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森の少年〜魔女との邂逅〜

 10年前 ベルニープス山脈・デルパール皇国側


母者(ははじゃ)、森に人間が入った。大人が二人に、おそらく赤ん坊」


「また子捨てか」


 耳を(そばだ)てているジルの言葉に、ため息が出た。

 この国の底辺の者たちの暮らしは本当に厳しい。生まれた子を養えないほどに。だから時折、森に生まれたばかりの子を捨てに来る。

 夫婦の時もあれば、片親だけの時もあるが、たいていは森までは生きた状態で連れてくる。躊躇(ためら)いがあるのだろう。そのまま連れ帰る者もいないわけではないが、大半は泣きながら赤子の息をふさぎ殺してから、捨てていく。

 この森には魔物も多いから、生きて食われるのはさすがに可哀想だと思っての事だろうが、親に殺されるのも十分に哀れだ。


「どれ、食われる前に墓でも作ってやることにしよう。ジル、一緒においで」


 ジルは今から15年ほど前、私が見つけたフェンリルで、こいつは奇妙な箱に拘束されていた。幼体だったので、最初はただの犬っころだと思っていたが、拘束を解いてやると人の言葉で礼を言ってきたから、フェンリルだと判った。

 かなり弱っていたので、住まいに連れ帰り、回復するまでと面倒を見ているうちに、互いに情がわいたのだろう。そのまま共に暮らすようになった。

 私を母者と呼ぶのだけは、やめさせようとしたが、いくら言っても聞かないので、諦めて受け入れている。


 ジルに案内させて、赤ん坊のもとへと行く。別に急ぎはしなかった。最後の別れぐらい、ゆっくりさせてやろうと思ったからだ。しかし。


母者(ははじゃ)、どうやら兵士のようだ」


 その言葉に足が止まる。ついにこの森にまで追跡者が来たのかと思ったが、違ったようだ。子捨てに来たのが兵士だったらしい。


(兵士が子捨てとは……何か訳ありか?)


 彼らは国からそれなりの給金を得ているから、子を捨てに来る必要はあまりない。


「ジル、追い払えるかい?」


「任せろ」


 アウォーーン、ウォーーン


 ジルはオオカミの遠吠えをマネながら、わざと大きな音をたてて兵士らに近づいた。


「ひっ、オオカミがいるぞ!」


「いや、魔物かもしれん。おい、もうここらでいいだろう。さっさと戻ろうぜ」


「そうだな」


 持っていた籠を放り出すようにして、2人の兵士が逃げていくのを、隠れて見る。戻って来ないのを確認して、籠を拾いに行った。

 そこには生まれて半年もたたないであろう赤子が、眠っていた。


「生きているのか。さて、これをどうしたもんかね。仕方ないから、ヤギの乳を薄めたものでも飲ませてみるか」


 それで大きくなるかどうかは判らんが、それもまた運命だろう。



 ***



「母者、しっかりしてください」


「そうだよ、母者。早く良くなって、また一緒に森を探検しよう?」


 ジルとダミーが、ベッドの上の私の体をゆすってくる。あれから8年。漆黒の髪に夜空の瞳を持った赤子は、すくすくと大きくなった。


 ヤギの乳を湯冷ましで薄めたものを、少しずつ(さじ)で与え、おしめを取り替えしている内に日は過ぎて行き、はって動き回るようになる頃、名無しでは便利が悪いからと、ダミアンと名付けた。


 ジルをまねて、こんな年寄りを母と呼ぶのは困ったものだが、互いを(おと)兄者(あにじゃ)と呼び合う仲睦まじい姿は、見ているだけで喜ばしい。

 子共を育てたことなど無かったため、戸惑うことも多かったが、存外楽しい八年間だった。



 《闇の魔女》。それが私の通り名だ。本名もあったが、誰に呼ばれる事も無いため、とおに忘れてしまった。

 大きすぎる闇の魔力を持って生まれた私は、幼いころから魔女と呼ばれ、恐れ嫌われた。そんな私を持て余したのだろう、親は教会の孤児院の前に私を捨てた。

 今思えば殺されなかっただけましだと思えるが、その時はさすがにショックだった。


 教会でも闇の魔力は(うと)まれた。表立って何かをしてくるわけではないが、常に孤独だった。

 やがて、その力は王家の知るところとなり、彼らは私を利用しようと決めた。軍属の魔法使いにして、敵対している国の要人の暗殺や呪詛を命じてきたのだ。15歳の時だ。

 厚かましいと思った。なぜこいつらは、自分の命令を私が素直に聞くと思うのだろう。私はこいつらに、何の恩義もないのに。


 だから、私は逃げた。


 すぐに追手は来たが、うまく逃げおおせた私は、ベルニープス山脈の森に隠れることにした。 

 ここは隣国との境界だが、魔物が多く、あまり人は入ってこない。少し奥まった洞窟に居を構え、作れるものは作り、時折ふもとの村に薬草や山菜などを持って行き必要なものと交換したりして、何とか生活してきた。

 その生活にジルが加わり、やがてダミーも加わった。でも、そんな生活も、もうそろそろ終わりだ。ふふ、自分の寿命なんてものは、判るもんだね。


「ジル、ダミアンよくお聞き。私はもう長くないよ。年だからね。だから私が死んだら、これから言うことを必ず実行すると約束しておくれ。まず、この洞窟は封鎖してほしい。そして、二人は山を越え、バルザック王国か、ベルティカ王国に行くんだよ。いいね、必ずだよ」


「「母者……」」


「泣くんじゃないよ。寿命なんだから」 


 震える手で、ジルとダミーの頭をなでる。

 本当は私が連れて行くべきだった。この国には、ダミアンに生きていられては、困る者がいるのだから。


 拾った赤子の産着には、この国の皇家の紋章の刺繍が入っていた。それが何を意味するかは、想像がつく。

 もっとも、そんな物はとっくに焼き払ったので、証拠はない。だが、万が一ということもある。


 あぁ、かわいい子たち。どうかいつまでも健やかで……

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