街にお出かけ にぃ
鞄を取り戻したおばさんにお礼を言われ、縛られた引ったくり犯が、憲兵さんに引き渡されるのを見ていたら、ようやくエドガーとアルノーさんが戻ってきた。
「なにか、あったのか?」
「ちょっとね。それより、二人とも遅かったけど、なにしてたの?」
「少し先を左に曲がったところにある街中トイレが、そんなに混んでなかったから、そこに行ったんだけど、戻ったらアルノーがいなくてさぁ」
エドガーは恨めしげにアルノーさんを見るけど、わたしにはアルノーさんがエドガーを置いて、勝手にどこかに行くとは思えない。
ここはアルノーさんにも、何があったのか聞かないとね。
「心配をおかけして、申しわけないです。並んでいる人のジャマにならないよう、曲がり角近くで待つことにしたのですが、なかなか戻って来られなくて。なのでトイレまで見に行ったのですが、そこにも居られなかったので、もしかして迷われたのかと思い、探しに動いたのですが……」
あー、お互いに探し回っていて、少し前にやっと会えたわけね。
「エドガー。確認だけど、たとえば左に曲がってトイレに行ったら、出てきた時は、同じ所を右に曲がらないと、元の場所には戻れないよ」
「判ってるさ。だから猫が二匹いた所を左に曲がったから、出てきたときは、そこを右に曲がったんだ」
ん?!今、なんて言った?目印が、なんだって?
「「「ねこ?」」」
わたしとアルノーさんとマキシムが、そろって首をかしげる。
「そう。ブチのやつと、白いの。そいつ等がいた店の角を左に曲がった所にある、トイレに入ったんだ。だから出てきた時、わざわざ白とブチの猫がいるのを確認してから、右に曲がったのに、アルノーがいなくてさ」
これかー!前にエドガーが描いた地図を見て、祖父様が、心配してたのは。確かに、迷子になったわ!本人、全く自覚がないけど。
「おかしいよな」
首をかしげるエドガーに、マキシムが生き物は動くから、目印にしたらダメだと説明している。
「でも、あいつら座ってたぞ」
エドガー、それは、たまたま見た時に座っていただけで、動いていない証拠には、ならないんだよ……
その後、目印にしていい物はどんな物か、3人でエドガーに説明することになった。
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書類に書かれた住所を頼りに、ステフ・テリエさんの文房具屋へと向う。そこは入口広場から市場にむかう筋にあり、日用品や手頃な食器等を扱う店が、軒を連ねていた。
「なんて店?」
「テリエ文房具店」
「なら、あれじゃない?」
マキシムが指差す方を見ると、金物を扱うお店の横に、『文房具』と書かれた、小さな看板が見えた。
『レターセット 新年用 販売中』と書かれた紙が貼られてある扉を開けると、カラン、という音と「いらっしゃいませ」の声に迎えられる。
紙とインクの匂いがする店内は、狭いけれど商品がきれいに並べられていた。
「すみません。ハウレット商会のエミリアといいます。ステフ・テリエさんはおられますか?」
店番らしい女の人に聞くと、不思議な物でも見るような顔をされたけど、後ろにいるアルノーさんを見て、納得したのだろう。「お待ち下さい」と言って、店の奥に入って行った。
これは、確実に勘違いされたなぁ。
まぁ、良いけどね。確かに普通、商会を代表して来るのが子供だとは、思わないだろうしね。
待っている間、店の中を見て回る。封蝋やペン、インク等が並んでいだけど、柄入りのレターセットが1番多かった。特に新年用と書かれた棚には、華やかな花柄の物が何種類も並んでいだけど、値段はそれほど高くない。
マキシムがいくつか手に取って、眺めている。少しして男の人が奥から出てきて、アルノーさんに頭を下げた。
うん。やっぱり、勘違いしている。
「商会の方ですね、お待ちしてました。店主のステフ・テリエです。どうぞこちらに」
店の奥に案内されるアルノーさんの後ろをついて行きながら、どうしようか、考える。
テリエさんがアルノーさんに椅子を勧めたので、そこで事実を伝えることにした。
「申し訳ない!」
「気にしてない」と言ったけど、すごく謝られてしまった。いや、机に頭をすり付けて謝られても、どう返せば良いか判らないから、困るだけなのに。ホント、もう良いから商談に入ろう?!
