お家訪問! いち
「髪、よし!ドレス、よし!」
鏡の前で確認する。映っているのは、朝からエリさんに手伝ってもらって、がっつり気合の入ったおめかし姿のわたしだ。
靴は『乙女の快足』の最新作で、靴紐代わりのリボンがポイント。可愛いのに、飛んだり跳ねたり走っても、靴擦れ知らずのステキな靴だけど、最終確認が必要だ。つま先立ちになり、
クルン、クルリン、クリンッ。ふへへっ、いい感じ!
3回、回転した所で父さまの呼ぶ声が聞こえたので、着替えを詰めた鞄を持って、玄関へと向かった。
小型馬車に乗って、先ずは予約していた焼き菓子を、取りに行く。母さまから事前に聞いていた焼き菓子の数は、どう考えても変だと思ったけど、実際見ると、とんでもない量だった。
大箱8個に詰められた、ずっしり重い焼き菓子を父さまがお店の人の手を借りて、馬車に積み上げる。
崩れないよう紐をかけると、エドガーのお屋敷へ出発だ。
「お屋敷の玄関で降ろしてあげるから、クロード義兄さんによろしく言っといてね」
「えっ?父さま、中まで一緒に来てくれないの?」
まさか一人でお貴族様のお屋敷を訪問しろと?それはさすがに保護者として、どうかと思うよ!
「大丈夫。あそこはロックベール辺境伯の邸宅だから、きっとそんなに堅苦しくないよ」
へ?辺境伯の邸宅?いや、エドガーを送っていった時、確かに大きな屋敷だなぁとは思ったけど、まさか辺境伯様の邸宅とは、知らなかったわ。
「だったら何で、エドガー達が住んでるの?」
クロード伯父様は、今クルグの町のあるロウゴット子爵領の領主代行だ。
「親戚だからね……エミィ、口が開いてるよ」
(おぅ、なんてこった!)
大きく開いた口を、手を使って閉める。でも良く考えたらロウゴット子爵領も、ロックベール領にあるから、親戚だというのは納得だ。
父さまと話しているうちに、一昨日見た大きな門を通り抜け、玄関前に馬車が止まると、屋敷からエドガーが飛び出してきた。
「エミィ、遅いよ!」
まだ10時にもなっていないのに遅いって……あんたは私が何時に来ると、思ってたんだ?
「おはよう、エドガー。ちょっと悪いけど、荷物が多いから手伝ってくれる?」
エドガーの後から出てきたお仕着せのおじさんが、すぐさま手を貸してくれたので、自分の荷物と、積み上げられた焼き菓子の箱を下ろし、明後日の夕方、迎えに来てねと言いながら、父さまに手を振る。
荷物はあっという間にお屋敷の使用人さんたちが運んでくれたので、今、私は手ぶらでエドガーに屋敷内を案内してもらっていた。わたしの鞄は、なぜかエドガーが抱えていて、離してくれそうにない。
お屋敷は、とても広かった。なんでも辺境伯様は、ほとんど領地から出ることが無いので、エドガーの家族がここを借用しているらしい。あと、現在学園に通っている辺境伯の息子さん二人も、ここに住んでいるという。
「そういえば、エドガーって兄弟はいるの?」
「いない。弟とかいたら面白いかもしれないけど。あっ、この部屋だから」
そこは二階部分にある客室で、窓を開けると庭がよく見えた。エドガーはわたしの鞄をソファーの横に置くと、
「じゃ、十分後に迎えに来るから、動きやすい格好に着替えといて!」
その言葉に驚くわたしを残し、走り去っていた。あの運動小僧ときたら、私はわざわざおめかしして来たのに、動きやすい恰好って、何をやらせるつもりだ?
第一、まだあんたの両親に、挨拶してないのに!
仕方がないので、念のためにと持ってきた専用ドレスに着替える。髪も後ろで一つにまとめ、予備のリボンで結わえた。こんなもんだろうと鏡を見ていると、エドガーが戻ってきて、私の恰好を見ると、ニッ!と笑う。
「こっちだから」
私の手を引っ張りながら外に出ると、庭園の横手にある広場のような場所に連れて行く。そこにはエドガーと同じか、少し年上の男の子達が数人いた。
「連れて来たよ!従妹のエミィだ!」
状況は全く分からないが、とりあえずここは挨拶だろう。
「初めまして。エミリア・ハウレットです」
「堅苦しいあいさつはいいよ。エミィって呼んでも?どうせエドガーの事だから、なにも説明しないで連れて来たんだろ?俺はジルでこっちはサミー、そっちの奴はマキシムとルイだ」
どうやらジルたちは、クロード伯父さんの部下や友人の子供達で、時々この場所で剣の練習なんかをしているらしい。もっとも、木剣を使った打ち合いは、大人の立会が無ければ出来ないらしく、子供だけの場合はもっぱら走ったり、素振りをしているらしい。
そして、わたしがこの場所に連れてこられた理由は、『誰がエミィに勝てるか』という賭けが、行われているからだと判った。もちろん言い出したのはエドガーで、彼は自分も含めて『誰も勝てない』に、賭けたらしい。
取り合えずエドガーを睨んでおくが、どこ吹く風で、
「まずは駆けっこだよな。この外回りを全員で何周か走って勝ち負けを決めようぜ。そうだな5周は?」
賭けの段取りを始めてきた。この広場は見たところ、大体外周400ミィルトほどだから、5週なら2ラフィルト程度。その程度なら大して疲れないだろうからと、了承する。全員で横並びに並んで、ジルの合図でスタートだ。
「用意、スタート!」
真っ先にエドガーが飛び出す。その後を追うように走りながら、徐々にスピードを上げていく。1週目が終わるころにはエドガーを追い抜き、そのまま先頭になる。そこからじょじょにスピードを上げ、様子見だった何人かが、スピードを上げ出すのに合わせ、さらに上げる。
「ゲ、マジか」なんて声が聞こえるけど、気にしない。三週目には周回遅れが出てきて、四週目に入ると全員が周回遅れになった。単独で五週目を走り切ってりゴールしたので、ついでにクルリンと優雅にターンを決める。
ふへへん、ふほほん。いっちば~ん!
「はぁ、はぁ、ほら、やっぱりエミィが一番だ」
息を切らせながら、二番手でゴールしたエドガーが言う。その次がマキシムで次がジル、そしてサミーとルイという順番だった。
「あー、まさか三つも下の、しかもドレスの女の子に負けるとは、思わなかったわ」
地面に座り込んだ、ジルがボヤく。
「だから言ったろ、エミィはすごいんだって」
エドガーが自慢げに言うけど、うん、やっぱり誉められている気がしない。可憐な乙女にとって運動小僧の『すごい』は、誉め言葉には、ならないのだ。
ちょっとむっとしていると、マキシムがそばに寄ってきて、私の両手をそっと握ってきた。
「エドガーの言うことなんか、気にしないで。こんなに可愛い子に会えたのに、きちんと挨拶もしてなかったね。マキシム・ベルクールといいます」
キラッキラの笑顔でそう言われると、手を握られていることもあり、すごく照れくさい。近くで見ると彼の髪は黒一色ではなく、所々に朱色の筋が混じっていて、その瞳は淡い緑だ。思わず、その顔をじっと見つめてしまう。
「えっ、二人して、なに見つめ合ってんの?駄目だよ、マキシム。エミィに手ぇ出したら、うちのお祖父様がうるさいぞ!」
「大丈夫だよ、エドガー。お前んとこのじい様と、うちのじい様、仲良しだから」
ん?それはどういう意味かな?




