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じい様達の思惑 

今回は、じい様達 + ワンちゃん視点です

「パシェットというのは、あなたのお祖母様の結婚前の姓よ。お母様はエルヴィーヌ・パシェットという名前だったの」


「へぇ、そうなんだ。ばあ様の……でも、それをわたしが使っても良いの?」


 アンジェリーネの説明を聞いたエミリアが、わしの方を見て首を傾げたので、もちろんだと大きくうなずく。 

 エルヴィーヌにそっくりなこの子が、どんな形にしろ、その名を継いでくれれば、これほど嬉しいことはない。



 結局エミリアは少し迷ったものの、パシェットを商会名とすることにした。

 後から応接室に来たマキシムやエドガーまでもが、その名称に賛成したことが、決断を後押ししたのだろう。

 今はアンジェリーネと一緒に、送信板でその事を父親に伝えに行っており、送信板に興味を示したエドガーとマキシムも見学したいとついて行った。



 応接室にはマルクと2人だけで、どちらの手にも、酒の入ったグラスがある。


 まだ陽は高いが、先ほど、とっておきの酒を出したのだ。残り少なくなったグラスに酒を足していると、旧友のグラスも差し出されたので、そこにも注ぎ入れる。


 カチン


 グラスを軽く合わせると、ゆっくりと喉に流し込む。


「パシェット商会か。わしとしては、あの子がその名を使うのはありがたいが、お前のところは大丈夫なのか?」


「かまわん。どうせ今は使われていない称号だし、伯爵を名乗らない限り、なんの問題もない。それにあの名は、こちらではあまり知られていないしな」


 元々パシェットはベルクール辺境伯が持つ称号の1つで、伯爵位だ。エルヴィーヌの母エマーリアが、10歳の時、一族に時々現れる≪特殊魔法の使い手≫としての力を発現したのが、そもそもの始まりだった。

 当時の王家がその力を欲しがり、まだ幼い彼女を10歳以上年上の王太子の側妃にしようと動きだしたため、娘を可愛がっていた辺境伯は、それを阻止するためにエマーリアに爵位を与え、一族の中から婚約者を决めたという。


 たとえ国王であっても、爵位を持つ者の婚姻に関しては、口を出すのを禁じられているからだ。


 その後、エルヴィーヌが爵位を継いだが、この国に来てわしと結婚した後は、領地共々、再びベルクール辺境伯に返していた。

 その後は力を発現する者は現れず、爵位もそのままだ。


「だが、そちらで販売を始めたら、すぐに噂になるだろう。おそらくだが、マキシムが継いだと思われるのではないか?あの能力は、男にも現れるのだろう?」


「稀にな。だが思われたとしても、本人がこちらに戻らなければ、たいして問題にはならないだろう。元々、マキシムは次男ということもあり、それ程注目はされていない。婿として欲しがる者達が一部、いるにはいるがな。だが心配しなくても大丈夫だ。当分、この国に居るだろうからな」


「どういう事だ?」 


 マルクは質問にすぐには答えず、酒を一口ゆっくりと味わってから、口角を上げた。なんだか嫌な予感がする。


「先日マキシムが、婚約したい相手ができたので、許可が欲しいと、父親宛てに手紙を送ったらしい。しかも、『父上はどのような言葉で、母上を口説いたのですか』という、質問まで書かれていたと聞いた」


「まさか……」 


 その意味する事に驚きの声を漏らすと、マルクが声を上げて笑った。



 ***



 マスターが戻ってきた!このウォルド、今日という日を、どれほど待ちわびたことか!

 馬車の扉が開くまでの間、留守の間の事の報告をおこなう。特に『大事な母さま』のことは詳細にお伝えする。そして開くと同時に行うのは、とっておきの挨拶だ。


 名付けて『飛び上がりながらの、腹見せ』!


 もちろんマスターは俺をガッツリ受け止めて、挨拶に応えてくれたが、それを妬んだのだろう。小僧(エドガー坊っちゃん)が、尻尾にぶつかって来た。

 だがマスターが心配してくれたのは、俺の尻尾の方だ。

 残念だったな、小僧(エドガー坊っちゃん)。少しばかりマスターと行動を共にしたからといって、一番のお気に入りの地位が手に入るとは、限らないんだぜ。


 その証拠に、こうして抱っこして、ナデナデしてもらっている。これまでの寂しさが、一気に溶けて消えていく……しかし幸せな時間は、あっという間に終わってしまった。


 とんでもない事が起きたのだ。 


 何日も前から屋敷に滞在している主の『ご友人』と主が、あろうことかマスターの奪い合いを始めたのだ。


 なんてことだ!しかも奴は、俺ごとマスターを手に入れようとしている!


 俺は主に加勢するため、必死に尻尾を使い『ご友人』を攻撃するが、悔しいことに、奴はびくともしない。それどころか渾身の一撃を受け止められたうえに、そのまま尻尾を強く掴まれたのだ。


(しまった!)


 奴は尻尾の先を掴んだまま、くるくると手首に巻きつけていく。心臓かバクバクと音を大きくし、冷たい汗が出る。だがここで震えれば、マスターに幻滅されてしまう。ウォルドよ、こらえるんだ!


 尻尾の付け根がピリピリとしてきて、もうダメかと思った時、マスターの『大事な母さま』が奴を引き剥がしてくれた。


(助かった……)


 あともう少し遅ければ、俺の尻尾は奴に引きちぎられていただろう。


 その後、マスターによってそっと地面に降ろされた俺は、そこで気が抜けてしまい……いや、これ以上は言葉にする必要は無い。ただ丸くうずくまり、しばらく動かないだけのことだ。そうすれば、全て無かったことになるのだから。



(あぁ、判っている。お前は頑張った……)


 俺はくたびれた尻尾を、ねぎらうようにそっとなでながら、これから毎日訓練することを心に誓った。

 そう。いつか必ずこの尻尾の一振りで、奴を倒せるようになってやる!


 だから地面よ、さっさと吸い込め!

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