次はトイレだ! ろく
木剣を両手で握ったエドガーが、正面から打ち込んで来るのを、2回、3回と片手で受け流すと、そのまま剣をくるりと絡めて上から抑え込み、ちょっとした力比べに持ち込む。
もちろん左手は優雅にスカートをつまみ、顔には笑みを浮かべたままだ。これにはエドガーも少し驚いたようで、直ぐに力比べを止め、後ろに飛び退る。
慎重に距離を取りながら、じりじりと円を描くように移動しているけど、わたしはさっさと終わらせたいので、こちらから仕掛ける。
ダンッ!
一気に距離を詰めると同時に、
ブォン!
斜めに振り下ろす。
ガンッ!
エドガーは受けるのが手一杯なのが判り、剣をかえすと、そのまま横に薙ぎ払った。
ガキーンッ!
エドガーの木剣が飛び、ウォルドがそれを飛び上がって、受ける。
「そこまで!」
じい様の声が上がった。
よし、終わった!年下の従妹に負けたのはショックだろうけど、これでわたしを稽古に誘うことは、無くなるだろう。
締めくくりに乙女の礼をすると、ウォルドが弾むような足取りで、エドガーの剣を咥えて持って来た。
お利口なワンちゃんから剣を受け取り、その顔をワシャワシャと撫でていると、
「やっぱり強いな!前に、一発入れられた時に、もしかしたらって思ったけど、まさか力比べで負けるとは、思わなかった。でも次は簡単にはやられないからな!」
新しい剣を手に、2回戦を始めようと急かしてくるエドガーに、こいつは年下に負けたことよりも、強い相手と稽古ができることが嬉しいタイプだと気づく。え、めんどくさ……
「ねぇ、聞いて良い?稽古って、何回戦までするの?」
「何回とか決まってないよ。でも稽古は毎日大体1時間かな。ホントはもっとしたいけど、エミィの手伝いもあるしな」
(1日1時間稽古していて、まだ足りないの?!)
驚いて開いた目と口を、手を使って閉じる。危ない、危ない。乙女にあるまじき顔に、なっていたわ。でも、まあ、約束したのだから、1時間、稽古に付き合おう。
上手くやれば、さっきみたいに、ウォルドと『取ってこい』が出来るかもしれないし。
ガンッ、ゴンッ、カーン!
(ほーらウォルド、取ってこーい)
カンッ、ガンッ、コーン!
(今度は高いけど、がんばれー)
ウォルドはクルクルと舞い上がる木剣を、見事に受け止め、持ってくる。そのたびに頭をなでてやり、エドガーは新しい木剣を出してきた。お陰で、今わたしの足元には、5本の木剣が並べられている。何で?
確かにワンちゃんのヨダレが付いた剣は、使いにくいかもしれないけど、ちょっと拭けば良いだけだ。何でだろうと思ってたら、エドガーが剣を持って行こうとしたら、ウォルドが唸って嫌がることが判った。
(自分のおもちゃだと、思ってるのかな?)
結局、8本剣が並んだ時点で、今日の稽古は終わりとなった。予備の剣が無くなったからだ。並べられた剣を集めて、じい様に渡して、もう一度ウォルドをなでる。あぁ、やっぱりコッチのほうが楽しい。私は剣よりも、ワンちゃんと遊ぶ方が好きだわ。
朝食後、いつものメンバーとダンジョンへと向かう。何も問題無ければ、今日で作業は終了だ。
昨日造った便座はそのままちゃんと残っていたので、残していた便座の内側を整え、ヘンチョの穴も十分な深さを取る。
後は便座の横の壁側の地面を少し掘って、2階層にあったペラの葉を、土ごと移植して、入り口の両脇に、中央で葉が重なるようにしてグンニーラを植えたら作業は終了だ!掘って出た土は、忘れず採取した穴を埋めるよう、アルノーさんにお願いした。
最後に、エドガーが採集したヘンチョを入れると、完成だ。
扉代わりの4枚の大きな葉っぱの前に立ち、みんなで眺める。
「出来たね。扉無いけど」
「そうね。でも一応、目隠しにはなってるし」
「なぁ。もう、これで良くない?」
「お疲れ様でした。でも、扉は(娘のためにも)欲しいです」
意見はそれぞれだけど、明日の朝まで待って、何も問題無ければ、ダンジョントイレ第1号の完成だ。ただし、固定化するのは、5日経たないといけないけどね。
翌日、起きた時から浮かれていたわたしは、エドガーにせがまれるままに、剣の稽古と『取ってこい』をこなし、朝食後にいつものメンバーと、父さまを引き連れ、ダンジョンへと向かった。ドキドキしながらトイレに近づく。
(変わって無い!)
トイレは昨日と変わらず、そこに存在した。
「やったー、できた、できた。1号よー!!」
「おめでとうエミィ。では、一旦王都に帰ろうか」
えっ、父さま、今なんて?
「王都だよ。そんなにびっくりしなくてもいいだろう。『馬車につけるトイレ』と『組み立て式トイレ』の特許が通ったことで、うちの商会は忙しくなりそうなんだよ。いったん戻ってやらなければならない仕事が山積みだし、今回のダンジョントイレの特許申請は、ちょっと、ややこしくなりそうだからね」
「出発はいつ?母さまはどうするの?」
「出来たら明後日ぐらいには出たいかな。アンジェリーネはもう少し体調が安定するまで、こちらに居てもらおうと思ってる」
明後日かぁ。とりあえず急いで出来る事をしてしまわないと、間に合わないかもしれないと思ったわたしは、早速午後から石を平らにする魔圧機と、魔獣避けの型や専用インクを荷馬車に積んで、オングル村へと向かった。




