お家訪問! にぃ
「エドガー!エミリアをどこへ隠した!」
建物の方から怒鳴り声が聞こえたかと思ったら、金髪の男の人が走ってきた。おそらく、クロード伯父様だろう。走りながらエドガーを指差し、
「ジル、そいつを捕まえろ!」
「了解!」
「あっ、こら、ジルの裏切り者!」
「俺は将来、騎士団に入りたいんだ。今から団長様のおぼえを、良くしとかないと」
「くそうっ、離せ!」
身体強化を使い、なんとか逃げようとするエドガーを、サミーとルイが加勢して、押さえ込む。クロード伯父様らしき人は、わたし達の直ぐ側まで来ると、どこからか縄を取りだして、エドガーを縛り上げた。
エドガーによく似た面差しに、クロード伯父様だと確信する。伯父様はパンパンと手を払って、わたしの方を向くと、
「アンジー?!いや、違う。母上に……」
まじまじとわたしの顔を見て、つぶやくと、母さまと同じ緑の目に、涙を浮かべだした。じい様に初めて会った時を思いだされ、嫌な予感しか、しない。
「エミリアだね、クロード伯父さんだよぉ!」
感極まった声で叫びながら、私を抱き上げようとするけど、あいにく私の両手は、マキシムに握られたままだ。
「あーっ、マキシム。その手を離しなさい」
「クロードおじさん。それは命令ですか、それもお願い?」
伯父様はマキシムを睨みながら、考えた後、
「お願い、だ」
「じゃぁ、シカタナイですね」
そう言ってマキシムは、わたしの手を離した。ある意味、助かったのかもしれない。そのやり取りのおかげで、クロード伯父様の涙は収まったようだからね。結局、抱き上げられけど。
「本当に、母上にそっくりだ」
そう言って、ぎゅっと抱きしめられる。
うん、少し苦しい。
嘘です!息するのもしんどいし、声出したら、肺の空気ぜんぶ出そうなくらい、苦しい!でも泣かれるよりはマシだから、ガマンだ!
でも長引くようなら、両手で頭の毛を毟りながら、素敵なつま先で、みぞおち辺りを2、3回、けってやる!
ありがたい事に、すぐに緩まった。あぁ〜助かった。空気は美味しいし、伯父様は禿げてない。良かった、良かった。
「さて、エドガー。エミリアが到着したら、応接室に案内するよう言っていたはずなのに、どういう事だ?」
エドガーは、だんまりを決めていたけど、
「すごい従姉妹が来るから、自慢したかったみたいです。僕たちを集めて、だれがエミィに勝てるか、賭けをしてました」
ジルがばらし、
「部屋も、いつでも遊べるように、自分の部屋の近くにするって言ってました!」
サミーも情報を、追加する。おかけでクロード伯父様のこめかみが、ピクピクしているのが、はっきり判る。
「お前という奴は。罰として、今から馬房の掃除を手伝ってこい!ジル、見張り役を頼む」
「了解です!」
「えーっ、アレって臭うし、ワラも水も馬鹿みたいにたくさん運ぶから嫌いなのに……」
ブツブツと文句を言うエドガーが、ジルに連れて行かれるのを見送ると、伯父様はわたしを抱き上げたまま、応接室へと運んでいった。なぜかマキシムも、ついて来る。
「すまないな、エドガーが無茶を言ったみたいで。部屋も、用意していたのとは別の場所に、案内していたようだな。道理で部屋に行っても、荷物も無いわけだ。後でこっぴどく叱ってやらなくては」
応接室には、お茶の用意とは別に、先ほど持ってきた手土産の焼き菓子の大箱が、積まれていた。
「妻のロメリアは、どうしても外せない用事があると言って、出かけているが、直に戻ってくるだろう。ここで一緒に待ってくれるかい?」
荷物も、本来予定していた部屋に運んでおくと言われたので、メイドさんに頼み、わたしのカバンから、残りの手土産を持って来てもらうことにした。
伯父様に手土産を渡したり、お茶を飲んでいる間に、母さまが指示した焼き菓子の量の謎が解けた。
伯父様の好物、とは聞いていたけど、そんな可愛い物ではなかった。だって目の前で、凄まじい勢いで焼き菓子が消えていくのだ。先ほど開けたばかりの大箱が、すでに半分も残っていない。
しかも、最近は昔程、食べられなくなったとつぶやかれた時には、乙女にあるまじき岩蟹顔になるところだった。
マキシムは見慣れているのか、笑いながら、昔はどれくらい食べていたのか、聞いたりしている。
**
1つ目の大箱が空になり、2つ目が開けられた時に、
バンッ!
勢いよく扉が開かれ、華やかな衣装に身を包んだ、赤毛の夫人が入って来たかと思うと、
「今、戻ったわ!私の姪っ子はどこ?」
言うなり、ツカツカとわたし前まで来て、
「いゃん、可愛い!」
両手でわたしのほっぺを挟み、モニュモニュしだした。
「エミリアちゃん、初めまして。ロメリア伯母さんよー」
「はひめまひて。へミリヤ・ハフヘッホへふ」
「それで、その荷物はなんだ?」
ロメリア伯母様の後ろからは、いくつも箱を抱えたおじさん達が入ってきて、床に積み上げていた。
「もちろん全部、女の子の服よ。あっ帽子もね。あぁ、楽しかったわ。女の子の物って、本当に可愛いくて、可愛いくて、可愛いの!」
それに関しては、全面的に同意する。乙女の物は、可愛いが正義だ!だけど、積み上げられた箱の量が、ハンパない。
アレ、もしかしなくても、わたしへの贈り物だよね。ちくしょう!嬉しいけど、庶民の見栄力は、お貴族様のおもてなし力に、あっけなく敗北してしまった……
「あら、そういえばエドガーは?」
「あれは、馬房の掃除中だ」
「やだ、また何かしたの?ところでエミリアちゃん、お部屋はどう?気に入った?昨日1日かけて、準備したのよ」
スゴく期待に満ちた顔で聞かれるが、あいにく見ていない。ごまかすのも面倒なので、ここは正直に答えよう。
「すいません。まだ見て無くて……」
「エドガーが遊ぶのに都合が良いからと、自分の部屋の向いに案内したらしくてな」
わざわざ、わたしが隠した原因を、伯父様がバラしたおかげで、伯母様の顔が豹変する。
「あなた。エドガーの馬房掃除はいつまで?」
「一応、今日だけだが」
「生ぬるいわ。3日間にして」
「……判った」
伯父様の返事に頷いた伯母様は、わたしの方を向くと、困ったように笑う。
「別に息子は可愛いし、愛しているわ。だけど買い物してても、ちっとも楽しくないの。すぐに汚すし破くから、丈夫でシンプルな物に限られるし、そういうのって、売っているのも色が白、黒、茶色ばかりで、本当につまらないのよ!」
へぇ、これは良いことを聞いたかも。もしかして運動小僧のお母さん達は、同じような悩みを抱えているのかも?あぁ、お金の匂いがする……ふへへっ。




