さまとマルク翁、そして大きな男の人がいるのが見えた。
(あ、シモン伯父様だ。なら、辺境伯様は……)
キョロキョロと周りを見回し、今朝見たおじいさんの姿を探すけど、見当たらない。来なかったのかな?
ちょっと残念だと思いながらも、ほっとする。挨拶とか考えると、緊張するもんね。
マルク翁とマキシムも、バルザック王国の辺境伯一族だけど、あの二人は知り合った後に判ったから、緊張よりも、ビックリだったし。
そこで、祖父様に見つかった。
「エミィ、こっちへおいで。紹介しよう、お前の伯父のシモンだ」
近くによると、シモン伯父様がすごく大きいのが判る。祖父さまやマルク翁よりも頭1つ以上背が高いし、脚なんか、わたしのお腹まわりよりも太そうだ。
そして、指がワキワキと動いている。あれは、なんだろう。なんか怖いんだけど。
まぁ、祖父さま達がいるから、あまり変なことにはならないとは思うけど、念のために祖父さまの近くに立つ。
「はじめまして、シモン伯父様。エミリア・ハウレットと申します」
父さまと母さまの教育がいたらない、なんて絶対に言われないよう、こないだロメリア伯母様に教わった、貴族式の礼を取る。なんせ相手は伯父とはいえ、お貴族様の現当主様だからね。ふほほっ、乙女の実力を、とくと見よ!
「はじめまして、エミリア。私は君の母上の兄で、シモ……」
両手を広げ、指をワキワキさせながら満面の笑みの伯父様を見て、あっヤバいかも?って思った次の瞬間、祖父様がわたしを抱きかかえた。
バフんっ!
伯父様がわたしを抱きしめようとした腕が、勢いよく空振りする。
(あっ、助かった…)
「何するんです、父上!」
空振りした両腕を振り回しながら、文句をいうけど、
「お前の馬鹿力で抱き締めたら、エミィが潰れかねん」
うん。伯父様には悪いけど、祖父様の意見に一票。
「そんな!」
「確かに、そうだな。シモン、お前は見るだけにしておけ」
「マルク伯父上まで、そんな事を……」
伯父様が泣きそうな声を出す。そこにエドガーとマキシムが入ってきた。
「シモン伯父さん、今朝ぶり!」
「なんだ、その挨拶は」
「だって、今朝、会ったし」
ムッとした顔をする伯父様に対して、キシシと笑うエドガーの横で、マキシムがていねいな礼を取る。
「お久しぶりです、ロックベール辺境伯さま」
ふへぇ?マキシム、今、なんて言った?ロックベール?辺境伯って、伯父様が?あのおじいさんじゃなくて?なら、その前の辺境伯は……
祖父さまを見ると、祖父さまはイタズラがバレた子供みたいな顔をしている。
だから、その鼻を引っ張ってやった。嘘つきの鼻は、伸びるって言うからね。たいして伸びなかったけど。
「いたたた、エミィ、やめてくれ」
「エミィ、もしかして今まで知らなかったのか」
エドガーが驚いてるけど、
「だって、祖父さまの姓はラベルだって……」
「ラベルは、いわば略称でな。代々、隠居した時に使う事になってる」
祖父様が鼻からわたしの手を離そうとしながら説明するけど、りゃく?なにそれ、知らないし。ほっぺが、ぷっくりとふくらむ。
「それにエドガーだって、名前しか言わなかったし」
「えっ、そうだっけ?」
そうだよ!憶えてないの?しかもあんた、すっごく態度悪かったしな!
「でも、辺境伯と親戚なのは知ってただろ?」
「……ロメリア伯母様が、親戚だと思ってた」
う〜〜〜……わたしが勝手に勘違いしてたんだけど、でも、仕方がないよね?この町では祖父様の名前、ラベルで通用してたし、だれも教えてくれなかったもの。
えっ、もしかしなくても、母さまってすっごいお嬢様だったの?それが平民の父さまと結婚するために家出をしたのなら、仲直りするのに時間がかかったのも、なんか判る気がした。
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「ところでシモン。例の件はどうなった?」
夕食後、大事を取って部屋へと戻る娘と、遊戯室へと向かう子供たちを見送ると、蒸留酒の瓶を取り出しながら長男に聞く。すでに家令であるレノーの手によって、グラスが3つ、用意されている。
「昨日クロードから連絡が来ました。あの男、あちこちで問題を起こしていたらしく、恨んでいる者も多かったようです。まぁ、おかげで皆、協力的だったようです。全部片がついたとの事なので、もう安全だと思われます」
「なら、良い」
酒を注いたグラスを友と息子、それぞれに渡しながら安堵する。アイツがどうなろうと構わないが、それによって娘と孫が嘆くような事があってはならんからな。報復など考えられん所まで、徹底的に追い込んでやる。




