次はトイレだ! ご
昨日の夜、『愛される娘気分』を満喫したわたしは、今日も朝から皆と一緒に、ダンジョンへと向かっていた。
今日は順調に大きくなっている窪みの奥の、壁面の岩を使って、便座の形にする予定だ。これが出来れば、窪みは一気にトイレらしくなる。
エドガーに頼んでいた【採集したヘンチョの観察】も順調で、毎日【変化なし】と書かれている。これは『窪みの中で、ずっとモニュモニュ動いている』ということなので、きっと出来たトイレに移しても、大丈夫だ。
アルノーさんに頼んだ植物の【移動】に関しては、周りの土ごと移植すれば、次の日も、植え替えた場所にあることが判った。ただし、その時できた穴をうっかり埋め忘れると、原状回復が働くらしい。
そして階層が違っても、移動出来る事も確認できた。ただし、2階層の物を3階層に持って来たら、3階層で植えるために新しく掘って出来た土を持って、2階層の穴を埋めないとダメらしい。ちょっと面倒くさいけど、それさえ忘れなければ【移動】は出来るというのが、アルノーさんの結論だ。
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あっちを引っ込め、こっちを出っ張らせてと、便座の形を作る。内側とヘンチョ用の穴は明日だ。結構深く掘らないといけないから、うっかり原状回復が働いたら
困るからね。
「こんな感じかな?」
出来上がった便座に、座ってみる。座面はまだ平らだから、普通に座れるけど、通常の大きさに合わせているので、足が浮く。それでも、ここまで出来たことが嬉しくて、笑い声が漏れた。
「くふふっ、ふへへっ」
「完成も近いわね。ここまで来たら、そろそろ特許の申請書を書き始めないとねぇ」
師匠の言葉に、顔が固まる。あの『すごーく、めんどくさいやつ』のことを、忘れていた。一応全部の記録は図と一緒に残してあるけど、何をどれだけ書けばいいのか、全くわからない。
ちらりと師匠の方を見ると、ニコニコしてるけど、指でペケマークを作っている。あれは『面倒だからヤダ』の合図だ。
(いっそ記録を全部送って、特許申請部に丸投げにしようか?)
思ったけど、再提(最低)魔人の嫌みが聞こえて来そうだから、止めにした。
「そうだ!せっかく父さまが帰って来たんだから、父さまに丸投げしよう!だって、一応、商会が引き受けた仕事だしね。うん、そうしよう!」
父さまに新たな仕事が用意出来たところで、今日することは全部終わったので、屋敷に戻ることにした。
昼食後、なぜか父さまが庭で『組み立て式トイレ』を組み立て始めたので、ウォルドのお腹をワシャワシャしながら、そばで見ていると、
「エミィ。屋根はどうするか、考えた?」
「あっ……」
『今後の課題』言われてたヤツ、きれいサッパリ、うっかりポッカリと、忘れていたわ。既に問い合わせが来ている建築現場や、野営地に設置するためには、屋根が必要になる。
長期用の頑丈な屋根は、既に別売り品として作られているので、欲しいのは1日、2日使う時用だ。
「だけど、これ以上部品を増やすのもなぁ……」
「このトイレに屋根がいるの?だったら、こうすればいいだろう」
わたしの横で、おそるおそるウォルドを眺めていたエドガーが、組み立て式トイレの袋を、ひょいっとトイレの上にかけたのだ。
(その手があった!)
「エドガー、あんた天才!父さま、これで行きましょう!袋の材質や留め金の工夫は縫製部に頑張ってもらえば、何とかなると思うし!」
「そうだね、これなら余分な物が増えるわけではないし、早速連絡しておくよ」
「あっ、実はついでに、お願いしたいことが……」
わたしはこれまでの記録を取って来て、ダンジョントイレの特許の申請書類について、父さまにお願いした。記録をしばらく眺めた父さまは、ため息をつきながらも、引き受けてくれた。助かった!!
めんどくさい事の丸投げがすんだわたしは、天才だとほめられたことで、まだニヤニヤしているエドガーに、お礼を言いに行く。
「ありがとう、エドガー。助かったわ。なんかお礼をしたいけど、何がいい?」
「ウーン…じゃぁさ、明日の剣の稽古、エミィも一緒にしようぜ!」
「稽古?」
エドガーが毎朝、じい様と剣の稽古をしているのは知ってたけど、お礼が一緒に稽古とは、ちょっと不思議すぎて、驚いた。いや、確かに何がいいか聞いたのは、わたしだけどさ。……ちくしょう、運動小僧の思考回路を甘く見ていたわ。
それでも約束は約束なので、翌日、わたしはじい様とエドガーの早朝稽古に、付き合うことにした。
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早朝の冷たい空気が、気持ちいい。そしてウォルドが可愛い……
今、屋敷の庭にいるのは、木剣を両手に持ち、ニコニコしているエドガーと、面白そうにこちらを見ているじい様。そしてウォルドとわたし。それにしても、ウォルドは可愛い……
いや、いい加減あきらめて、現実に向き合おう。これは約束だ。
半ばあきらめの境地で、木剣を受け取ると、エドガーが剣の持ち方を教えてくれるが、じい様はやっぱり黙っている。だけど、絶対気づいているのが、なんとなく判った。
「エドガー。わたし、母さまに習っているから、大丈夫だよ」
エドガーに言う。
「叔母さんに?」
「そう。だって、うちの母さま、あんたの父さまの妹で、じい様の娘だよ?」
「確かに、そうだな」
それで納得されるのも、どうかとは思うけど、これ以上剣が使えるのを隠しておいても仕方ない。実は3歳のころから、時々母さまに稽古をつけてもらっているのだ。
『強く、正しく、麗しく』というのが、母さまの主義で、そのため『戦う時も麗しく』動くように、教えられている。もちろん身に付けるのは、専(戦)用のドレスだ。
乙女剣士は、華麗に舞うように敵を倒すのだ!ふへへん!
もっとも、毎回、身体強化を使いすぎだと注意されてはいる。
「じゃぁ、軽い打ち合いからな!」
「わかった。ねぇ、エドガー、遠慮とか手加減なんて、しなくても大丈夫だからね」
「俺、身体強化使えるけど、いいのか?」
「うん、大丈夫」
身体強化が使えるなら、こちらも遠慮なしで行っても大丈夫だろう。距離を取って構え、じい様の合図を待つ。
「始め!」




