乙女の商会?! いち
「ちょっと待て、エミリア。それら全部を今、うちの商会でするのは、無理だ!」
帰宅した父さまに『見学用の臨時タグプレート、記念にメダルにしちゃおう計画』と、玩具の特許を買った後のルールや絵の変更、そして新しいカードの印刷の相談をしたら、まさかのストップがかかった。
他にもまだ『刺繍で運動小僧を少しだけ、おしゃれにするぞ計画』や、『訓練道具を楽しい遊具にしよう計画』とかもあるけど、今は言わない方がいい気がする。うん、黙っていよう。
「なぜです?」
とりあえず、ほっぺに手を当て、首を傾げる可愛いポーズで聞いてみる。
「理由はいくつかある。先ず僕は今日、トイレ部門を立ち上げる為に建物の賃貸契約を結び、そのための従業員を雇ったところだ。しかも土魔法使いや、ダンジョントイレの事に関わる交渉事が、山ほど控えている。今これ以上、新しく仕事が増えるのは、さすがに厳しい」
「えっ、トイレ部門のために、わざわざ建物を借りたの、父さま?」
「そうだ。あれは独立させておいた方が、良いと思ったからね。それに契約した土魔法使い達の拠点となる場所も、必要だ」
そのため商業地区ではなく、冒険者ギルドのある南門近くの建物を、一棟丸ごと借りて、上部は従業員宿舎にする予定だと説明してくれた。
確かにダンジョンにトイレを造るんだから、冒険者ギルドに近いほうが、便利が良さそうだ。
それに仕事場に寝泊まり出来る場所があったら、遠くに住んでいる人でも、求人に応えやすいよね。
「次に、うちの製造部には玩具部門が無い。しかもエミィ。商会は今、春のカタログ作成の真っ最中だよ」
そうだった!こないだキリアンに言われたのに、キレイスッポリ忘れてたわ!
「そんな時にトイレ部門だけでなく、新しく玩具部門を作るとか、カードを多量に印刷するなんて言ってごらん?職員が暴動を起こすかもしれない」
去年の秋のカタログ作成の時を思い出して、納得する。その間は全部の部門が忙しくなるけど、特に文書管理部あたりは締切が近づくにつれ、ピリピリとした雰囲気になっていくから、近寄るのもイヤだったもの。
「なら全部、外注に出すの?」
そんな事をしたら儲けがグンと減るから、わたしとしては、したくない。
「いや。ダンジョントイレに絡んだ仕事は、当然だけど、うちでするよ。確か、見学客向けの道具だったね」
「そう!ギルドが発行する臨時のタグプレートを、メダルに加工する機械!ダンジョントイレの見学会は、すぐにでも始めたいの!」
この見学会には、ギルド長のモリスさんも期待していて、多くの問い合わせの返事の合間に、見学者向けの冊子をせっせと書いているらしい。
「判った。それは、どこまで話が進んでる?」
「メダル用の絵ができ次第、技術部のキリアンが作ってくれるって。描いてくれる人も、もう見つけてある」
誕生祭が終わり次第、2日ほどかけて描いてもらうから、絵ができるのは6日後だと言うと、父さまはメモを取りながら、ホッとした顔をする。
「なら、これは問題なさそうだね」
メモに何か書き足して紙ばさみにはさむと、そこから別の書類を取り出した。
「では、残りの玩具やカードのことだけど、エミィ自身が、玩具の製造販売する商会を新しく設立するというのは、どうだろう?」
あ?6歳児に何言ってんですか、父さまは。
「だって特許は、エミィのお金で買うんだろ?」
確かにそうだから、うなずく。だけど、子供が商会頭なんて、聞いたことがない。
「商会設立に、年齢に関する規約はないよ。未成年者の場合は、後見人が必要だけどね。それに製造販売を行う商会に必要なのは、個人で保証金500万デルを準備出来る事と、その職種に関する特許を2つ以上所持している事だから、問題ない」
「父さま。特許を買うのにお金を使うから、そんなに残らないと思う。たぶん、ぜんぜん足りない」
お金は銀行に預けてあって、正確な金額はわからないけど、500万も無かったはずだ。特許料を払ったら、100万も残らないと言うと、父さまは笑いながら、
「今関わっている領地の仕事の報酬だけど、すでにエミィの口座に振り込まれているよ」
そう、教えてくれた。
「えっ?!あのお金、もう、もらえたの?まだ仕事は終わってないのに、良いのかな」
「計画自体は立て終わっているし、お義父さんが良いと判断したんだろう」
父さまは苦笑しているけど、そういうことなら、ありがたくもらっておこう。
だけど商会かぁ。そんな事したら、もっと忙しくなりそうだし……あっ、でも、玩具の製造販売ってことは、玩具屋さんを手に入れたのと同じようなもの、よね?
だったらわたし、『おもちゃをたくさん買ってあげられるお姉さん』どころか、『欲しいおもちゃを、好きなだけ作れるお姉さん』になるってことだ!
可愛い妹や弟が欲しがるおもちゃを、次から次へと華麗に取り出す姿が頭に浮かび、『ねえさま、すごい』『ねえさま、大好き!』という、可愛い声がこだまする。
ふへへん、ふほほっ、ふひょほほほほ…………
「エミィ。悪いが、書斎で笑いながら踊るのは、やめてくれないか……」
しまった。あまりにも心とろける想像に浮かれてしまって、乙女にあるまじき行動をしていたわ。高く上げていた両手と片足をおろす。
「あと、後見人には僕がなるつもりだけど、お義父さんにお願いするのも良いと思っている。特に今考えているものを、あちらで販売するなら、その方が色々と融通が効くかもしれないからね」
うーん、言われてみれば、確かにそうかも。街で一番大きな家に住んでるってことは、地元の商会や職人さんにも顔が利くだろうし、色々と都合が良い気がしてくる。
でも、そんな事よりも、ずっと気になっていることがある。これだけは、ぜったいに確認しておかないと。
「父さま。商会を設立した場合、わたしの主任デザイナーの地位はどうなるのでしょう?」
『乙女の快足』シリーズのデザインは、今も私が履きたい靴の絵を描き散らした中から、選ばれている。
「えっ?!気になるのは、そこ?」
「もちろんです!あれは、あれだけは、誰にも譲りたくありません!」
わたしの決意が通じたのか、父さまはため息をつきながらも、うなずいてくれた。
「なら、継続してもらうから、心配はいらない」
「では、外注扱いになるので、契約書をお願いします!」
こういうことは、キチンとしておかないとね。
「……判った。正式に商会を設立したら、契約を交わそう。約束する」
やったー!わたし、主任デザイナーで、玩具商会の商会頭になるんだ!これって、お姉さんとしては、最強よね?




