ツァー開始とオバケのうわさ にぃ
マルク翁と4人で馬車に揺られて、砦に到着。もちろん御者は、護衛も兼ねてアルノーさんだ。仕事の邪魔になってもいけないので、今日と明日は職人さん達には、お休みしてもらっている。
明後日からトイレツアーが始まるから、ちゃちゃっと片付けたいのよね。
だってツアーの最初のお客様の中に、どうやらお偲びでロックベール辺境伯様が来るらしいから、ぜひ、見物しておこうと思って。
「悪いが、これを下ろすの手伝ってくれ」
馬車の上に積まれている、見覚えのある小さな箱を指さしながらマルク翁がいうので、わたしはうなずきながら手を出した。
みんなでそれほど大きくない箱30個ほどを、アルノーさん、マルク翁、わたし、マキシム、エドガーの順に手渡しで下ろしていく。
それを小さな手押し車に乗せると、まずは改装中の外壁の中を見て回る。
清掃が入ったおかげで、すっかりきれいになっているし、窓枠をはめ込むために取り付けられた木材のお陰で、雰囲気も随分良くなっている。
「木と木の間は、どうするの?」
「壁には漆喰を塗る予定。部屋の中もね。床は板敷きにするの。今より、ずっと明るくなるよ」
マキシムの質問に、ライドさんが見せてくれた施工図を思い出しながら、説明する。
回るついでに、手押し車を押しているアルノーさんが、さっきの箱をいろんな場所に置いていく。これで準備は完了だ。
1階部分を回って箱も全部置き終わったので、いったん休憩にして、早めのお昼ご飯にする。内側の広場に敷物を敷いて、持ってきたお弁当を広げた。
パンに野菜やお肉を挟んだものと果実水、それとチーズが2種類。翁は葡萄酒がないことを嘆いていたけど、仕事中だからお酒はダメだと伝えたら、納得してくれた。
お腹がいっぱいになって、陽射しにあたっていると、なんだか眠くなってきた。このまま、お昼寝してもいいかも。
横ではエドガーが、大きなあくびをしている。その時。
パンッ!パパンッ!
外壁の中から、破裂音がした。
パンッ!
「うわぁぁー」
さらにもう一回、悲鳴と一緒に聞こえてくる。
「よし、かかったな」
マルク翁が、楽しげに笑う。
さっきアルノーさんが置いて回っていた箱は、貯蔵庫等に忍び込む盗人や、害獣を捉えるための罠だ。
作動させると、認識阻害が働いて見えづらくなる。だけど捕らえるのが目的の物だから、それほど危険性は無い。
今日使ったのは、粘着紐が絡みつく『ペタペターラ』に、粘着液が浴びせられる『ネチネチヨーラ』、そして雷魔法が炸裂する『バリバリ君』の3種類。他にも何種類かあるけど、これらは全て師匠であるセレスティンの商品だ。
もちろん、ハウレット商会でも取り扱っている。
外壁の音のした辺に、みんなで向う。そこに居たのは、粘着紐を体中に貼り付け、ヌメヌメした液体の上で転げ回る男の子だった。エドガーたちよりだいぶ大きいから、10歳ぐらいかな。
「くそ!何だよ、これ!」
「罠よ。かかっているくせに、わからないの?」
呆れるわたしに、男の子がつかみかかろうと身体を起こして手を伸ばすけど、
つべんっ!ゴン!
粘着液ですべって、失敗する。当然よね。
「バ、バカにするな!何でおれにばかりにって、ことだよ!」
「こういうこと?」
マキシムが近くに置いてあったネチネチヨーラの箱を、ついでとばかりに男の子にぶつけて作動させる。
バンッ、ネチョ〜ン!
「ゲホッ!そうだよ。なんでお前らは、触っても平気なんだよ!」
「だって、事前に魔力の登録をしてあるもの」
これは罠に関係者と、そうでない者を区別させるための方法で、決まった場所を押さえながら、すこし魔力を通すと登録できる。
この世界の生き物は、多い少ないの違いはあるけど、必ず魔力を身体に持っているから、登録していない物に反応するようになるの。もちろん登録者には認識阻害は働かないから、しっかりクッキリ見えるしね。
「ここに着いて荷物を下ろす時に、こっそりと登録したのよ。だって、誰がどこで見ているか、判らないからから」
しゃがんで男の子に目線を合せ、笑顔で説明してあげる。
パンッ、バリバリバリッ!
あっ、バリバリ君が作動した。ってことは、
「ふぅん。もう一人いるんだ」
立ち上がって見下ろすわたしを、悔しそうに睨みつけて来るけど、ヌメヌメまみれで立つこともできない相手なんて、怖くもなんともない。オバケじゃないしね。
こちらはエドガー達に任せることにして、『バリバリ君』の音がした方にむかう。マキシムとアルノーさんが付いてくる。
くふふ、誰か知らないけど、乙女の仕事を妨害したら、どんな目に合うか、しかと思い知らせてあげるわ!
そして見つけたのは、大きな灰色のワンちゃんだった。ワンちゃんはわたしを見たとたん、牙をむき出しにして、地底からひびく様な低い声で話し始めた。
『我は深淵の森に住む、神獣フェンリル。子供よ、速やかにこの場を立ち去れ。さすれば我が領域に侵入した事も、見逃してやろう』
(フェンリル?伝説の神獣の?まぁ、しゃべった時点でワンちゃんじゃないのは判ったけど、でもねえ……)
わたしはマジマジと眼の前の、自称フェンリルをながめた。
尻尾と後ろ足は粘着紐がからまり、無理やり剥がそうとしたのか、所々にハゲが出来ている。しかも雷魔法を受けた頭は、焦げて縮れて、鳥の巣みたいになっていた。
おまけに脚はガクガクブルブルと、震えている。
(この姿で言われても、ちーっとも説得力がないのよね。それに)
「左耳から、煙が出てるよ」
耳からプスプスと煙を吹き出している事を、自称聖獣さんに教えて上げた。




