乙女の商会?! さん
送受信板を使って、祖父さまに後見人と工房の場所について質問したら、返ってきたのは『後見人には、わしだけがなるからな!』だった。
(『だけ』って、どういう意味だろう?他には父さまぐらいしか、いないのに……)
工房の場所については、下の方に小さな文字で、町の近くに使われていない古い砦があるから、そこを使用すれば良いと書かれていた。
『砦』の文字に、大きく首をかしげる。
『砦』って、昔、戦争なんかの時に使われていた場所、よね?そんなとこに、工房なんか作って良いのかな?
とりあえず、首が痛くなってきたから悩むのはやめて、一度見てから決めると返しておくことにした。くわしい話は向こうに行ってから、聞けばいいよね。
あと、『後見人は祖父様だけに、お願いします』と送っておいた。なんだかよく判んないけど、乙女は気配りも忘れないの。
おかげで2日後、祖父様からの手紙が早馬便で届いた。
そして誕生祭が終り、ついにテリエさんとの契約の日。父さまが忙しいので、ハウレットのじい様といっしょに、10時に商業ギルドの中にある、特許課へと向う。
ギルドに入った途端に、いろんな人が次から次へとじい様に挨拶して来たものだから、少し驚いた。
「じい様、知り合い多いね!」
「まぁ、長年仕事をしてきたからな」
ちょっと自慢げに笑うのが、なんかカッコ良いな。
特許課の受け付けに行くと、すぐに『予約1』と書かれた個室に案内された。中にはすでにテリエさんがいた。
「テリエさん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
案内役の人が驚いた顔をしてたけど、ふへへっ、礼儀作法は、乙女の基本よ。
3人そろってテーブルにつくと、担当の職員さんが「それでは、特許の売買契約を行います」と宣言して、今回の条件や金額を読み上げていく。
「以上で、間違いありませんでしょうか?」
「間違いありません」「間違いないです」
テリエさんと二人で売買契約書に署名したら、あらかじめ預けていた特許の代金が、テリエさんに渡された。
テリエさんが代金を確認して、受け取りに署名すると、取り引きは完了だ。職員さんにお礼を言って、部屋を出る。
テリエさんが、そのまま商業ギルドにそのお金を預けるというので、その間に商会設立の書類を提出することにした。だって特許課のすぐ横にあるのよ、各種申請課って。
手に入れたばかりの特許証書と、こちらも事前に預けておいた保証金の預り証、そして祖父様から送られてきた手紙を、未開封のまま渡す。中には保証人になるための書類が入っているらしいけど、開けずに渡すよう、父様に言われたのよね。
これで申請は終りなんだけど、このあと審査があるらしい。
受け付けのおじさんが説明してくれたけど、1週間ほどかけて、お金や特許が不正に手に入れた物ではないことを確認して、問題なければギルドと王国の認印の押された許可書が、送られて来るんだって。
「なんだか、楽しみ〜!王国印て、どんなのかな~」
国章や王家の紋章は、誕生祭の間、王都のあちこちで見かけたから知ってるけど、国印って見たことないもの。そう思っていたら、
「なにを言ってる。さっき見ただろうが」
「へ?」
「特許証書の1番上に、押してあったろうが」
じい様に言われて、証書の上の方を、おでこの真ん中に力を込めて思い出す。うーん……あっ、なんか浮かんできたかも。
「もしかして、なんかウサギみたいなのが、リンゴの付いた枝を持ってるやつ?」
「あれは女神ビシューラを模した物で、商業ギルドの印だ」
「じゃあ、熊みたいなやつが、盾持ってる方?」
「そうだ。あれは聖獣プルートといって、この国の守護神獣だ」
ふーん。守護神獣が国印なんだ。大きな盾を構えた熊の姿をはっきりと思い出して、ちょっと可愛かもと笑ってしまった。
その後は、3人でハウレット商会に向う。これから2日掛けて、テリエさんに絵を描いてもらうためだ。
作業場所となるデザイン部の一画に案内して、報酬や注意が書かれた契約書に、テリエさんが署名しおわると、じい様は「これでお役御免だな」と言って、自宅に戻っていった。
入れ替わりで、ギレスが画材や本が入った箱を持って入って来る。
メダル用の絵は、実際の3倍から5倍の大きさの絵を描いて、それを元に型を造る。今回は3倍の大きさで描いてもらうことに、なっている。
「今回の題材は、『ダンジョンの扉』、『トイレとペラの葉』、『トイレとグンニーラの葉』、そしてダンジョンに生えてる『薬草のつる草』(ハニラックルって名前だった)などで、そのための資料として植物図鑑と、扉の完成図やトイレのスケッチ(師匠・画)を用意しました」
他にも下書き用のスケッチブックと、円の描かれた清書用の紙を渡しながら、説明する。
「できれば5種類ほど、欲しいです」
「この大きさに描けば、良いんですね。画材は何を?」
「清書は、こちらのインクでお願いします」
わたしがにじみにくい、特殊なインクの入った瓶を見せると、
「最後はこの大きさになるので、そこも考慮して描いてもらえたら、ありがたいです」
ギレスが丸い金属板を机に置いて、説明してくれた。
あまり絵が細かいと、小さくした時に、何が描いてあるのか、判らなくなるからね。
「文字は入れたほうが、良いですか?」
「町の名前が入った物は、いくつか欲しいです」
そのメダルを見た人が、クルグの町に興味を持ってくれたり、ダンジョンの宣伝になったら、ギルド長も喜ぶだろう。
テリエさんは、その日のうちに2枚、翌日には3枚の絵を仕上げてくれた。スケッチブックには他にも色々と描かれていて、どれも優しい感じの素敵な絵だ。
(うーん……なんか、バトルカードが売れなかった理由が判ったかも……)
バトルカードは、魔獣の描かれたカードを使って遊ぶゲームだけど、テリエさんの絵には、どうも迫力が足りないというか、おとなしいのよね。それが悪いわけでは無いんだけれど、もっと怖くて迫力があって、格好良い方が子供にはうけると思う。
(あっ、でも妖精とかだったら、いけるかも?)
バトルカードの絵師については、これから考えるとして、まずはオセローを売り出せるよう、準備しよう。その次がエカルタで、最後がバトルカードだ。
よし、商会の方針は決まった!くふふっ。わたしって、意外と商会頭さんに向いてるのかも?
家に帰る時間になったので、父さまのところへ行こうと文書管理部の側を通ったら、再提魔神がすごい顔をして、こっちを睨んできた。えーっ、わたし今日はまだ何もしてないのに、なんで?




