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乙女を取り巻く、おじさん事情

 ガン、ガン、ガン!


 けたたましいノック音に急かされるように、扉が開かれ、


「これはこれは、ベルクール様。ようこそお出で……」


「どこにいる?」  


「旦那様でしたら、執務室におられます」


 出迎えた家令(レノー)に対して、いささか礼儀を欠いたやり取りが聞こえ、思わず頬が緩んだ。


(普段は礼儀にうるさいアイツも、さすがにアレを見れば、冷静さを欠くか……)


 こちらに向かって来る足速な足音を聞きながら、執務室の壁に飾られた、額装を済ませたばかりの似顔絵を見る。


(わしでさえ、あれ程驚いたのだ。やつの驚きようは、想像にかたくない)


 バンッ!


「おい、ドアを壊す気か?」


 久しぶりに見た友、マルク・ベルクールは、変わらず壮健のようだ。もっとも、かつては黒々としていた髪は灰色となり、その相貌には年相応のシワが刻まれている。まぁ、わしも似たような物だが。


「いったい、どこの誰なんだ?」


「何がだ?」


「惚けるな、この子のことだ!」


 挨拶もせずに、小さな額を突き出してくる。額の中身は先日送りつけた、わしとエミィの似顔絵だ。


(いや、まて。エミィの所だけ、丁寧に切り抜いて額装してるじゃないか!なんて奴だ!)


 だが、ここで狼狽えるわけにはいかない。


「何かと思えば。どうだ、良く描けているだろう。この子は先日、突然我が家を訪問してきたのだが、あまりに愛らしいので、絵師を呼んだんだ」


「ごたくは要らん。何者だと聞いている」


 相変わらず、せっかちな奴だ。だが、これ以上怒らせても仕方がないから、話すとするか。


「孫だよ」


「孫だと?! お前の孫は男ばかりで、女の子は一人も……まさか、アンジーの娘か?しかしあの子は」


 コン、コン。


「ようやく和解できましたの。お久しぶりです、マルク伯父さま」


 開いたままの扉を軽くノックしながら、娘が入ってきた。おかげで早々の種明かしとなったが、仕方がない。


「アンジー!」


 まるで幼子のように娘を抱き上げる旧友に、妊婦だから少しは遠慮しろと言うと慌てて降ろしたが、娘はカラカラと笑っている。

 『北の氷壁』などと呼ばれ、領民どころか国中から恐れられているこの男も、アンジェリーネにしてみれば、幼い頃から自分に甘い親戚でしかない。


「では、やはりこの子は、君の娘か。よく似ている」


 手にした似顔絵と、娘と見比べる。その瞳が更に『彼女の面影』を追うのが見え、少しむっとする。愛しのエルヴィーヌ。君は未だに、罪作りだな。


「えぇ。エミィ、エミリアという名で、6歳になります」


「それで、そのエミリアは、どこにいる?」

 

 キョロキョロとあたりを見るが、残念だったな。エミィは留守だ。


「今、あの子は王都に戻っていますの。色々とする事があるようで。今はクロード兄様の屋敷を、訪問しているはずですわ」 


「まぁ、2週間もすれば戻って来るが、それまで待つほど、お前は暇ではなかろう?」


 こいつは爵位こそ息子に譲っているが、未だに多くの仕事を抱え込んでいる。それ程長い間、屋敷を空けることは出来まいと思っていたのだが、


「2週間か……では、それまで厄介になるとするか」


「はっ?」


 思いもよらぬ返事に、声が上ずる。


「おい、帰らなくて良いのか?仕事はどうするんだ?」


「問題ない。俺の息子は優秀だし、補佐官もいる。何なら2ヶ月程戻らなくても、支障は出ない」


 マルクがニヤリと笑うと、アンジェリーネが手を叩き、「ならば、お部屋を用意しないと」と、弾んだ声をあげる。


(まさかこいつ、2ヶ月もの間、居座るつもりか?せっかく娘との水入らずの生活に、とんだ邪魔が入ってしまった。くそっ、ちょっと自慢したかっただけなのに……)



 ***



 俺、ステフ・テリエは転生者だ。そのことに気が付いた時には、舞い上がった。16歳の時だ。頭を打って思い出すなんてことはなく、ジャガイモを食べている時に、ポテトチップスが食べたいと思ったのが、きっかけだった。

 転生前の俺がなんで死んだのかは、判らない。高校を卒業して、地元の小さな印刷工場に努めていたが、別に病気でも無かったし、事故にあった記憶も無い。ただ、なんとなくサイレンが煩かった事だけは憶えている。


(あれは何のサイレンだったのか……)


 ともかく、転生チートで大儲けしてやると張り切った俺は、早速リバーシとフライドポテトの特許を取ることにした。

 食品の調理法の特許は1年限りだが、玩具の特許は金さえ払えば、最大30年まで伸ばせるということで、俺はリバーシを『オセロー』という名で、30年の特許申請を行った。

 親に頼み込んで金を借り、面倒臭い書類を山程書くことになったが、なんとか2つの特許の申請を済ませた時は、これで人生勝ったと思った。


 実際、最初はよかった。オセローはそこそこ売れたし、フライドポテトは大当たりで、借りた金はすぐに返せた。

 しかし、あっという間にオセローは売れなくなった。俺自身はゲームをしたことは無かったが、読んでいた本や漫画では、皆が熱狂していたので、不思議でならなかった。


 そしてフライドポテトは、特許が切れた途端に同じ物を出す店が増えた。そのため、ろくに商売のことを知らずに勢いだけで増やした店は、気が付けば立ち行かなくなっていた。

 ポテトチップスは上手くパリッと揚げられなかったので、後々の課題として置いていたが、今ではお蔵入りのネタでしかない。


 それでも俺はまだ、カルタやカードゲームがあると、高をくくっていた。それらも又、読んだ漫画ではバカ売れしていたからだ。


 印刷技術はこの世界にもあり、印刷会社に勤めていたとはいえ、技術者ではない俺は、新しい機械の開発などは到底無理だ。

 だから既にある技術を使い、自分で描いた絵で、カルタとカードゲームを作った。もともと漫画が好きで絵を描くのも好きだったから、それらは直ぐに出来上がった。

 そして『エカルタ』、『バトルカード』と名付け、特許をオセローと同じ最大の30年として、多くの書類を再度書き、結構な金を払った。

 そんな金、すぐに何倍にもなって、戻ってくると思っていたからだ。


 だけど、どちらも期待したほどは、売れなかった。あれから10年。今は文房具屋の店主として、そこそこの生活をおくっている。

 5年前、わずかに残った金を資金として、小さな雑貨屋を始めたのだが、その時近所に住む少女の希望で、可愛い柄入りの安いレターセットを作ったところ、それが評判となって、それなりの売り上げが出たのだ。

 今では少し広い店に移り、季節に合わせて新しい柄を出したり、少し上等な品も扱っている。


 2年前に、結婚もした。もうじき子供も生まれるということで、過去をきっぱりと切り離そうと、持っていた特許を売りに出そうと決めたのだ。


 2か月ほどは、誰も何も言ってこなかったが、最近になって問い合わせが来た。大手の商会が興味を示してくれて、明日、関係者がうちの店に来るという。

 あれが売れたら、住居付き店舗に引っ越そう。出来れば、子供部屋が2つある所が良いな……

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