従兄弟登場! さん
シガル村には、直ぐに着いた。これぐらいだと、反省させるには全然足りないような気はするけど、しかたない。村の入口で荷馬車を停めると、エドガーの縄を解いて、お弁当を渡した。
一応ね、残しておいたんだよ、エドガーの分。野菜を挟んだパンだけど、2つ。だって玉子のパンとハムのパンは、アルノーさんと2人で食べたし、果実水も全部飲んだもん。でも、大丈夫。水はまだ、たっぷりある!
エドガーは、野菜の間にハムの欠片でも挟まっていないか探っていたけど、すぐに諦めて食べ始めた。
「水もどうぞ。結構走りましたからね」
優しいアルノーさんが金属のカップに、たっぷり水を注いで渡している。
食べ終わるのを待っている間、暇だったので、オングル村の地図を描くことにした。大きめの紙と専用の下敷き板を、荷台に広げる。土地の形は前もって、領地の地図を参考に描いてあるから、道や、家々、井戸の場所を描き込んでいく。それ以外にも、近くを流れる小川や乾燥小屋などを思い出しながら、描き足す。アルノーさんも手伝ってくれたので、良い感じに仕上がった。
「へぇ、上手いもんだな」
食べ終わったエドガーが、覗き込みながら言う。
「何言ってるの。シガル村の地図は、エドガーが描くんだからね」
「えっ……なんで?」
「手伝うって、約束よねぇ?」
アルノーさんが笑いながらエドガーに、スケッチブックを手渡す。わたしだって、いきなり地図が描けるとは思っていないし、描かせる気もない。なんせ地図用の厚みのある大きな紙は、結構高いのだ。でもね。
「だって、どんな手伝いが出来るのか判らないもの。だから、まずは出来そうなことを、してもらおうと思って。当然でしょう?」
便箋よりも少し厚目の紙を、上部で糊止めしたスケッチブックと、細長く固めた黒鉛に、紙を固く巻いた黒鉛棒は、どちらも子供のお絵かき用として、うちの人気商品だ。値段もお手頃だから、何枚か描き直したって、問題ない。
シガル村に入って直ぐの場所に荷馬車を停め直し、そばの木に馬を繋ぐと、子供達が集まって来た。
するとスケッチブックを持ったエドガーを見て、何を思ったのか、はにかみながらポーズをとる女の子達が何人か現れた。
「ねぇアレって、もしかしたら、描いて欲しいんじゃない?」
エドガーに耳打ちする。
「いや、これは村の地図を描くためだし、俺は絵はそんなに得意じゃ無いから!」
エドガーが慌てて否定すると、
「やっぱり綺麗な服を着てないと、描いてもらえないんだ……」
女の子達はちらりとわたしの方を見ると、しょんぼりしながら、皆、どこかへ行ってしまった。
「あははっ、気にしなくて良いよ。昨年、スケッチ旅行に来た兄弟がいてね。休憩場所を提供した村長の娘が、お礼として似顔絵を描いて貰ったんだよ。それを、皆に自慢してまわったもんだから、あの子等はきっと羨ましかったんだろう」
側を通りかかったおばさんが、エドガーのスケッチブックを指差しながら、教えてくれた。
「あんたがそれを持っているのを見て、自分達も描いてもらえるかもと、思ったんだろうよ」
(ウ~ン。これって、意外と需要があるかも?)
彩色似顔絵は肖像画に比べると格安だし、かかる時間もずっと短いけど、それでも庶民にしてみれば、少々高い。それに、そんな物にかけるお金があったら、パンや肉を買うだろう。絵でお腹は脹れない。
でもスケッチブック程度の紙に、黒鉛棒で描く似顔絵なら、安い値段で提供出来るかもしれない。お祭りの時とか、記念日とかなら奮発するだろう。そうだ、結婚式も良いかも!
(こないだの似顔絵描きのおじさんに、聞いてみようかな?そろそろ納品に来るはずだし)
**
シガル村の村長さんに挨拶して、4人で村の中を歩きながら、話を聞く。この村の問題もオングル村とよく似た物で、冬場の洗濯に魔獣、そして荷車だったけど、薬に関してだけは、少し違った。
村の隅に共同の薬草畑があり、奥さんたちが交代で管理していて、ちょっとした頭痛や腹痛、怪我などは、ここで取れた薬草で作ったお茶や軟膏で、なんとかなるらしい。どちらも、町の薬師に教わった物だと言っていた。
(へぇ、良いな。これ、他所の村にも広められないかな?)
その間、エドガーは一生懸命地図用のスケッチをしていたようだけど、そこに描かれていた地図は……とても不思議で奇妙なものだった。
地図なのに、全てが歪んだ◯と線、そして多くの文字で描かれていたからだ。建物は歪んだ◯に『いえ』や『こや』と書かれて、道は一本の線だった。
そしてなぜか『ヤギ(○に棒3本と、ヤギの文字)が3匹』とか、『子供(○に棒2本と、子どもの文字)が2人』とか、地図には必要無いことが、多く描きこまれている。特に、○に、『あ』、『き』、『み』、そして『ま』と描かれた物が多い。
エドガーに、○『あ』は何かと聞いてみる。
「そんなの、赤い野菜に決まってるだろう!」
「判らないわ!じゃぁ、この『き』と『み』は、もしかして黄色の野菜と緑の野菜のこと?」
「判ってるじゃないか!」
「じゃあ、この『ま』は?」
「まめ!」
どうりで、数が多いはずだ。
**
屋敷に戻った後は、今日判ったことをエドガーと二人で、じい様に報告した。エドガーはオングル村では、遊んでいるだけだと思ったけど、意外と色々な話を聞いてきたようだったので、少し見直すことにする。まぁ、ほとんど同じ内容だったが。
「風除けも急ぐけど、魔獣除けの石の増設が、やっぱり一番大事だと思う。今あるのは古い石ばかりで、数も18個と、21個しかない」
アルノーさんのメモを見ながら、話す。
「魔法陣は専用インクと金型で描く物なら、うちの商会に注文を出せば、すぐにでも届くわ。ただ、石自体は村人に集めてもらった方がいいと思う。自分たちの村のことだし、必要だと思われる石の数も、判っているだろうから」
「だが、魔法陣用となると、ある程度の大きさがいる。重いから大変だと思うが」
「だから、こちらで小型の手押し車をいくつか用意して、それを石の設置後は村にそのまま置いておくっていうのは、どう?」
「いいな、それ。じゃぁ、それで決まり!後は『遊び場』と『おもちゃ』だ!」
おい!あんたを見直したわたしの思いを返せ!こら!
「遊び場とおもちゃか。エドガー、なぜそう思った?」
「ロイやヒューイが、雨の日は、何もできないから退屈だって言ってたんだ。あと、冬の間も、出来ることが少ないって」
言われてみれば、確かにそうだ。普段子供たちは畑の手伝いなどをしているみたいだが、雨が降ればそれも無くなる上に、彼らの家はそれほど広いわけではないから、家の中でできることも少ないだろう。でも遊び場かぁ……
「あっ、だったら町にあるような『寄合所』を作るのはどうかな?出来たら村人が全員入れるぐらいの広さで、ちょっとしたキッチンもあったらいいかも。そしたら雨の日も子供たちはそこで遊べるし、冬の間だって、ちょっと集まってお茶を飲んだり、おしゃべりしたり出来るでしょう?」
話している間に閃いた!洗濯場の側に寄合い所を造ればいいんだ!そして2つをくっつけたら、一気に問題解決だ!