特許の正式な売買は、商工ギルドの特許課に行かないと出来ないけど、お互いの条件を明記した書類は、前もって作ることが出来る。
今回、こちらが出した条件に納得してもらえない場合、特許を買っても思うように使えないから、今日の交渉はすごく大事だ。
落ち着いたテリエさんに、持ってきた書類を見せる。これは文章作成部が作ってくれた、正式な書類だ。
こちらの買い取り条件として、すべてのゲームで、売った後で、名称とルール、そして絵柄の変更を了承するよう、求めている。
「これらのゲームを、されたことは?」
書類に目を通したテリエさんの質問に、正直に答える。
「オセローは、あります。バトルカードは、玩具店で見ました。エカルタは、まだ見たことがないです」
「では、こちらを」
エカルタと書かれた箱を、出してきた。フタを開けると、2種類のカードが入っていた。片方には犬の絵と『い』の文字が描かれていて、もう片方は言葉が書かれている。
「この『犬も歩けば棒にあたる』って、なんですか?」
「えっと、そう云うことわざ、なんですが、知らないか……そうか、そうだよな……」
テリエさんは、少しさびしそうにつぶやくと、
「どうやって遊ぶかだけ、説明しますね」
エカルタを箱からだし、遊び方を教えてくれた。
「こうやって、絵札を全部広げて置いたら、こちらの読み札を読む。そうして、読まれた言葉の最初の文字の有る絵札を探して、取るんです。何人かでやって、1番たくさん取れた人が、勝ちとなります」
札はそれぞれ、基本文字36字分あった。
「小さな子が、字を覚えるのに使えそう。でも、言葉の意味が判らない物が多いから、もっと判りやすいものに変えたいです」
「そうですね。契約書には『絵柄』とだけ書かれてますから、『文章も含む』と追記しましょう」
「お願いします。それと、絵を新しくするので、出来ればこの絵を描いた人を紹介していただけませんか?」
玩具屋で見たバトルカードと、色合いが似ているから、同じ人かもしれないと思って、聞いてみる。
「これは、私が自分で書いたんです」
テリエさんが、照れくさそうに答える。
「もしかして、こちらの便箋も、テリエさんのデザインですか?」
熱心にレターセットを見ていた、マキシムが質問する。
「はい。うちの便箋と封筒のデザインは、ほとんどが、私のデザインでして」
へぇ、良いこと聞いちゃった!これは、上手くすると、メダルの絵柄問題も一緒に解決するかも?よし、ここは『思い付いたらキッチリ実行』だ!
「ちなみにテリエさんは、2日ほど仕事を休むことって、できます?」
エカルタは急がないけと、メダルはそうも言ってられないからね!
「誕生祭が済んだ後なら、大丈夫ですが、特許課は半日もかからないと思いますが」
「いえ。それとは別に、絵の仕事を受けてもらえないかと思って。内容に関しては、今は詳しく言えませんが」
言いながら、報酬も伝える。これは斡旋所に頼む場合にかかる料金と同じだけど、斡旋手数料分が上乗せされた形になるから、2日だけの仕事としては、かなり良い金額だと思う。
「2日間、何枚か絵を描くだけで、その報酬を?」
うなずくわたしに、テリエさんは右手を出して、よろしくお願いしますと言ってきた。商談成立!出された手を握り、ブンブンと振る。
ふへへっ、やったね。これでメダルは、出来たも同然!必要な署名も全部書いてもらえたし、順調ー!と浮かれて家に戻ると、父さまから、まさかのストップがかかった。
え~、なんで~?!




