乙女の商会?! よん
「お義父さんを、あまり待たさない方が良いだろうし、一度あちらに行った方が良いと思うよ」
出来上がったテリエさんの絵を見ながら父さまが言うので、少し考えてから明後日、出発することにした。
予定よりも早いけど、祖父様には後見人になってくれたお礼を直接言いたいし、砦がどんな所か早く見てみたい。それにツアーや寄り合い所の進み具合も、気になるしね。
だけど一番は、母さまに会いたいからだ。もちろん、お腹の赤ちゃんにも!
(お腹、そろそろ大きくなってきたかな?)
ハウレットのばあ様から教えてもらった、赤ちゃんの『たいきょう』に良い絵本やオルゴールは、全部買ってある。
ふへへっ。赤ちゃん、待っててね〜。お姉さんがいっぱい絵本を読んであげるからね〜!
「僕なら、これと、これかな」
5枚の中から父さまが選んだのは、周りをぐるりとつる草の葉で飾り、その中にグンニーラの葉の隙間からトイレの一部が見えている絵と、ダンジョンの扉とペラの葉が組み合わせた絵の下に、クルグと書かれた絵の2枚だ。
うーん……乙女としては、ハニラックルの花とペラの葉を使って『クルグの町』と書かれた絵が良いと思ったけど、トイレツアーの問い合わせをしてくるのは、ほとんどがおじさん達らしい。
ちらりと父さまを見ながら、考える。
うん。ここは同じおじさんである、父さまの意見を取り入れよう。おじさんが好きなものは、おじさんに聞くのが正解よね!
「なら、最初はこの2つにしますね!」
にっこり笑ってみせたのに、なぜか父さまはじっとりした目でこっちを見てくる。
「ねぇ、エミィ。今なにか、失礼なことを考えてない?」
ありゃん。もしかして、おじさん代表にしたのが、バレた?!いや、これはもしかしたら、『おカマをかける』ってやつかもしれない。だったら黙っていれば大丈夫、よね?!
「明日、キリアンに渡しておきますね」
笑顔のまま絵を片付け、何のことか判らないふりをしたら、父さまの鼻の頭にシワが寄る。
やっぱり、おカマをかけられてたんだ。
ふへへ、残念でしたね、父さま。かしこい乙女はそんな罠なんて、軽く片足で飛び越えるのですよ。
「あぁ、そうだ。前に言っていた番頭だけど、後見人であるお義父さんに会わせておきたいから、同行させようと思うんだけど、良いかな?」
「もちろんです!」
急な話で驚いたけど、全然問題無い。わたしの荷物だけでなく、母さまに頼まれた荷物もあるので、6人まで乗れる一番大きな馬車で行くことになっているからだ。
それに、これからわたしの商会で仕事をしてくれる人だから、ぜひ仲良くなっておきたい!長い時間、馬車で色々お話ししたら、きっと仲良しになれるよね。
砦にも一緒に行って、何がどれだけ必要か、話し合えると思うし。
笑顔でウンウンとうなずくと、父さまも満面の笑顔で、とんでもない事を言った。
「では、ライドに一緒に行くように、伝えておくね」
へぁ?父さま、今、なんて言いました?ライドって、あのライドさん?!再提魔人の?!
うーっ、まさかおカマ罠を飛びこえたらその先に、こんなびっくり罠が待ち構えていたなんて……
「エミィ、顔が岩ガニみたいになっているよ」
うれしそうに、可愛い娘に向かって岩ガニみたいって……そんなこと言ってたら、いつか嫌いになりますよ、父さま。
確かに口が四角に開いてて、カニみたいだけど!
これを戻すには、ほっぺをもみほぐさないと無理そうだから、グリグリ、フニフニとほっぺをもみながら、考える。
父さまは人を見る目があるって、前にギレスが言っていた。それにライドさんって、態度と顔は怖いけど、仕事は早いことで知られているのよね。
父さまが良いと思ったから、番頭に選んだんだろうし。
(さっき睨まれていた理由も、これで判ったわ。わたしのせいで、出来たばかりの商会に出向させられた上に、王都から遠く離れた場所に行かされる事を怒ってるんだろうな……)
***
今わたしは、祖父様の屋敷へと向う馬車の中で、絶賛睨まれております。『馬車旅の間に、なんとかしてライドさんと仲良くなろう』計画は、とっくに丸めて捨てました。
だって、話しかけようとするだけで、睨んでくるんだもん。むーりー!
(やだなぁ。4日間、これが続くのかぁ……胃に穴ボコが開いたらどうしよう?まぁ2人っきりでないから、まだ良いか……)
そう。馬車には、4人乗っている。
商会の馬車がわたしの家に着いた時には、すでにその中には3人、座っていたのだ。ライドさんはとうぜんだけど、なぜかエドガーとマキシムも嬉しそうに、そこにいた。
「えっと、なんでエドガーとマキシムがいるの?」
「祖父様のところに行くんだろ?うちだとエミィと全然遊べなかったけど、あっちならもう少し遊べるかなって。あっ、でもちゃんと父様から預かった書類や手紙を届けるって用事もあるから。遊びだけじゃ、ないからな!」
はいはい。昨日の朝、『祖父様のところに明日から向かう』という手紙を送ったわたしの責任だわ、これは。
「僕はいったん、国に戻ることになったんだけど、その前にお世話になったロックベール辺境伯と、エドガーのお祖父様に、挨拶しておこうと思ったら、ちょうどエドガーがあちらに行くと聞いたので。ごめんね、迷惑じゃない?」
庶民の馬車に、同乗を求めるお貴族さま達……それを庶民が断れると?当然、ムリよね。拒否権なしの、同行決定!
だけど、おかげで馬車の周りには、護衛がアランさんを含めて5人も付いている。さすが辺境伯一族、警備が厳重だわ!
みんな同じお仕着せを着てるから、たぶん伯父様が付けてくれたんだろうけど、なんだかわたしまで、偉い人になったみたい。ふへへっ。
「砦かぁ、楽しみだな。エミィと知り合ってから、たいくつすることがなくて良いや」
わたしが祖父様を後見人として、商会頭になる話をしたら、誘ってもないのに砦について来る気でいるエドガーに、ちょっとムカついたけど、ライドさんと2人で行くよりは良いやと納得しておく。
「でも商会頭って、大変な仕事でしょう?困ったことがあったら、いつでも言ってね。僕で出来ることなら、なんでも手つだうからね」
マキシムがにっこり笑って言ってくれたので、オセローの新しいルールについて、意見を聞くことにした。
「エミィ。エカルタや、バトルカードはいいのか?」
どうやらエドガーはバトルカードがどんな物か気になって、わざわざ買いに行ったらしい。しかも3つも。そして持ってきていた。ほんと、わたしと遊ぶ気、マンマンだな!
「うん。オセローと違って、印刷機を準備しないといけないからね。まぁ、できるまでの間に、色々と考えるつもりだけど」
どちらも絵師が描いた元絵が必要だから、準備に時間がかかる。特にバトルカードは、新しい絵師を探す予定だから余計に掛かりそうだ。
すると、そこでライドさんが、今日始めて口をきいた。
「カード用の印刷機ですが、普通の印刷機と少し違っているため、特注で注文する必要が在ります。そのため、昨日のうちに手続きを済ませておきました。ふた月後には、出来上がる予定です」
「あっ、はい。判りました」
やっぱりこのおじさん、仕事は早いのよね。報告を済ませたら、また、だんまりになったけど。
ただ、ありがたいことに、その後はライドさんは、道中ずーっと本を読むふりをしながら寝ていたので、わたしの胃に穴ボコが開くことは、なかった。




