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次はトイレだ! いち

「師匠ー!」

 

 門の前に停まった辻馬車から降りてきた師匠に、手をふリながら駆け寄る。


「久しぶりね、エミィ。元気に……してるみたいね」


「はい!遠いところを、ありがとうございます。ここは、直ぐに判りましたか?」


 ウォルドを庭に下ろしながら、聞く。テラスで遊んでいるときに、師匠の到着の知らせを聞いたので、うっかり抱えて来てしまったのだ。


「ええ。ラベル邸といえば、ここいらの人達は皆、知っているから、問題なかったわ」


 門番のドニさんが、辻馬車の屋根に乗せられた、大きな旅行鞄を降ろすために踏み台に上ったので、わたしは下で受け取ろうと、両手を広げた。


(ほら、早く!)


 だけど鞄は私の頭の上を通り過ぎ、後ろにいたアルノーさんの手に渡された。


 えぇ~、この伸ばした両手は、どうしよう?


 仕方がないから、くるりと向きを変え、師匠に抱きつく。途端に師匠愛用の香水の匂いがして、なんだか嬉しくなり、さらにぎゅっと、しがみつく。


「あら、しばらく会わない間に、甘えん坊になったみたいね。でも、ちょっと痛いかも?」

 

 あっ、しまった!急いで身体強化を解いて、謝った、



 鞄を肩に担いで運ぶアルノーさんの後ろを、師匠と並んで歩きながら、旅の様子を聞いた。


「そうねぇ。ここまで5日かかったけど、道中は特に変わったことは無かったわね。あぁでも、昨日泊った宿屋で、偶然昔の知り合いに会ってね。いろいろと、面白い話が聞けたわ」


「へぇ、どんな?」


「共通の知人の話なんだけどね、どうやらここ最近、急に金遣いが荒くなったらしくて。その人、結構なお年なんだけど、ずいぶん前に奥さんを亡くしているから、若い女にでも騙されているんじゃないかって、噂になってるの」


「それって、『未亡人ビビ』みたい!」


 『未亡人ビビ』は、謎の美女ビビが、悪徳領主や強欲商人達を、色気と知恵で出し抜いて、宝石やお金をだまし取り、それを教会や孤児院に寄付して立ち去るという痛快劇で、去年、王都で大流行した。今は地方公演の最中だ。


「うーん。残念だけど、ちょっと違うかも。だって、その人は悪い人ではないのよ。少しばかり、偏屈だけど」


 師匠はクスクス笑いながら、わたしの頭をなでる。


「それに相手の女性も、ビビよりずっと可愛くて、魅力的な人だと思うわ」


「なぁんだ。偏屈おじぃさんが、贅沢おばさんと仲良くしてるだけかぁ」


 途端に興味がなくなったけど、なぜか師匠は、クスクス笑い続けていた。


 用意していた部屋へと案内する前に、じい様の執務室に行き、師匠を紹介する。


「じい様。こちら、うちの商会の魔道具士であるセレスティン・モローさん。わたしの師匠でもあります。師匠、こっちが、わたしのじい様のダンカン・ラベルです」


 師匠は「しばらくの間、お世話になります」とお辞儀をしたが、じい様は頷いただけで、なんだか変な顔をしていた。


 母さまの部屋にも寄って、簡単に挨拶を済ませた師匠は、客室に入ってすぐに、これまでの事を聞いてきた。

 だから、じい様のお屋敷を尋ねたところから、簡単に説明したんだけど、


「ふふっ、ちょっと視察旅行に出かけたと思ったら、領主代行の代理に、ダンジョンのトイレ造りって。エミィといると、ほんと、退屈しないわねぇ」


 いや、今回は、わたしのせいではないと思う。



 **



「さて。出来ることから、さっさと片付けてしまいましょう」


 師匠が今日の内に、魔法陣を刻んでしまいたいと言うので、ギルド長に連絡を入れておき、午後からダンジョンへと向かうことになった。


 師匠とわたしとギルド長、そしてアルノーさんだけでなく、エドガーも一緒だ。昼食時に師匠を紹介したついでに、午後から、ダンジョンに行くと言ったら、一緒に行きたいと言ってきたのだ。



 扉は、岩山の前を覆うようにつけられた木の壁の中央に取り付けられていて、アーチ型の押して開く、両開きタイプだ。まだ木の色も匂いも真新しく、なんだか、とって付けた感が半端ない。


「始めます」


 二枚の扉の中心部分に、師匠が特殊な魔道具を使って大きな魔法陣を刻んでいく。師匠の魔法陣は無駄がないせいか、とても綺麗だ。そして刻み終わると、それは一瞬強く光った後、扉の中に吸い込まれるようにして見えなくなった。これで完了だ。


「ついでに、この色も何とかしましょうか」


 そう言って師匠が壁の一部に、小さな魔法陣を刻む。すると真新しい木の色が、あっという間に年代を経た落ち着いた色に変わった。最初扉を見た時、ちょっと不満そうにしていたモリスさんも、ほっとした顔になる。


(やっぱり、ちょっと嫌だったんだ……)



 モリスさんのタグプレートと、私の臨時タグプレートの両方で、扉が開くのを確認できたので、契約通りの物が完成したことを証明する書類に、サインを貰う。これで、わたしの仕事は終わりだ。

 後は、必ず『タグプレートを身に着け、両方の扉に触れないと、入れない』ことを冒険者さんたちに伝えるようお願いし、お開きとなった。


 でもね。せっかくだから、ダンジョンに入ってみる事にしたの。そのために、予備のプレートも、持って来たんだから!ふへへっ、優秀な乙女に、抜かりはない!


 だって、さっき扉を開けた時、とっても楽しかったの!


 両手をバンッて扉にあてると、ピカッと魔法陣が光って、ギィって開くんだよー!こんなの、ワクワク、ドキドキするに決ってる!


 だけど、師匠に予備のタグプレートを渡そうとしたら、


「あら、私は持っているわよ」


 さすがに、これは驚きだった。なんでも学生時代、長期休暇に仲のいいお友達に誘われて、登録したんだって。


「ここのダンジョンにも、来たことがあるのよ」


 更に驚いた。


 なので臨時のタグプレートを使うのは、私とエドガーの二人だけだ。

 アルノーさん、エドガー、わたし、師匠の順番で入っていく。エドガーを二番目にした理由は、どんな顔で扉を開けるのか、見たいと思ったからだ。


 タグプレートを受け取ったエドガーは、すごく嬉しそうで、ダンジョンとか冒険好きな子供にとって、これってすごくワクワクする事だって判った。


 くふふん。これは行けるわ。絶対お金になる!


 にやりと笑いながら、あとに続く。パン、ピカッ、ギィ。うんやっぱり楽しい!2回目でも楽しい!


 ダンジョンの中は扉で外の明かりが入ってこなくなっても、なんとなく明るい。これはダンジョンの壁の岩に発光する物質が多く含まれているからだと言われている。


 そして、その明かりの中、見えたのは……


 穴ぼこ仕様の花と、デカデカと刻まれた、わたしの名前…………えーっ、何で消えてないのおー!!

 

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