次はトイレだ! にぃ
(扉を作る前だから、えっと、何日前だっけ?!とっくに消えているはずなのに、何であるの?)
恥ずかしくて、どんどんほっぺが熱くなっていく。ここ数日の間、何人もの大工さん達が、扉の建設のために、この場所に出入りしていたのだ。
(絶対、見られてる!あの日のわたしを、今すぐ止めに行きたい!)
なんとかほっぺを冷まそうと、手の平で持ち上げながら、風を送るために片足でくるり、くるりと回っていると、
「なんだ、これ。えっと、エ…」
(しまった。こいつが、いた!)
ほっぺどころか、頭から胃まで、一気に冷えた。こんな子供じみたマネをしたことが判れば、上司の威厳どころか乙女の面目も、木っ端微塵になる!
そう判断したわたしは、横から覗き込んできたエドガーの目を、ほっぺの熱で温まった手でふさぎ、上げていた左足に身体強化をかけ、渾身の力を込めて、名前と絵を踏みつぶした。
ベバゴンッ!
よし!証拠隠滅、完了!新しくできた穴ぼこに驚くエドガーの顔が、縦に大きく伸びて、面白い事になっているけど、わたしは心優しい乙女で上司だからね。うん、笑わずに……ぷっふへっ……いてあげ……ぷふへへっ……よう。ぶふっ……
「それにしても、不思議ですね。どうして消えなかったんでしょう」
アルノーさんの疑問に、わたしも笑うのを止めて、うなずく。
「エミィ。あの穴を空けたのはいつで、どうやって開けたが教えてくれる?」
「えっと、確か5日前で、こうやって、普通に指先に魔力を通して、プスプスと」
師匠に説明しながら、近くの壁に穴を空けていく。
「確かに、普通ねぇ」
「いてっ。ちっとも空かないし。なぁ、あれって普通なのか?」
「水を回転させて、似たものを作れますが、あれは無理ですね。でも、土系が得意なエミィお嬢さんにとっては、普通なんでしょう」
「大岩猿かよ…」
後ろの二人が壁をつつきながら、かなり失礼な会話をしているのが聞こえる。大岩猿は、岩をちぎって投げるほど、腕力が強いことで知られている魔獣だ。それを乙女に向かって、使うとは!
(エドガー。後で、おぼえてな!)
ゴスニョン。
思わず力が入って、指だけでなく手首まで埋まったから、あわてて引き抜こうとすると、さっきまでと違う感触に、
(あれ、何かある?)
そのまま魔力を通し続けて、穴を大きくしてみると、銀色に光る石が見えた。
(え、これってもしかして銀鉄鋼?)
さらに穴を広げて、手の平くらいの石を取り出すと、師匠に見せる。
「あら、銀鉄鋼ね。それ程珍しい物ではないけれど、この大きさなら、売り物になるわよ。……ねぇ、さっきの穴を空けた時、何か採った?」
「ううん。空けて、繋げただけ」
わたしの言葉に、師匠はしばらく考えていたが、
「なら、もしかしたら、それが原因かもしれないわね」
「どういう事?」
「つまりエミィはダンジョンの地面を【変形】させたけど、【破壊】や【採取】は、しなかった。だから、穴は消えずに残ったのかも」
「【変形】だけなら、原状回復能力は、働かないの?」
「さぁ、どうかしら。『ダンジョンで壁や地面に穴を空けて、何も採らなかったらどうなるか』、なんて事、多分誰も調べてないと思うから、判らないわ」
「誰もいないの?学者さんたちも?」
「あの人達は、難しく考えるのが好きだから。わたしの知る限りでは、無いわね」
「だったら、大発見?!」
「かも、しれないわね」
師匠の返事に、胸がドキドキしてきた。
(もし、ほんとに誰も調べていないなら、大発見だ。それに、これはトイレ作りに、使えるかもしれない!)
「取りあえずは、色々と検証してみましょうか」
「はい!」
そうと決まれば、即、行動!師匠と相談しながら、色んな窪みを作っていく。深さや大きさを変え、どれくらいの【変形】なら消えないのか、調べるためだ。
「なぁ。なんで、さっきから穴ばっかり開けてるんだ?」
エドガーが聞いてきたので、心優しい上司は教えてあげることにした。ゴリラだけどな!
「モリスさんに、ダンジョンにトイレを作って欲しいって、頼まれてるの。だから、」
「トイレ?なら、出来たやつを持ってきて、ドンと置けば良いだろ。なんでわざわざ、作るんだ?」
エドガー。人の話は最後まで聞くよう、親から教わらなかった?しかも、そこから……いや確かに、わたしも最初は似たようなことを、考えていたからね。判るよ。判るんだけど、でも、説明するの、めんどくさい……
そんなわたしの気持ちが伝わったのか、アルノーさんがダンジョンの原状回復能力について、エドガーに説明をしてくれた。ありがたい。
その後も、幾つか窪みを作ってメモを取ったわたしは、エドガーとアルノーさんに、今日のことは誰にも話さないようにお願いしながら、じい様のお屋敷へと戻った。
だけど、翌日見に来たら、空けた窪みは全部消えていた。なんでー!!
ゴリラを漢字で書く場合、【大猩猩】が正しいのですが、ここは私の異世界なので、大岩猿としています。ちなみにゴリラの正式名称は、ゴリラ(属名)ゴリラ(種小名)ゴリラ(亜種小名)です。




