モブ令嬢の企み 2
ついに来たわ、王都よ、王都!第二王子の誕生祝賀会に出席するお父様達に頼んで、連れてきてもらったけど、道中はホント大変だったわ。
この時期の街道は混むからと言って、お父様が立てた旅程ときたら、馬車宿場の無い道を通ることが多かったんだもの。
結局最後は宿に泊まるために、街道に戻るのだから、かかる時間はあまり変わらないのにって、お母様はブツブツ言ってたけど、ホント、そう。
しかも、わざわざ『トイレのついた馬車』を借りたけど、あれって階段が梯子みたいに細くて、すごく登りにくいのよね。
おかげで何回も足をくじきそうになったし、見た目もカッコ悪いし。確かに衝立の陰でするよりはマシだけど、アレはもうコリゴリだわ。
王都に屋敷を構えていない貴族は結構いて、ブランシ家もそう。だからホテルに泊まるのだけど、誕生祭の間はどこのホテルも満杯なんだって。
中には宿が取れず、ホテルに無理を言ったり、知人の屋敷に押しかけたりする人達もいるって聞いて驚いたけど、実際、私達が着いた時も、泊めろと騒ぐおじさんがホテルの前にいた。
「俺は男爵だぞ!」なんて怒鳴っていたけど、ホントみっともない。貴族専用のホテルの前で、男爵だなんて言っても、誰も相手にしないわよ。
しかもホテルに入ろうとする私達に近づいて来た時は、絶対、自分に宿を譲れと言うつもりだったと思うわ。だってお父様が伯爵だと判って、凄く悔しそうにしてたもの。
でもね、おじさん。私達は伯爵家だから泊まれるのではなくて、4ヶ月前から予約していたから泊まれるの。勘違いしないでほしいわ。
案内されたのは、個室が3つと応接エリアのある部屋で、しかも専用メイドまでいるから、お母様も機嫌が良い。当然、私専用の部屋もある。これなら、計画も立てやすくて良いわね。
(いいこと、私。ここからは、よく考えて計画しなければ、いけないわ)
テーブルに『オモキミノート』を広げ、確認していく。まず、引ったくり事件が起きるのは、誕生祭の2日目で、場所は商業地区の噴水広場近く。ここまでは、判っているのよね。
でも、その噴水広場がどこか知らないから、メイドに頼んで、王都の観光地図を持ってきてもらった。
(このホテルが貴族街の端っこの、ここでしょ。で、商業地区がここ。あっ、そんなに遠くはないわね。これなら歩いてでも行けそう)
当日は、一人で出歩くのは危ないから、従僕のノアに付いて来てもらうことになっている。
誕生祭は明日からだから、動くのは明後日。あーっ、今からドキドキしてきた。そうだ、着る物はどうしよう。
商業地区を周るから、あからさまに貴族とわかるのはダメだけど、やっぱりマキシムに初めて会うんだから、可愛い恰好をしたい。
お父様に街歩き用の服が欲しいというと、既製服の洋品店から商品を取り寄せてくれた。どれも動きやすそうなワンピースで、見せてもらった中から、ピンクと水色の二着を選ぶ。
どちらも可愛いので迷った挙句、両方買うことにした。当日の気分で決めよう。次は靴ね。3つ並べられた靴箱に手を伸ばした私は、そこに書かれた文字を見て、固まった。
(ま、まさか、これは……)
震える手で、全てのフタをそっと開けていく。
(間違いない!)
「靴、どれにします?」
「全部……」
「はぁ?出歩くのは明後日だけですよね?なら、3足も要らないでしよう」
聞かれたから答えたのに、なんで口答えしてくるかな、この従僕は。
「いいから、全部買って!」
だってコレ、今人気の『乙女の快足』の最新作なのよ!全部買わないで、どうするのよ!
ノアが呆れた顔をしてるけど、可愛い靴なんて、いくらあっても困らないんだから、良いの!
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ついに当日!事件が起きる時間が判らないから、売店が開く昼から待機よ。もちろん一カ所にじっとしていると、ノアに不審に思われるから、一応見て回るけど、あたりをつけた場所からは、出来るだけ離れないようにしないと。
まぁ、あまり早い時間ではないだろうから、午前中は色んな店を周ったり、売店を眺めたりしていた。市場の近くでは、雑貨屋や文具店なども、庶民向けだけど、結構可愛いものも多い。兎柄のレターセットを衝動買いし、新年のお祭りに使えそうな、髪飾りも買った。
串団子の屋台を見つけた時には、嬉しくて3本も買ってしまったわ。まさか、みたらし団子が食べられるとは思わなかったんだもの。
イナリヤシロ名物って書いてあったけど、お稲荷さんと何か関係あるのかしら?あー、それにしても、甘じょっぱさがたまらない。これがあるってことは、醤油や味噌もあるのかしら?もし見つけたら、買って帰ろうっと。
昼食は、ノアがフルーツジュースを買ってきてくれたので、迷ったけど屋台で売られているパンにお肉と野菜を挟んだ、バーガーのようなものを食べることにした。もちろん優しい私は、ノアの分も買う。
二人で近くにあったテーブルに座り、悩んだ末に、かぶりつくことにした。だって、他に食べ方が思いつかないもの。ノアの目が冷たい気がしたけど、気にしないて食べる。うん、酸味の効いたソースが、香ばしいお肉にあっていて、美味しい。その時、
「ひったくりよ!誰か捕まえてぇ!」
女の人の叫び声がした。
(きたぁ!!)
急いで口元を拭き、声のした方にドキドキしながら目を凝らす。
だけど、誰も走ってこなかった。
その代わり、ガッ、ゴン!と音がしたかと思うと、「びでぶっ」 「げべっ」という変な声に続いて、ワッと歓声が聞こえる。たぶん、引ったくり犯が捕まったのね。
(なんだ、今のじゃなかったんだ……)
まぁ、ひったくりなんて、きっと毎日何件か起きるのだろう、そう思っていた。思って、ずーっと待ち続けた。でも、結局その後は大した騒ぎも起きないまま、気づけば夕方になっていた。
商店のいくつかは閉まり始めているし、屋台はとっくに無くなっている。
「お嬢さん、そろそろ帰りますよ」
ノアの声に、冷たさが宿ってる気がする。わたしは足元を転がっていくゴミをぼんやりと眺めながら、「わかったわ」と返事をした。
視線を上げると、ノアは大きな紙袋を抱えていた。いつの間に、買ったのかしら。
「なによ、その荷物」
「旦那様からの、頼まれ物です。ほら、グズグズしない」
「うるさいわね。判ったって言ってるでしょ!」
ほんと、優しくないのよね、この従僕ときたら。繊細な乙女心が、まるで判っていないんだから。
私は今日、マキシムの初恋の人になろうと思って、準備して、オシャレして、ドキドキしてたのに、それが全部無駄になったんだから、少しは優しくしてくれても、バチは当たらないと思うわ!
転がっていた紙くずを丸めて、ノアの背中に投げつけるけど、それを振り返えらずに避けられた。
アイツ、後ろに目でも付いてるの?ホント、ムカつく!
彼女は知らない。ひったくり事件は、確かに起きていたが、それは一人の少女の手によって、あっという間に解決していたことを。
そして、彼女の推しであるマキシムは、その少女と楽し気に手をつないで、すでに帰ってしまったことを。
彼女は知らない。ある一人の少女のために、乙女ゲームは始まらないのだ。




