王都に戻るぞ! いち
今回は、通常+ワンちゃん視点です。
ギィ、べったん!
「はい、次!」
ギィ、べったん!
「ほい、次!」
オングル村に着いたわたしはすぐに、みんなが集めた石を平らにする作業に取りかかった。
魔圧機は上下二枚の金属板で出来ていて、下の金属板に石を置いて、レバーを使って上の金属板を押し付けるようにしながら魔力を流すと、石がペッチャンコになる仕組みで、用途に合わせて厚みを変えることが出来る。今回は4ミィルトの設定だ。
エドガーが石を置き、わたしがレバーと魔力でペッチャンコにして、アルノーさんが出来上がった板状の石を、横に置いた手押し車に移す。それを村の子供たちが運んで、地面に並べていく。
全部で100個以上ありそうなので、グズグズしてるわけにはいかない。この後、シガル村にも行くからね。
20個ほど平らにしたところで、ちょっと休憩して辺りを見ると、師匠から型とインクの使い方の説明を受けた村の人達が、さっそく作業を始めていた。
二人一組で、型を平らになった石の上に置いて、一人は型が動かないように押さえ、もう一人が慎重にインクを塗っていく。
インクは専用の刷毛を使うのだけど、掠れていたり、付けすぎて魔法陣の模様がつぶれてしまうと、魔獣避けの効果が薄れると言われたから、皆、真剣な顔で取り組んでいる。
「付けすぎよりは、少ない位の方がいいわよ。掠れた箇所は後で重ね塗りをすれば良いけれど、潰れてしまうと、直せないから」
師匠の言葉に、みんな無言でうなずいている。自分達の村の安全に係ることだから、大人だけだなく、子供たちの顔も真剣だ。
「さて、続きをするよー」
座り込んでいるエドガーに、声をかける。すでに汗びっしょりだけど、傍には取りやすいように、石が積まれた手押し車が置かれている。こちらも、子供たちが手伝ってくれていた。
ギィ、べったん!
「はい、次!」
ギィ、べったん!
「ほい、もう一個!」
60個を過ぎた辺りで、いったん、別の作業に移ることにした。アルノーさんにお願いして、大きめの石を10個、よけておいてもらったんだけど、ソレを使って、もう少し強力な魔獣避けを作るのだ。もちろん型もインクも別だし、その値段も高い。
これは村と畑の間の柵につけるよう、村長さんにはすでに伝えてある。将来的には、全部これにしたいけど、今回は寄り合い所にお金をかける分、1割だけにした。
その代わりと言っては何だけど、寄り合い所には師匠が強力な魔獣除けの魔法陣を刻んでくれることになっていた。でも、この事はまだ、みんなには内緒だ。
くへへっ。出来上がった時のお楽しみってヤツね。
(驚くだろうなぁ。有名な魔術師が魔法陣を刻むトコなんて、滅多に見れないからねー)
師匠と協力して、10個分、インクを塗っていく。アルノーさんとエドガーは型を押さえる係だ。塗り終わったら、石からそっと型を持ち上げ、外すんだけど、この時が一番緊張する。
(よし、キレイに出来た!)
出来上がった魔法陣を見て、ニンマリする。だけど、わたしが3枚塗っている間に、師匠は7枚塗り終わってた。はやぃ……
残っていた石を全部平らにしたら、ここでのわたしの仕事は終わりだ。荷馬車に使い終わった道具を積み込んで、最後の石を塗り終わるのを待って、型とインクも積み込んだ。
「インクは大体、3時間くらいで完全に乾くから、明日にでも設置をお願いしますね」
どこにどれだけ配置するかは、各村々で決めてあるので、こちらも自分たちでしてもらう。
シガル村でも同じことをしていたら、帰りはとっぷりと暮れていた。魔獣除けのランタンを荷馬車にぶら下げ、星空を眺めながら帰る。荷台に寝そべったまま動かないエドガーに、明日は残り三つの村をまわると言ったら、朝の稽古は休みにするって、ぽそっと言った。やった!
***
ここ最近、『エドガー坊っちゃん』と呼ばれる小僧が、マスターの側をチョロチョロしているのが、気に障ってしょうがない。
俺が少し唸っただけで、顔色を変えて逃げ出す小物のくせに、毎日出かけるマスターの後を、イソイソとついていくのだ。
(もしやマスターのお気に入りの座を、狙っているのか?それは、このウォルドの物だというのに!)
だが、俺が主から任されている『屋敷の警護』のために、マスターと共に出かけられないのを知っていて、その隙を狙っているとしたら?そしてマスターも、そんな俺より小僧の方が、良いと思うようになったら……
いや!思い出せ、ウォルド。マスターが師匠と呼ぶ婦人が、屋敷に来られた日のことを!
あの日、馬車が到着するやいなや、真っ先に紹介されたのは、この俺だ。しかもマスター自らが、婦人の前まで、俺を運んで下さったのだから!
そんなマスターを信じないで、どうする!
だが今、眼の前ではマスターと小僧が、手に持った板をぶつけ合っていた。いつもは主が小僧に板を振り回させているから、何らかの訓練だということは理解していたが、わざわざマスターが相手をしてやるということは、もしや……
しかし小僧の板が飛ばされた瞬間、俺は理解した。これは小僧の訓練に見せかけた、俺のための訓練だったのだ!
急いで走り、飛び上がって板を口で受ける。
呆然としている小僧を横目に、マスターに獲物を届けると、マスターは俺を凄く褒めてくれた。やはり間違い無かった。
(マスター、少しでも疑った俺を、許してください!)
小僧がこっそりと俺の獲物に手を出そうとするから、少し威してやる。褒められた俺を見て、羨ましくなったのだろうが、これはお前ごときが触れて良い物ではない!
その後、小僧は新たな板を手に現れたが、何度やっても結果は同じだった。全ては俺の獲物となり、マスターへ捧げられた。
(ふん、見たか小僧。コレが、格の違いというやつだ)
翌日も又、同じ訓練があったが、やはり俺の圧勝だった。そして、その次の日には小僧は来なかった。ようやく俺と張り合うのは、諦めたようだ。
おかげで俺はマスターと『取ってこい』の訓練を、堪能することが出来た。
**
今日からマスターはしばらくの間、『オウチ』とやらに行くらしい。悔しいことに、小僧も一緒に行くようだ。だが、俺はマスターから新たな任務を任されていた。マスターの『大事な母さま』を、お護りするという重大なものだ。
これ程名誉なことが、あろうか!これは後ろをついて歩くしか出来ない小僧には、到底まかされることではない。マスターの信頼をヒシヒシと感じながら、馬車を見送る。
マスター。このウォルド、しっかり任務にはげみながら、お帰りをお待ちしています!
私の異世界の、長さの単位です。
ミィルト(mi)、フィルト(fi)
1ミィルト(mi)=1センチ程度
100ミィルト=1フィルト=1メートル程度




