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乙女の襲撃 さん

今回は、じい様視点+αです

 娘がこの町に来ている。判っていても、どうしても会う気には、なれなかった。


 亡き妻の面影を残す娘には、出来れば部下の騎士の一人と結婚して、自分の側で幸せになるのを見守りたいと思っていた。なのに結婚したいと連れてきたのは、国中に支店を持つ商会の跡取りだった。

 おまけに二人で国中を旅して周りたい、などという夢を語る始末だ!我が国はそれなりに治安は良いが、旅には危険がつきものだし、ましてや商人の旅となると、ろくな護衛も居ないのは、あきらかだ。


 そんな危険な事を、許せる筈が無い。それに強く反対すれば、娘も諦めると高を括っていた。しかし娘は諦めるどころか家を飛び出し、相手の元へと行ってしまった。


 その後の動向は、大商会の跡取りとの事ゆえ、わざわざ調べなくても、自然に耳に入ってくる。平民にしては豪華な結婚式を挙げた事や、若夫婦は二人で支店の視察に飛び回っている事、結婚して二年たって子供が生まれた事……もっとも、娘は自分の元の身分については、周りには明かしていないようだった。

 

 その後、仕事や諸々を長男に譲り、半ば隠居生活をするつもりで、この町に引っ込してきたのが、今から三年前。たいしてする事も無いため、時々地元の兵士の訓練などをしながら、それなりに時間を潰していたのだが、今年に入ってすぐに、出ていった娘から、初めて手紙が届いた。しかし、返事は出せなかった。何を書いたら良いのか、判らなかったからだ。


 それからも、何通か手紙は届いたが、届くたびに差し出し場所が違うため、どうしたものかと手をこまねいているうちに、昨日、直接屋敷に手紙が届けられたと、家令から聞かされた。

 お元気そうでしたよという家令の言葉に、それだけ判れば十分だと思った。だから会わないと、返事を書いたのだが……




「じい様ですか?じい様ですね!母さまを泣かせた罰です!神妙に、わたしにお尻ぺんぺんされなさい!」


 木の枝のような物を振りかざし、鼻息も荒く声を上げる幼い少女が、目の前に立っていた。その髪の色、そして瞳の色…… 出会った頃の彼女よりも、さらに幼い姿だが、それはまごうことなき、恋しい彼女の姿だった……  


(夢を、見ているのか……)



『あら。もし、あなたがその様な事をなさったら、そのお尻を思いっ切り、蹴っ飛ばして差し上げますわ。覚悟なさい』


 幼い声に、姿に、涼やかな彼女の声と、麗しい姿が重なる。


 ああ、そうだった。エルヴィーヌ。君は常に子供達がきちんと自分の意志で人生を選び、歩むことを望んでいたのに、私は何をしていたんだろうな。自分の欲で娘を縛り付けようとして、それに失敗したら、拗ねて意固地になって、閉じこもって。本当、君に一発、蹴っ飛ばされないといけないな。


 目に涙が溢れてくる。自分の不甲斐なさ故に招いた事を後悔したのもあるが、何より、もう一度、彼女の面影に会えた喜びが大きかった。

 じい様と呼んだという事は、この子が手紙に書いてあった孫のエミリアなのだろう。ならば少々抱きしめても、問題はあるまい。私は言葉にならない声を上げながら、わざわざ会いに来てくれた、孫娘を抱きしめた……


 逃さぬように、がっしりと!


 孫が身体強化を使い、この手から逃れようとしたのが判ったが、逃すものか。だてに腕白小僧を二人、相手にしてきた私では無い。



 後から訪ねてきた娘とその夫には、これまでの事を謝り、無事和解ができた。しかし、エミリアがうちの番犬で、猟犬でもあるウォルドを、子犬のように手懐けているのを見た時は、さすがに驚いた。

 ウォルドは大型で、いかつい顔をした真っ黒な犬で、大の大人でも怯える風体をして居る。なのに、それを可愛いと言う。


 いや、それよりもウォルドだ。こいつ番犬のくせに、エミリアが入ってきた時にも吠えもしなかったし、今も思いっきり腹を見せて、撫でてもらっている。番犬の自覚はどこへ行った?大丈夫か?


 娘が言うには、エミリアは動物全般が好きらしい。

 後、魔力量も多く、植物系の土魔法と、火魔法、そして何より身体強化が得意だという。そんな所も彼女と同じだと思うと、本当に生まれ変わりではと、思ってしまう。

 

 でもまぁ、生まれ代わりだろうが、そうでなかろうが、可愛い孫には変わりないし、娘と和解できたおかげか、今、心がすごく軽い。身体も活力に溢れ、今なら冬期登山訓練に参加しても、トップで戻ってこれる自信がある。

 久し振りに参加してみるかと考えているうちに、ある顔が思い浮かんだ。


 あぁ、そうだ。直ぐにでも、あいつに我が孫娘を見せびらかさなければ。ふふ、絶対に、物凄く、悔しがるぞ!




  ◇*◇*◇*



 そいつは突然、舞い降りてきた。しかも、俺は自慢の尻尾をかすめる程近くに、そいつが着地するまで、なんの気配も感じなかったのだ。屋敷の黒き守護神と呼ばれる、この俺がだ!

 

 そうして、動く事さえ出来ない俺の事など見向きもせずに、そいつは主の屋敷の玄関へと、走り去った。 

 その後ろ姿を呆然と眺めていたが、ふと我に返った時、愕然とした。迂闊なことに、ほんの少し、チョビっとだけだが…………漏らしていたのだ。


 このウォルド、一生の不覚! 


 辺を見回し、誰にも気づかれていない事を、確認する。特に、隙あらば敷地に侵入しようとしてくる猫なんぞに、この事を知られたらと思うと、冷や汗が出た。 

 丁寧に土をかけ、無かった事にする。


 不本意な出来事を、無事隠蔽し終わった俺が屋敷の方を見ると、扉の向こうでは、とんでもない事が起きていた。

 誰よりも強いと信じていた我が主が、そいつの足元に跪いていたのだ。


 頭を金槌で殴られたような、衝撃だった。

 そうして俺は、ようやく気づいた。


 もしかしたら、あの者は、全ての動物を統べると云われる、『伝説のグランド・マスター』ではないかと。もし、そうだとすれば、全てに合点がいく。


 ならば、挨拶に行くべきでは?いや、俺のような者が行っても良いのか?迷いながら様子を伺っていると、マスター自らが俺の前にやって来た。


その光輝く姿に、思わずひれ伏しそうになった、次の瞬間、


 「ふせ!」 シュパ!!


 「お座り!」 シュタ!!


 「お手!」 ポフ!


 「お代わり!」 ポフン!


 俺の身体は否応なく、その声に反応していく。

 やはり、マスターに違いない!俺は確信した。

 

 しかも、その後には、ご褒美が待っていた。身体中をワシャワシャ、もみもみ、ナデナデされ、あまりの気持ちよさに、身体中の力が抜けていく……恐るべし、マスター……


 主の羨ましげな視線を、感じる。だが、いくら主でも、マスターの一番のお気に入りの座は、譲れない。悪いな、主。


 あぁ、マスター。このウォルド、一生、貴女についていきます!

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