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乙女の襲撃 にぃ

 

 「ひょうはま、おひょへほほっひぇたほ、ひっひゃらひゃいへふははい」

(父さま、乙女のほっぺたは、引っ張らないでください)


 「エミィ。乙女は、宿屋の窓から抜け出したりはしないよ」


 娘の可愛いほっぺを、何だと思っているんでしょう。引っ張られて、少し赤くなったほっぺをさすりながら、父さまを睨む。

 母さまは、現在じい様と涙の再会を堪能中。どうやらじい様は意地を張っていただけのようで、いざ目の前に娘が現れた途端に、涙ながらに謝り出したのだから。ほんと、こじらせた年寄りは、めんどくさい。


 「それで、どうやって宿からここまで来たのかな?」


 顔は一応笑っているけど、父さま、目が怖いですよ。


 「それはもちろん、窓のそばに生えていた、ちょうど好い木に飛び移り、そこから屋根に上り、昨日見たじい様の屋敷にあたりをつけて、そこからは屋根と塀づたいに走ってきて、無事、屋敷の庭へと!」


 言いながら、ジャンプからの華麗な着地のポーズをとって見せる。


 「ねぇエミィ。よそさまの家の屋根や塀を、走ってはいけないと、僕は前に君に注意したよねぇ?」


 これは飾りか何かかなと、笑いながら両方の耳が摘ままれる。


 「いでぇででで……父さま、聞こえておりますから、乙女の耳を引っ張らないで下さい」


 「乙女は屋根の上を走らないし、塀から飛び降りたりしない!」


 「そんなに怒らなくても……一応、出来るだけ静かに走ったし、お庭に降りた時も、ワンちゃんのしっぽを踏みかけたけれど、踏まなかったから、問題なしです!」


 「問題だらけだ!」


 父さまの大声で、じい様がこちらを見ます。改めて私の顔をまじまじと見ながら、


 「本当に、瓜二つだ……」と呟きます。あぁ、それって、ばあ様のことですね。母さまがいつも言ってますから。『あなたは、私のお母様にそっくりなのよ』って。

 ばあ様は、母さまが8歳の時に亡くなったそうな。とても強くて綺麗な人だったらしい。でも、そんなに似てるのかしらん?などと考えてると、先ほどのワンちゃんが歩いているのが見えた。


(黒くて大きくて、なんて可愛い!)


 開いていたテラスの窓から庭へと降り、ワンちゃんのところへ向かう。ワンちゃんは大抵、少し臆病で、繊細な子が多いから、こちらが怖くないことを、きちんと示してあげないといけない。

 なので、わたしはいつも『ワンちゃんと仲良くなるための方法』を実践している。これで仲良くなれなかったワンちゃんは、これ迄一匹もいないからね!


 ワンちゃんの前に立ち、腰に手を当て、お腹に力を込め、気合いをいれて、


 「ふせ!」 シュパ!!


 「お座り!」 シュタ!!


 「お手!」 ポフ!


 「お代わり!」 ポフン!


 「かわいぃー!」

 

 お利口で可愛いワンちゃんを、徹底的に撫でまわす。首の下やらお腹やら、息が上がるほどワシャワシャとモフりまくっていると、父さまが残念なものを見るような目で、こちらを見ているのに気がついた。


 あ、じい様まで…… まぁ、確かにワンちゃんの毛だらけの今の状態は、乙女とは言えませんね。ちょっと反省。


 「自分より大きな犬なのに、怖くはないのか…」 


 怖い?ワンちゃんが?


 「かわいいです!それにワンちゃんは、みんな大人しくって良い子ばかりだし?」


 「オトナシイ……」 


 じい様、そんな不思議そうな顔をしなくても……


 「エミィは動物全般、大好きだし、手なずけるのも得意なのよ。この子にかかったら、きっとフェンリルでさえ、かわいいワンちゃんよ」


 母さま、それはフォローになっておりませんってば……


 「おまけに魔力も多くて、植物系の土魔法と風魔法が得意ですよ。あと、困ったことに身体強化が馬鹿みたいに得意ですね」

 

 父さま、その言い方は貶しているとしか思えませんが、気のせいですか?


 「もしかして、本当に彼女の生まれ変わりなのか?」


 いやいや、じい様、そこでそのセリフって、いったいばあ様はどんな人だったんだ?って思うんだが。てか、わたしは多分『ばあ様の生まれ変わり』ではないと思うのよ。だって、わたしの前世は<トモヨさん>なんだから……






 わたしは前世の自分と、夢の中でおしゃべりする仲だ。そのことに気が付いたのは3歳の頃。庭の芝生でゴロゴロしながら(さくらもち、食べたい)と思った時だ。(さくらもちって何だっけ?)と考えると同時に(まぁいいや、今夜食べられるし)という自分の思いに首をかしげたせい。

 そして、夜、夢の中でわたしはさくらもちを食べていた。赤い布の敷かれた四角い台に座って、なんだか見覚えのある、おばあさんと一緒に。

 

 「トモヨさん、だよね?」


 「はい、そうですよエミィちゃん。ようやく無意識と意識がつながったのかな?」


 「無意識と意識……よく判らないけど、今までも、何回も一緒にお菓子食べたよね?」


 「そうね。あなたが2歳になる位から。覚えてる?」


 「なんとなく、かなぁ。あと、トモヨさんは、わたしの前世、なんだよね?」


 「えぇ、私はあなたの前世の記憶の残滓よ。こうしておしゃべりできる理由は、判らないけどね。でも、あなたの魂はこれまでも、何度も生まれ変わって、この世界で生きてきたのよ」


 「何度も?」


 「そう、何度も。若くして亡くなった時もあれば、年を取って亡くなった事もあるけれど、いつの時も、みな、自分の人生をしっかりと生き抜いてきた。だからあなたも、あなたの思うとおりに生きてほしいと思ってるわ」


 「ふぅん……」


 難しいことは、よく判らなかったけれど、その後も、ちょくちょく夢の中でトモヨさんとのおやつタイムは続いている。トモヨさんは<サムエ>という不思議な形の服を着ていて、髪の毛はすごく短い。それは病気と闘った名残だという。

 子供が三人いて、孫も三人いたらしい。病気のせいで少しばかり早くに亡くなったらしいが、幸せな人生だったという。なので、じい様が思うような事は、無いと思う。それに。


(トモヨさん、多分、隣の大陸にある『イナリヤシロ神国』の人だと思うし……)

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― 新着の感想 ―
イナリヤシロ神国だと...? 苛烈聖女と繋がってるのかな?
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