お家訪問! よん
「俺が招待したのに、父さまや母さまばかりがエミィと遊んでるって、おかしくない?」
昼食後、午前中に馬房掃除の手伝いを終わらせたエドガーが、庭園横の広場でジル達にぼやいた。その頭には、昨日贈った耳付き兜が乗っかっている。
気に入ってくれたのは嬉しいけど、恨めしそうな目でわたしを見るのは、やめて欲しい。
確かに、今朝は朝食後すぐにクロード伯父様たちが訓練する様子を見学して、筋肉自慢を散々聞いたあと、ロメリア伯母様と2回目の試着会を開いたので、否定できない。
でもね、エドガー。乙女としては、運動小僧とかけっこや剣の訓練をするより、キレイなワンピース着てクルクル回っている方が、楽しいの!
帽子や手袋まで着けて、伯母様や侍女さん達から「可愛い〜!」って言われ、ふへへ、ふほほと笑いながら、天まで舞い上がったわたしが言うんだから、間違いない!
ちなみに今は、そのうちの一つを着ている。水色のワンピースで、後ろで結ばれた大きなリボンが可愛いデザインだ。
うちは庶民としては裕福な方で、衣服もそれなりに良い物を着ているとは思っていたけど、これは生地の手触りから全然違う。おまけに虹色のビーズが沢山縫い留められていて、眩しいほどだ。
特に今は陽射しの中にいるから、わたしの周りに虹が出来てもおかしく無いほど、光り輝いている。
これってたぶんガラス、だよね。さすがに子供の服に、宝石ってことは無いだろう。判んないけど……
「ねぇ、エドガー。ずっと疑問に思っていたんだけど、マキシムって何者なの?」
マキシムは、急いで書かないといけない手紙があるからと、朝から自室にこもっていて、昼食も自室で摂っていた。当然この場には、いない。
「あれ、言わなかったっけ?爺さまの友達の孫なんだけど、親戚でもあるんだ。父さまとマキシムの親が従兄弟同士でさ、小さいときからよくここに遊びに着てるんだ。だから専用の部屋もあるし」
親戚だと聞いて、納得した。伯父様の部下の子供のジルやサミー達とは、明らかに待遇が違っていたからだ。
でも、伯父様の従兄弟ってことは、母さまの従兄弟でもあるから、私とも親戚だよね?
「ちなみにマキシムの家って、バルザック王国のベルクール辺境伯家だから」
「へっ?!」
また出た、辺境伯家!
どちらの国にも辺境伯家は一つしかないのに、そのどちらもが親戚って、エドガーの家ってなに気にすごいのかも?でも伯父様は子爵領主代行で、しかもその仕事を姪に丸投げしてるけど。
それにしても、マキシム、お貴族様だとは思っていたけど、そんなに高い身分だなんて、ちょっとびっくりだわ。
「この国の辺境伯家と、お隣の辺境伯家って仲が良いの?」
「まぁね。ほら、どちらもデルバール皇国に接してるから、昔から合同訓練とかしていて、交流があるんだ。子供が参加できる野外訓練なんかもあって、結構面白いよ」
一番年長の、ジルが説明してくれる。
「そうなんだ。知らなかった」
この国の北の端に連なるベルキープス山脈の向こう側にあるデルバール皇国は、土地は広いけれど、冬が長く厳しいせいで、作れる作物が限られる上に、税が高いから住んでいる人たちは大変だと聞いたことがある。それとは別に、何かと物騒な噂があるみたいだけど、大人は教えてくれないので、よく判らない。
だけど訓練が面白いって、やっぱり運動小僧の感覚は、謎でしかない。でも気になるので、
「例えば、どんな事をするの?」
この質問には、そこに居た運動小僧全員が、喰いついてきた。
「ぶっとい丸太を、ロープ使って登るんだ!」
「木の上に、隠れ家を作るんだぜ!」
「チーム戦をして、勝ったらご褒美が出るし!」
「外で、ご飯作ったんだ。しかも、自分で串に刺したお肉を焚き火で焼くの!」
いっせいに話し出すけど、わたしの耳は二つしかない。そして頭は一つだ。頼むから、一人ずつ話して!
でも確かに楽しそうだ。そして、今考えている事にも使えると思った。ふふん、なるほど。ふへへへっ、ここからも、お金の匂いがして来るよー!
ということで、『運動小僧の楽しい訓練』について、このエミリアさんがしっかりと聞いてあげよう!
どうやら合同訓練では、木とロープを使ってかなり大掛かりな設備が造られ、その中で子供でも出来そうな物を使って訓練は行われるという。でも、それだけではなく隅の方には遊具なんかもあって、小さい子達はそこで遊んだりしているらしい。
だとしたら、辺境伯領にはそれらを造れる人たちが、居るってことよね。なら、親戚である伯父様の手を借りることが出来れば、なんとか成るかも?
ついでに着る物についての希望も、聞いておく。こちらも口を揃えて、動きやすい方が良いから飾りは要らないけど、刺繍ぐらいなら、良いということだった。
ただし、ジャマにならない場所だけだと、エドガーが言う。
「袖はまくったり、スレたりするから、だめだな。あと、裾も、ズボンに入れる時に引っかかりそうだからイヤだ」
なら、やっぱり胸元か、衿が良さそう。後は好きそうな図柄だけど、これって見本がないと、難しいのよね。例えば『猫と植物』はご婦人たちに人気の柄だけど、その中でも大人気の物と、それほどでもない物があったりするからだ。
(見本集みたいな物を作った方が、良いかな……)
その後は、サミーとルイが耳付き兜をすごく羨ましがり、どこで買ったのか聞かれたので、詳しく場所の説明をしたけど、値段を聞かれたときは、さすがに困った。
まさか渡した当人の前で、値段は言えないから、後でこっそり教えてあげると言っておいた。
夕食後、今日わかったことや、思いついたことをひと通り書き出したわたしは、送受信板の前に立った。父さまや母さまと、連絡を取るためだ。
かさ張るけど、コレを持って来て良かった。おかげで昨日のうちに、父さまにオセローの特許を買うことや、それに関するわたしの希望を、伝えることが出来た。
そして明後日、特許の持ち主に会いに行くことが、決まったと知らせが来ていた。
『エミィが会いに行っても良いけど、どうする?』と書かれていたから、『自分で行きたい!』と返事を送る。
母さまからは、伯父さんが訪ねて来た事が書かれてあり、わたしにすごく会いたがっているとあった。
母さまの伯父ってことは、爺さまのお兄さん、てことかな?どんな人だろう。まぁ、ここは一つ、社交辞令ということで、『わたしもぜひ、会ってみたいです』と送っておいた。