領主代行からの依頼 いち
母さまとじい様が無事和解して、『また今度ねー、絶対お手紙書くねー』な感じでお別れしたはずが、わたしエミリアは、本日6歳の誕生日を、じい様のお屋敷で迎えています。
まぁ、理由は単純。次の視察場所に向かう直前に、母さまがめまいを起こして倒れてしまい、それで慌ててお医者を呼んだ結果、母さまが懐妊している事が判ったの。なので大事をとって暫くの間、わたし共々じい様の屋敷に滞在する事になったのよ。
ねぇ、わたし。お姉さんに、なるんだよぉー!ふへへっ。
結果、父さまは一人で視察の続きを行う事になったんだけど、母さまがやたらと心配するので、じい様が選り抜きの騎士さん3人を、護衛として同行させての出発となりました。あと2週間ほどで、一旦、戻って来るそうな。
そして今、私はじい様から、どっからどう見ても誕生日のプレゼントには見えない物を、渡されていた。しかも、似顔絵を描いて貰っている真っ最中にだ。
「じい様、これ何?」
貼り付けた笑顔のまま、手渡された書類をヒラヒラと振れば、わたしを膝に乗せ、同じ様に笑顔を貼り付けたままのじい様が、しれっと答える。
「領主代行からの、依頼書」
「依頼書?」
「ちょっとお仕事のお手伝い、してもらおうかと」
「へげぇ?」
驚き過ぎて、変な声が出た。多分、顔も残念な事になったのだろう。絵描きさんが咳払いをしたので、慌てて元の笑顔を貼り付ける。
はい。『動くな、笑え』ですね、スミマセン。取りあえず、続きはコレが終わってからだな。
出来上がった似顔絵と同じ物を3枚、注文したじい様は、
「実は、前に代行やってた者が、不正がバレて首になってな。新しい代行に変わったんだが、そいつは王都で別の仕事がある為、当分、こっちに来れそうに無いらしい」
先程の書類とは別の書類を出してきて、母さまに見せる。
「事務仕事はともかく、その場に居ないと判らない問題等があるだろうから、こちらで調査し、出来れば解決までを、お願いしたいと言ってきてな」
「ふーん。じい様、頑張って!」
応援だけなら、いくらでもしてあげよう。
「いや、わし、もう引退した年寄りだしな。可愛いお手伝いが欲しいなぁ、と思って」
「ねぇ、エミィちゃん、面白そうよ。商会にお金も入るみたいだし、母さまも、少しなら手伝ってあげるし」
「なら、母さまが……」
「でも私、安静中の妊婦だから、動き回るのはちょっとねぇ」
(なんだろう。このよく似た生き物達は……)
思っても、口に出さない方が良い事ぐらいは、6歳の乙女でも判る。母さまが、先程じい様から受け取った書類を、こちらに渡してきたので、それを眺める。詳しい事は判らないが、確かに結構な金額が、報酬という文字と一緒に書かれてあった。
「これ、全部もらえるの?」
0の数を数えながら、じい様に確認する。
「勿論!場合によったら、追加報酬もあるぞ!」
じい様が、ニカリと笑う。この金額に、さらに追加報酬……素敵かも……
だってわたしは、もうじきお姉さんになるのだ。弟か、妹かは判らないが、生まれてきたら、いっぱい可愛がってあげたいし、贈り物だって、山ほどしたい!一緒に、絵本も読みたいし、オモチャでだって、遊びたい!
そしてコレだけあれば、絵本もオモチャも、買いたい放題!何なら、店ごと買えるかも?!ふへへっ!
「なら、お手伝い、してあげても、良い、かも……」
ちょっと勿体ぶって答えたのに、母さまとじい様が、変な顔して笑っているのは、なんでだろう?
「あんな方法で、本当に良かったのか?」
「えぇ。当人も、やる気になったみたいだし」
報酬の書かれた紙を手に、昼寝をしている娘を眺めながら、苦笑する。引き受けた時、勿体ぶった風を装っていたが、その前の本音も全部、声に出していた娘の顔を思い出すと、可笑しくて、嬉しくて堪らない。
(今から、良いお姉さんよね。でもさすがに、店ごとは無理よ……)
「しかしだな、やはり子供に仕事など……」
「お父様が子供には不相応な金額を、贈ろうとするからよ」
「いや、それは6年もの間、何も贈れなかったから……」
「だからといって、アレでは多すぎです!」
事の発端は、誕生日プレゼントとして、父がとんでもない金額をエミィに贈ろうとしている事が判明した為だ。
子供には不相応だから、要らないと言う私と、何が何でも贈ると言って譲らない父に、ならばと言って、夫が出した案が、エミィに仕事の報酬という形で、渡すというものだった。
元々、調べたり、造ったりするのが好きで、得意な子だから、何か仕事を与えた方が、ここに滞在中の暇つぶしには丁度いい。それに、退屈させたら、あの子はとんでもないことを仕出かすからと。
これには、私も同意した。
「でも、お父様。領主代行の仕事だなんて、よく思いついたものね。あれだと領地中を動き回らないといけないから、エミィも退屈している間が無いわ」
「いや、アレは本当に頼まれた仕事だぞ」
「えっ?!」
「依頼書も、本物」
「あら、やだ」
てっきり、父が適当に作った物だと思っていたので、驚いてしまった。どうやら娘は本当に、退屈する間も無い日々を、送る事になりそうだ。